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転生王女は今日も旗を叩き折る。  作者: ビス
後日談・番外編
397/399

或る密偵の見解。

※国王の密偵、カラスの視点となります。

 

 冬の日没は早い。

 時計の針はまだギリギリ夕刻を指しているのに、辺りは既に真っ暗だ。日中に温められた空気も冷え切っており、吐き出した呼気は白く凍った。


 今夜は冷え込むらしい。とはいえ、ネーベル王国は他国に比べて温かい方だ。

 北に位置するラプター王国は言わずもがなだが、古巣であったスケルツ王国も、冬は雪が積もる日も多かった。


 それに比べれば、プレリエは天国だ。

 雪は滅多に降らず、気温も氷点下になる日は少ない。


 それに……。


「…………」


 木陰から、室内を覗き込む。

 明るい部屋の中から穏やかな笑い声が、時折、漏れ聞こえた。


 王太子と姫さんが談笑している。

 王太子は普段の無表情が幻であったかのように、柔らかな表情をしていた。それこそ、凍える月すら溶けてしまいそうなほどに。


 完全無欠の王太子は、何処へ行ったのやら。


 デロデロに崩れた顔は、冷徹な王太子とはもはや別人。妹に甘い兄を通り越して、孫馬鹿の祖父だ。

 高位貴族の古狸共や、夜会で群がるご令嬢方が見れば、目を疑う事だろう。


 今朝までは、余裕のない顔をしていたくせにと呆れる。

 しかし同時に、王太子の気持ちも少し分かる気がした。


 姫さんの傍は温かい。

 彼女の笑顔を見ているだけで、凝り固まった心が解けていくようだ。ここでは、呼吸が出来る。肩肘を張らずに済む。

 ただゆっくりと、素の自分に返れる。


 もしかしたら王太子も、その為に来たのだろうか。

 理想と現実の狭間で揺れながらも、自分の足場を見失わないように。姫さんと話す事で、初心を思い出そうとしたのかもしれないな。


 王太子の顔からは、出立前にあった妙な焦りや緊張が消えている。

 もう大丈夫だろうと、根拠なく思えた。


 温かな光景を見守っていると、ふいに隣から人の気配を感じる。

 さっきまで誰もいなかった場所に、唐突に細身の男が現れた。


「やぁ、カラス。お疲れ様」


「……」


 ひらりと手を振る男を、半目で睨む。


「今日は寒いね。凍死しそう」


 身を縮め、腕を擦る仕草をしているが、そんな訳がない。

 スケルツ王国で働き、その後はラプター王国に拠点を移した男だ。オレ以上に寒さに耐性があるはず。

 しかし、それを指摘するのすら面倒だった。


「どこで油を売っていた?」


 姫さんの傍から、コイツが離れるのは珍しい。

 代わりの護衛がいた事には気付いていたが、ラーテが姫さんを人任せにするとは思えなかった。


「別に怠けていた訳じゃないよ。ちょっとお客さんの相手をしていただけ」


 ラーテが言うのだから、通常の意味ではないだろう。

 招かざる、という枕詞がつく方だ。


「標的は誰だ?」


 この屋敷には現在、ネーベル王国の重要人物が複数いる。

 王太子か、姫さんか。それとも旦那か。


 殺気立つオレを尻目に、ラーテは気の抜けた表情のまま頭を振った。


「いや、ただの情報収集だったみたい」


 拍子抜けだと言わんばかりに、ラーテは溜息を吐き出した。


「回りくどい手段を選んだ割に、色々雑過ぎる」


 愚痴交じりのラーテの話を整理すると、どうやら定期的に食材を運んでくる業者の中に、初めて見る男がいたらしい。

 商人夫婦の身内ではなく、人伝の紹介で最近、雇い入れたのだそうだ。


 念の為、使用人に紛れてラーテが接触を試みると、話し方にやや違和感を覚えたらしい。訛りとまではいかないものの、いくつかの単語の抑揚が違うとか何とか。


 その時点では、まだ白寄りのグレー。

 しかしその後、ラーテが雑談に見せかけた揺さぶりをかけると、男はまんまと反応してしまい、自らグレーを黒に塗り替えてしまったようだ。


 尋問の結果、男はグルント王国の貴族が雇った人間だと判明。

 暗殺などという大それた事は考えておらず、プレリエ公爵家の情報を得る事が目的だった模様。


「本当なら、使用人希望だったらしいよ」


「いや、無理だろ」


 紹介状もなしに、公爵家に雇用されるのは不可能に近い。

 庭師や洗濯婦の中には平民もいるが、当然ながら雇用前に身辺調査はされている。伝手もない、身元保証人もいない他国の人間など、入れるはずもなかった。


「それだけ必死だったんじゃない?」


「だとしても、配達人に何が出来るんだか」


 食材の配達人が関われるのは、門番と料理人くらいのものだ。

 荷下ろしの間に世間話くらいはするかもしれないが、せいぜい天気や食材関連の話くらいだろう。


「お嬢さんの功績には、料理関連もあるからね。『何か情報を拾えたらラッキー』くらいの感覚で挑戦したのかも」


「その結果、成果はゼロ。おまけに一番厄介な男に捕まったと」


「ね、可哀想」


 ここまで心の籠っていない『可哀想』は初めて聞いたかもしれない。

 実際に男は、犯した罪に見合わぬ対価を払わされている事だろう。しかし、同情心は湧かなかった。


「暫くは姫さんの周辺も、騒がしくなりそうだな」


「今更になって、お嬢さんの価値に気付いた盆暗共のせいでね」


 ラーテは軽薄な笑みを引っ込め、苦々しく毒づく。


 姫さんの功績は、何年も前から周知されていた。

 しかし男尊女卑の風潮の強い国では、その功績の半分以上はまやかしだと思われていたらしい。

 王族への忖度か、彼女の美貌に心酔した男達からの捧げものだろう。公爵位などと過ぎたものを得ても、いずれ化けの皮が剝がれると。


 ところが、予想を裏切り、女公爵となった姫さんは大躍進を遂げた。


 今やプレリエ公爵領は、世界で最も注目される都市の一つ。

 その最大の功労者であるローゼマリー・フォン・プレリエ公爵の実力は、疑うべくもない。


 血筋と容姿だけが取り柄の人形だと侮っていた奴らも、ようやく、姫さんが得難い人物だと理解したようだ。


「まぁ、躍起になる奴らの気持ちも分からなくはないが」


 姫さんと王太子の密談を思い返しながら、ぽつりと呟く。


 和気あいあいとした雰囲気で、政治の話で盛り上がっていた兄と妹の図は、中々に衝撃的だった。

 優秀な王太子と同じ水準で討論出来る人間が、どれほどいようか。姫さんの知識量と発想力は、間違いなく非凡だ。


「羽虫共の事情なんて知った事じゃないな」


 ラーテは肩を竦め、吐き捨てる。


「お嬢さんは今、大事な時期だ。静かな環境が必要なんだよ」


 細めた目で、ラーテはオレを睨んだ。

 何故か責める目を向けられ、居心地が悪い。


「……何が言いたい?」


「お前んとこの主人と息子、連続で寄越すの止めてくれないかな」


 オレに言われても困る。

 あの自由人な国王と、頑固な王太子を止める事なんて、オレでなくても不可能だ。


 理不尽な要求を『無理』の一言で撥ね除ける事は出来るが、謎の罪悪感が発言を躊躇わせる。


 オレのせいではない。

 オレのせいではないが、姫さん大変そうだなと気の毒には思っていたからだ。


「……」


 無言でそっと目を逸らすが、暫くの間、非難の視線がオレの横顔に突き刺さっていた。

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― 新着の感想 ―
国王と王太子の襲来をストップ……できる立場じゃないからなカラス… まぁ出産が始まったらみんな揃ってウロウロするしかできないからね。仕方ないんだ。
更新お疲れ様です。 密偵2人組のお話し合!!Fooo!!最高です。 成果はゼロ...いえ、マイナスですよね? 触らぬ神に祟りなし、何故元より好戦的な保護者がいっぱいな土地に態々「今」来たのだろうか阿呆…
>優秀な王太子と同じ水準で「闘論」出来る人間 パパン相手なら正しいかも知れないけどお兄様とは「討論」か「糖論」ですよね? ママンとヤンデレシスコンもいずれ襲来しそうだけど、2人とも超過保護になるかオ…
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