転生公爵の親睦。
先週、収穫祭についての話し合いが行われた。
将来的な展望を大まかに伝えてみたところ、商人達の食いつきは良かった。しかし肝心の農民達の反応は今一つ。
予想の範疇ではあった。
恒例行事や慣習は、そう簡単に覆せるものではない。
しかも私は領主とはいえ、この地方に住む人間にとっては新参者だ。ぽっと出の人間に、今までやってきた事を変えられたら面白くないのが普通だろう。
前世でも、移住者と地元民で村おこしについて意見が対立して問題になったなんてニュースを見かけた事があったし。
幸いな事に農民達の表情を見る限り、反発しているというよりは、戸惑っている印象の方が強かった。
単純に、私のプレゼンが上手く伝わっていないだけの可能性もある。
まずは焦らず、距離を縮めるところから始めよう。
そう考えた私は通常業務を前倒しで終わらせてから、近隣の農村を見て回る事にした。
プレリエ地方とひとくちに言っても、地域によって特色は様々だ。
医療施設や商業区画のある中心街は活気付き、人で賑わっているが、一時間ほど馬車を走らせるだけで景色は一変する。
なだらかな丘陵で放牧されている牛が草を食み、広い小麦畑の横に生えている大木の下では、農民達が手を動かしながら談笑している。
長閑な景色に馴染みはないはずなのに、どこか懐かしい。ジャン=フランソワ・ミレーの絵画の中に入り込んだような、不思議な感覚を覚えた。
「んー……っ。空気が美味しい」
レオンハルト様に手を借りながら馬車を降りる。土と草のにおいがする空気を吸い込みながら、ぐぐっと体を伸ばした。
「疲れていませんか?」
「大丈夫です。寧ろ、元気なくらい」
つわりが酷かった時期は短時間の移動も辛かったが、今ではすっかり落ち着いている。馬車の中でもレオンハルト様が何くれと無く世話を焼いてくれたので、特に不調は無い。
「足元に気を付けて」
「はい」
差し出された腕に手を絡めて歩き出す。
整備された街道から外れると、土を踏み固めただけの道になる。プレリエ領の発展に伴い、周辺の主な道は石畳で整備されたが、細い農道は未だ手付かずのままだ。
石畳の道は頑丈だけれど、その分、補修に費用と手間がかかる。自然災害や経年劣化で破損した場合、技術者を派遣しなければならない石畳よりも、自分達で直せる土の道の方が良いだろうと考えての事。
ただ、周辺住民の要望が多ければ舗装も考慮するつもりではある。
この景観を残しておきたいというのは本音だが、私の感傷的な思い入れよりも、住民の利便性の方が大事だ。
そんな事を考えながら景色を眺めていると、賑やかな声が近付いてくる。
背の高い草を掻き分けて出てきたのは子供達だった。先頭にいた五歳くらいの男の子と目が合うと、大きな目が更に大きくなった。
「……おひめさま?」
パチパチと瞬いてから、男の子がポツリと零す。
「えっ、おひめさま!?」
「ほんとうだ!」
男の子の後ろから、同じ年頃の子供達がわらわらと現れる。
健康的に日に焼けた子供達は男女合わせて五人。年齢は五歳から八歳くらいだ。
「ちがうわよ。あのひとは『りょうしゅさま』だってママが言ってた」
「りょーしゅさま? おひめさまじゃないの?」
「りょーすさまってなに?」
おしゃまな女の子の言葉を、別の子供達が真似る。
舌足らずな喋り方があまりにも可愛らしくて、顔が緩んだ。
「こんにちは。私は領主のローゼマリーよ」
「ほら、やっぱり! りょうしゅさまだったでしょ?」
胸を張る女の子に、他の子供達が尊敬の眼差しを送る。すごい、すごいと騒ぎ立てる様子があまりに尊くて、身悶えそうだ。
はー……かわいー。
きゅんきゅんと高鳴る胸を押さえていると、農作業中だった大人達に気付かれる。私とレオンハルト様を見て、彼等も目を見開いた。
「公爵様!?」
「なぜこんな田舎に公爵様がいるんだ?」
慌てふためく大人達を尻目に、子供達は『こーさくさま?』『こーさくさまだって』と盛り上がっている。ぴよぴよ囀るヒヨコ達に、私はメロメロだ。
君達がそう言うのなら、今日から私は『りょーすさま』で『こーさくさま』だ。
「ローゼ、お顔が」
子供達の愛らしさにノックアウトされた私は、いつの間にかにやけていたらしい。
レオンハルト様に小声で指摘され、はっと我に返る。慌てて表情を引き締めると、彼は小さく笑った。
あぶない、あぶない。
幸い、大人達には気付かれていないようだが、領主としての威厳が早々に消え去るところだった。
「少しお待ちください。今、村長を呼んで来ますんで」
初老の男性は頬についた泥汚れを拭いながら、焦った様子で村長の家があるらしき方へと駆け出そうとする。私はそれを引き留めた。
「いえ、大丈夫です。少しだけ見学させていただいたら、すぐにお暇しますので。皆さんはお仕事を続けてください」
「え、でも何か御用があったんじゃあ……?」
「いえ、正式な視察ではないです。一応、村長さんには先触れで知らせてありますが、半分プライベートのようなものですので」
「はぁ……」
よく分からないという表情で首を傾げながらも、大人達は農作業へと戻っていった。
さて、では村の中を見て回るかと歩き出そうとした私を小さな手が留める。五対のキラキラしたおめめが、期待を込めて私を見上げていた。
「りょーすさま、あそぶ?」
「おねえちゃん、一緒にあそぼ?」
「お花のかんむり、つくってあげる!」
「うーん……」
なんとも魅力的なお誘いだ。
農作業の見学や村人の話を聞くという一番の目的が果たされていないが、子供達と遊んで親睦を深めるというのも重要なのでは?
そんな風に自分で自分に言い訳をしながら、葛藤する。
困っている私を見兼ねてか、木の下で作業をしていた女性の一人が立ち上がり、声を張り上げた。
「こら、アンタ達! 公爵様はお腹に赤ちゃんがいるんだから、ご迷惑をかけちゃ駄目よ」
「えー、遊べないの?」
しゅんとした子供達を見ていると、胸が痛む。
「ううん、少しなら……」
「オレでは駄目かな?」
萎れた姿が見ていられなくなった私が声を上げる前に、別の声が割り込む。
レオンハルト様は子供達の視線に合わせるように膝を折り、優しい声で話しかけた。
「遊んでくれるの?」
「うん、オレでよければ喜んで」
大きな手で子供達の頭を撫でながら、レオンハルト様はふわりと微笑む。
人好きのする笑顔が警戒心を解いたのか、子供達は私からアッサリと離れ、レオンハルト様を取り囲んだ。
子供に向ける柔らかな表情は、私に見せる甘い笑顔とはまた違う魅力がある。
私達の子にもこうやって笑いかけるのかな、なんて少し先の未来を想像して、幸せな気持ちになった。
「ローゼは、少し休んでいて」
「公爵様、良ければこちらにどうぞ」
「ゆっくりしていってくださいな」
レオンハルト様の言葉に続くように、女性達から声が掛かる。
木陰に大きな布を敷き、その上で作業をしていた女性達は、席を詰めて私の分のスペースを作ってくれた。
「ああ、でもドレスが汚れてしまいますかね?」
「これを敷いたらどう?」
クッションやらショールやらを、次々と手渡される。
「ありがとうございます」
気遣いにお礼を言い、遠慮なく女性陣の輪に入れてもらった。




