転生王女の独白。
私、ローゼマリー・フォン・ヴェルファルトは、ネーベル王国の第一王女として生を受けた。その一つ前の生、つまり前世の記憶を抱えたまま。
つまり私、前世の記憶ありの転生者なんです。はい。
細かく記憶をほじくり返す必要も無いと思うので、さらっと説明しますと、交通事故に遭って、記憶がブラックアウト。目を覚ましたら赤子になっていたという。ラノベか。
大きな病気をする事もなく、すくすくと成長し3歳となった私は、自国の名前、父の名前、それから自分の名前を正しく知り、首を傾げた。
何か聞き覚えあるなぁって考え続けた結果、思い当った。この世界、乙女ゲームと設定が丸被っているって。ラノベか。
同じ国名に、同じ世界観。攻略対象と同じ名を持ち、面影を持つ幼い少年達。それから、ヒロインのライバルとして出てきたサブキャラと同じ名前の私。
偶然で済ませるには、一致するものが多すぎた。
「……さいあくだ」
思わず私は呟き、長いため息を吐き出した。
近くにいた侍女らに見られなくて、本当良かったと思う。遠い目をして嘆息する三歳児とか、シュール過ぎる。
この世界が乙女ゲームの世界と酷似していると知っても、私は全くトキメかなかった。否、トキメけなかった。
何故なら理由は簡単。このゲーム、クソゲーとして有名だったのである。
タイトルは確か、『裏側の世界へようこそ』
女子高生である主人公が、神子として異世界に召喚され、魔王を倒し世界に平和を取り戻そうとしたりしなかったりする話だ。
シナリオの本筋は、割とありふれた話だから、別段文句は無い。
問題は、キャラ設定。
タイトルにある『裏側の世界』というのは、異世界だけを指し示すのではない。攻略キャラ全員に、隠された裏の顔がある、という二重の意味を持っているのだ。
そしてここまでも、まぁ許容範囲内だ。どこかで聞いた事のある、二番煎じな設定にも文句は無い。
大問題なのは、最大の売りである『裏の顔』が残念過ぎるということ。
第二王子はシスコン。貴族はナルシスト。護衛騎士はドエム。魔導師は死体愛好家。暗殺者はゲイ。神官に至っては、黒幕の魔王のくせに天敵である神子を招くという、破滅願望も持ち合わせたヤンデレだ。
奇を衒い過ぎて失敗した、良い見本である。普通にリアルな世界で遭遇したら、即座に背を向け全力疾走をするレベルで関わり合いたくない。
一番初めに貴族を攻略し始めた私は、ナルシストの片鱗が覗き始めた段階で、早々に心が挫けた。こんな阿呆な男の相談を真面目に聞いてあげているヒロインは、おそらく天使。もしくは介護士の資格を持っているに違いないと真顔で思った。
早々に売却したくなった気持ちを抑え、何とかエンディングまで辿り着いたが、結婚式で純白のドレスを身に纏ったヒロインを覗き込んだ貴族の一言。『綺麗だね……。君の瞳に映る僕は』のセリフでコントローラーを床に投げ捨てた。
馬鹿か。シナリオライターは、馬鹿なのか。
解決されたと思いきや、最後に恐怖の一言でフェードアウトの図式が成り立つのは、ホラーだけなんだよ。恋愛ゲームでやったら、今までの紆余曲折が全部『茶番』の一言で終わっちゃうでしょうが。
どのキャラも終始こんな感じで、トキメキなんて何処にもない。湧き出るのは萌えでは無く殺意だけ。新手のストレステストでも受けているような心地になった。
ちなみにネットでの皆の感想も、私と大差ない。それでも私や彼女達が、このゲームを投げ出さずに続けていた理由がある。
だが同時にそれが、裏側の世界へようこそ……略してウラセカが、クソゲーと呼ばれる最大の理由だ。
キラキラと輝き、顔だけは一流の攻略対象の周りには、物語を彩るサブキャラと呼ばれる人達がいる。
当然攻略対象ではないので、主人公と深く絡む訳ではない。ルートによっては、名前さえ出てこない人もいるというのに。
何故か彼等は、攻略対象並のイケメン揃いだった。
そして最も重要な事に、性格が非常に良い。とっても、まともなのだ。
第一王子は、クールで聡明。ナルシスト貴族の叔父は、穏やかで優しく。
近衛騎士団長は、面倒見の良い男前。死体愛好家のライバル魔導師は、熱血で努力家。
暗殺者から転職した飲食店の店員さんは、女性全般に優しいフェミニストで、神官のお姉さんは、姉御肌の美女。
どうしてこうなったと、開発スタッフに小一時間問いただしたい。
攻略対象より、非攻略対象のスペックの方が各段に高いって、何だソレ。
私が、モヤモヤを抱えつつもゲームを進めたのは、彼らが理由だ。もしかしたら、攻略対象をクリアする事によって、彼らを攻略できるようになるのではと、一縷の望みを賭けたから。
けれど無情にも、ロックは解除されない。というかロック自体が無い。
どんどん埋まっていくスチルに絶望を覚えつつも、私は進めた。せめて隠しキャラの一人くらいなら、いるんじゃないかと。
ネットでも、攻略対象をおさえ断トツの一番人気を誇り、私の最愛でもある『近衛騎士団長』。彼の笑顔が見たいが為に、苦痛に耐え、頑張った。
頑張ったというのに……神は、開発スタッフは裏切り給うた。
シーン回想画面の隅に表示される100%という数字に、私は涙した。
フルコンプしてもサブキャラのルートは解放されず、残ったのは、時間を費やして、こんなゲームを遊び尽くしてしまったという事実だけ。
虚無感が半端無い。何やってるんだろ、わたし……。
ちなみに、このゲームの多数あるエンディングの中で、一番支持されているのは何とノーマルエンド。
誰とも絆を深められず、世界の平和も守れなかったヒロインが、失意の中、ひっそりと自分の世界に帰るというものだ。そんな、バッド要素が入ったエンディングが何故人気かと言うと……彼が出るからだ。近衛騎士団長が。
自分の力不足を嘆くヒロインの頭を、彼はそっと撫でて、言うのだ。『お前のせいじゃない』『あっちで幸せになれ』と。
もう惚れるしかない。
そのまま申し訳なさそうな顔で帰還の陣に入るヒロインに、私は何度『止めろコール』を送った事か。
……とまぁ、話は脱線したが、そんなクソゲーの世界に生まれ変わってしまったんだとしたら、果てしなく面倒臭い事になるのは必至。
平和に過ごしたいのなら、折っておかなければならないフラグが山ほどある。
6人の厄介過ぎる男達相手に、たった一人でフラグ回避を目指すなど、頭が痛くなる事態だけれど……やるしかない。
「…………」
三歳の私はもう一度、大きなため息を吐き出して決意した。
頑張ろう。
憧れの近衛騎士団長様に会える、未来の為に。
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