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転生王女は今日も旗を叩き折る。  作者: ビス
後日談・番外編
299/395

転生公爵の相談。

 


 父様との面談を終え、部屋を出る。

 無意識のまま、深く息を吐き出す。目的を果たした安堵とともに、調子を崩された事による疲労感も感じていた。


「ローゼマリー様」


 廊下で待たせていたクラウスは、疲れた様子の私を見て顔を曇らせる。

 言葉なく体調を心配してくれる眼差しに、「大丈夫よ」と苦笑した。


「一度、お屋敷に戻られますか?」


「本当に大丈夫よ。せっかく城まで来たのだから、用事を済ませてしまいましょう」


 私は慌てて、背筋を正す。咳一つしただけでも、このまま馬車に詰め込まれて帰宅させられてしまいそうだ。

 プレリエ領は旦那様を筆頭に、過保護な人が多い。普段も頼りない私を見かねてか、皆が何くれと無く世話を焼いてくれる。有難いけれど、駄目な人間になりそうで怖い。


「ですが、お顔の色が」


「お話し中、失礼致します」


 食い下がるクラウスの言葉を遮ったのは、父様の部屋の前に控えていた近衛騎士だった。顔は見覚えがあるけれど、名前が出てこない。

 確か、クラウスの友人だったような……。


 クラウスと同年代の近衛騎士は、恭しい仕草で首を垂れる。


「差し出がましい事とは存じますが、提案させていただきます。近くの部屋を用意させますので、少しご休憩されては如何でしょう?」


「デニス。魔導師長殿か、お弟子の方をこちらにお呼びする事は可能か?」


 私ではなく、何故かクラウスが話を進める。

 確かに私の用は希少な薬草に関する事だったので、イリーネ様かルッツが適任だ。とはいえ、呼びつけるつもりは無かったのだけれど。

 相談する側の人間が足を運ぶ、それが道理だろう。


 そこまで考えて、はたと我に返る。

 そもそも、私自身は別に体調が悪いと感じていないのだった。


「あの……」


「魔導師塔に伝言を頼む。あとは、お茶の準備を」


 声を掛けたつもりだが、小さすぎて届かなかったらしい。

 デニスと呼ばれた近衛騎士は、近くにいた若い騎士に指示を飛ばす。私がもじもじしている間にも、彼等は即座に行動に移してしまった。


 今更、気遣いを無駄にするのも申し訳ない。

 少し疲れているのも確かだし、素直に甘える事にしよう。


 イリーネ様とルッツには改めてお詫びしようと考えながら、案内に従う。

 でも、それとなく『具合は悪くない』という主張はしておいた。巡り巡って心配性な母様達の耳にでも入ったら大変だ。

 やっぱり城に住む方がいいだろう、と押し切られかねない。


 殆どの貴族は領地のカントリーハウスとは別に、王都にタウンハウスを持っている。

 例に漏れず我がプレリエ公爵家も一等地に一軒、所有している。ちなみに結婚祝いとして両親が贈ってくれたものだ。


 社交シーズン中は、そちらに滞在するつもりで使用人に整えてもらっていた。

 ところが王都に向かうと決まった途端、母様とヨハンが揃って『城に滞在すればいい』とか言い出した。


 王城は広いし、空いている部屋も沢山ある。

 以前、使っていた私の私室はそのままになっているし、それが嫌なら離宮でもいいと。


 いやいやいや。貴方が贈ってくれた家ですよ?

 あと、私だけならともかく、レオンハルト様も一緒だからね?


 一日二日ならともかく、一か月以上。最長なら三か月もあるのに、嫁の実家に滞在させるとか可哀想でしょうが。


 それに私はもう王族ではない。

 我が物顔で城に入り浸っているのは、世間体を考えると望ましくないだろう。


 こまめに会いに来るという条件を提示して、どうにかタウンハウスをシーズン中の本拠地にする事が許された。

 それなのに今、大ごとにされたら、元の木阿弥になりかねない。


 大人しく休んで、そっと帰ろう。

 そう決めた私が待っていると、ほどなくしてルッツがやって来た。


「姫!」


 急ぎで駆け付けてくれたのか、肩で息をしている。

 いったい、どんな説明を受けたのか。


「呼びつけてごめんなさい」


 立ち上がろうとすると、手で制された。


「そんなのはいいよ。それより体調は……」


「悪くないのよ。少し疲れただけなの」


 何か、方々に心配と迷惑を掛けている気がする。

 体調不良とは別の意味の頭痛を感じながら、先回りをして告げた。


「色々とやる事があって落ち着かなかったから、ちょっと疲れが溜まったみたい。でも別に具合は悪くないのよ。気分は寧ろ、良いくらいだし」


「本当に?」


 疑り深いルッツに、手振りで元気な事をアピールする。どうにか納得してもらえたのか、彼は「良かった」と安堵の息を零した。


 長い前髪の奥、透明度の高い宝石のような青い瞳が優しく細められる。

 少女のようだった美貌は、年を重ねて青年のものへと変化した。相変わらず、『絶世の』という枕詞は健在だろうが、今の彼を見て性別を間違える人は少ないだろう。


 身長が伸びた事で仕立て直したローブの胸元には、魔法石を使ったブローチが輝く。つい先日、魔導師長補佐、という役職を与えられたのだと聞いた。

 テオやミハイルは感心していたけれど、当の本人が不満そうという、何とも不思議な反応だった。


「ルッツも元気そうで良かった。イリーネ様はお元気?」


「元気も元気。オレより体力あるし、魔力も一切衰えてない。師匠はたぶん、不老の薬飲んでると思う」


 私が座るソファーの向かいに腰掛けたルッツは、悪びれずに言う。


「怒られるわよ」


「平気。今は来客の対応をしているから」


「あら、残念だわ」


 アポを取ってから来るべきだったなと、心の中で反省した。


「師匠も会いたがると思うから、また改めて来て」


「そのつもりよ。用事も今日だけでは終わらないと思うし」


「ああ、薬草の件だっけ?」


 希少な薬草を育てるにあたり、文献を取り寄せた。

 しかし方言的なものが混ざっているのか、古いのか。それとも両方か。言い回しが独特で理解出来ない部分がある。


 イリーネ様は古代魔法の研究をしている為、語学の造詣が深い。

 テオも魔法の研究に携わっていたけれど、イリーネ様やルッツには敵わないから、そちらを頼った方がいいと助言を受けた。


 本を渡すと、ルッツは途端に凛々しい顔付きになった。

 真剣な顔でページを捲った彼は、暫くして顔を上げる。


「師匠を頼った方がいいね。オレも読めるけれど、テオと同じく自信がない」


「じゃあ、改めて依頼をする為に来るわ」


「伝言するよ。このまま預かって、オレが渡すし」


「駄目」


 親しき中にも礼儀あり。

 そこはハッキリさせておきたい。仲がいいからって知識を無償で提供させる気もないし、必要な手間を省きたくもない。


「師匠、この手の文献大好きだから、喜んでやると思うけどなぁ」


「駄目よ」


 ルッツの手から本を取り戻すと、彼は目を丸くしてから嬉しげに顔を綻ばせる。


「じゃあ、待ってるね」


 また来る時の話をしているのだろう。

 くしゃりと笑う顔は昔のままで、ちょっと安心した。

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― 新着の感想 ―
[一言] すわおめでたか!?と思ったのは私だけではないはずだ(そしてレオンハルトこの野郎!!という方々の声なき声が聞こえたのも…(それは気の所為)) 周りが過保護なのは、どこまでも無自覚自業自得だ…
[良い点] ルッツ!やはりいい青年になってるんですね〜。ああほんと、素敵ですね。 確かにイリーネさまの美魔女は羨ましいですね。 母様もでしょうが。 皆んなが良い成長して、すごくすご〜くいいお話ですね。…
[良い点] マリーちゃんの体調か悪い何て聞いたらそりゃあ方々でバタバタされますよ。 母様の気持ちも久しぶりの可愛い娘が帰ってくるならそばに置きたいのもわかります。旦那さんは居心地は微妙でしょうね  ル…
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