転生公爵の憂い。
散策に出かけた弟が、美少女を連れて帰ってきた。
しかも相手は、ラプター王国の王女殿下、ユリア・フォン・メルクル様だ。
近々、王都に招待されていると先日話してはいたけれど、まさかプレリエに来るだなんて聞いていない。
どうしてそうなったと聞きたいけれど、様子を見る限り、ヨハンにも分からないのだろう。困り切った表情の彼は、目で『助けて』と訴えている気がする。
優秀で何事もそつなく熟すヨハンだが、意気消沈した異性の扱いは心得ていなかったらしい。そういうところは、まだ十代の青年らしくて良いと思う。
思う……けれど、力になれるかはまた別の話であって。
私とユリア王女は初対面ではないが、ヴィント王国で会ったきり。しかも公式の場で少し話しただけで、個人での交流は一度もない。
可能なら気落ちしている理由を教えて欲しいのだけれど、親しくもない人間に果たして打ち明けてくれるのだろうか。
『ようこそ』と笑顔で出迎えたのはいいものの、正直ノープラン。
心の中ではヨハンと同じく、動揺して右往左往していた。
屋敷を案内している時も、晩餐の席でも、ユリア王女は殆ど口を開かない。
私達の話に相槌を打ち、問いかければ返してはくれるけれど、ほんの一言、二言。悩みが知りたくても、取っ掛かりすら見つけられない状態だ。
こちらを無下にするとかではなく、控え目に線を引かれているというか。
ここから先は入らないでね、と壁を作られているような気がした。
それに静かに微笑むユリア王女の姿は、気安く声を掛けられない気高さがある。
憂いを払いたいなんて言っても、それは私のエゴに過ぎず、彼女は望んでないのではとも思えてしまった。
そもそも、ラプター王国の内政に関してだったら私には言えないだろう。
物思いに耽っていた私は、ふぅ、と吐息を零す。
すると背後から、声がかかった。
「ローゼ?」
私が座るソファの背凭れ越し、立っていたのはレオンハルト様だ、
どうやら、お風呂上がりらしい。逞しい体躯がほんのり色付いているのと、濡れ髪が肌に張り付いているのが目の毒だ。
「髪、まだ濡れているわ」
「拭いてくれる?」
ポタポタと雫が落ちるのを指摘すると、レオンハルト様はそんな事を言いながら私の隣に腰掛ける。
私が手を伸ばしやすいように屈んだ彼は、様子を窺うようにこちらを盗み見た。甘える子供みたいな笑顔に、キュンとする。
本当、そういうところだぞ。
「もう、しょうがない旦那様ですね」
「貴方が甘やかすからですよ」
口先だけ不満そうに取り繕っても、勝手に顔がにやける。喜んでいるのはバレバレだ。レオンハルト様も私の軽口に返しながら、クスクスと密やかに喉を鳴らした。
少し硬い黒髪の感触を堪能しながら、水分を丁寧に拭う。
「それで、どうしました? 何か悩みでも?」
「うーん……、私の悩みというか」
私の歯切れ悪い答えでも意図は伝わったらしく、レオンハルト様は「ああ」と呟いた。
「沈んだご様子でしたね」
ユリア王女の異変に、レオンハルト様も気付いたらしい。
「ええ。何か思い悩んでいるような気がするのだけれど、原因が分からなくて。でも直接聞くのも……」
「王女殿下とは個人的な親交が?」
レオンハルト様の言葉に、私は頭を振る。
「ヴィント王国で一度、お会いしただけ。公式の場だったし、殆ど言葉も交わさないで終わってしまったわ」
「当時の情勢を考えたら、仕方のない事です」
あの時、ネーベル王国とラプター王国は既に水面下で敵対関係にあった。
しかもヴィント王国との同盟を巡り、両国で睨み合っていた。
些細な情報漏洩が命取りになるような場面で、私のような迂闊な人間が敵国の王女様と仲良くなるなんて無謀を通り越して暴挙だ。
何事もなく別れた、当時の私の判断は間違っていない。
でも『間違ってない』と、『正解』はイコールではないんだよなぁと思考が堂々巡りした。
手を止めると、レオンハルト様は顔を上げる。
へにゃりと情けなく眉を下げる私を見て、彼は苦笑した。
「後悔している?」
「ううん、してない」
幼い子供みたいな、拙い言葉になった。
どうにかしたかったけれど、たぶん出来ないのが現実。私はそんなに器用に出来てない。
「なら大事なのは、過去ではなく今ですね」
不細工になっているであろう私の顔を両手で包み、レオンハルト様は、頬の肉をむにむにと揉み解す。
「悩んでいる理由が分からないなら、聞けばいい」
「ずかずかと踏み込んで、嫌な思いをさせてしまわないかしら?」
「嫌だったら、話さないでしょう」
「傷付けちゃうかも」
「その前に『帰れ』って言われるだけだと思いますよ」
遠回しに笑顔でね、と付け加えられて思わず想像してしまった。
「……そうしたら私が傷付いちゃいそうだわ」
少し笑って返すと、レオンハルト様も可笑しそうに笑った。
頬を包んだままだった手に上向かされて、おでこにチュッと口付けが落ちる。
「そうなったらオレが、慰めて差し上げます」
不意打ちのキスと艶めいた視線に、頬が熱くなる。
結婚して一年以上経つのに、未だ慣れない。
恥ずかしさを誤魔化す為に頬を膨らませ、拗ねたフリをする。
軽く胸を叩くと、降参とばかりに両手を上げて彼は離れた。
髪を拭いていたタオルをレオンハルト様に返してから、ソファから立ち上がる。厚手の上着を手に取って羽織った。
「じゃあ、少しお話ししてきます」
たぶん、まだ眠っていないだろう。何か温かい飲み物でも持って行こうかな。
「何時に戻るか分からないから、先に眠っていて」
「一人寂しくベッドを温めてますね」
レオンハルト様は入り口まで付いてきた。
頬に掛かっていた私の髪を指先で退かしたかと思うと、そのまま口付ける。
またからかう気かと身構えたが、顔を上げた先、驚く程に優しい視線とかち合った。
「上手くいかない事があっても貴方らしくいてください。不器用なくらいに真っ直ぐで、お人好しの貴方に、オレも皆も救われたんだから」
「!」
「どうか、それを忘れないで」
不意打ちで、涙ぐみそうになった。
今からする事は余計なお世話かもしれないと思っていたから、余計に心に沁みる。
間違ってもいいよと背中を押してもらえた気がした。
「あんまり甘やかさないでくださいっ」
「ローゼもオレを甘やかすんだから、御相子です」
涙目を見られないよう背中を向ける私に、レオンハルト様は「いってらっしゃい」と小さく手を振って見送ってくれた。




