転生公爵の逢引。(2)
どこの貴公子かと言いたくなる容姿だが、拗ねたような表情には見覚えがあった。
「相変わらず仲の宜しい事で」
そう言って、ヨハンは口角を上げる。
教本にでも載りそうな完璧な笑顔なのに、眼差しは凍り付きそうに冷たい。甘い声音にも棘があり、言葉には出さないものの、『こんな場所でいちゃつくな』と責められている気がする。
街中で人目も憚らずベタベタとしていた事に加え、その場面を身内に見られ、今更ながら恥ずかしさが込み上げてきた。
「ご、ごめんなさい」
しゅんと萎れながら謝罪すると、途端にヨハンは慌てだす。
「いえ、別に、貴方を責めている訳では……」
「ううん。責められているとかではなくて、ちょっと自分で気付いて反省しただけなの。人前でベタベタするなんて、駄目よね。見せられる方の気持ちを考えてなかったわ」
ヨハンはグッと言葉に詰まる。
良心の呵責に苛まれたかのように、胸を押さえた。
嫌味のつもりではなかったが、被害者ぶった嫌な言い方になってしまったのかもしれない。
「そうじゃなくて」
ボソボソと何事かを呟くヨハンに聞き返したかったが、周囲の人の声に掻き消される。
近くの串焼き屋台のおじさんの「仲の良い夫婦って最高だよな」とか、飴売りのお姉さんの「仲睦まじい恋人同士を見ると、一日頑張れるわ」とかは大きな独り言なのか。それとも遠回しに慰めてくれているのか。
「ローゼ」
きゅっと手を握られて、顔を上げる。
すると旦那様は見惚れるような甘い笑みを浮かべ、そっと身を寄せる。「では、人目のないところで」と内緒話のトーンで囁いた。
思わず耳を押さえ、真っ赤な顔で震えていると、ヨハンに肩を掴まれて引き剥がされる。
「お前は反省しろ!!」
勢いよく噛み付かれても、レオンハルト様はまるで応えた様子も無い。
とても楽しそうに笑って言った「すみません」は、推しは全肯定派の私でも、全く反省の色が無いなと思った。
賑わっている広場で言い争っている私達は、かなり目立った。
既にバレている気がしないでもないが、一応はお忍びの身。注目されてはまずいと、場所を移す事にした。
医療施設まで移動し、応接室の一つを借りる。
紅茶を飲む姿も絵になる美青年は、まだ機嫌が直っていないのか、不貞腐れた子供みたいな顔をしていた。
「それで、ヨハン。今日はどうしたの?」
カップをソーサーに置いたタイミングで、声を掛ける。
すると向かいの席に座るヨハンの眉間に、皺が一本増えた。
「用が無くては、会いに来てはいけませんか」
恨みがましいと表現するには可愛らしく、かといって拗ねていると表すには少し尖った口調でヨハンは呟く。
「いいえ、会いたいと思ってくれたなら嬉しいわ」
素直に返すと、ヨハンは軽く目を瞠る。
「ただ、貴方も兄様もとても忙しいと聞いていたから、暫くは会えないんだろうなって思っていたのよ」
「……それは」
「なにも無くても来てくれて嬉しい。でも、もし何かあって私を頼ってくれたのなら、もっと嬉しいわ」
ヨハンの色白な頬が、薄っすらと色付く。
何か言いたげに口を開いて、結局は何も言わずに閉じる。徐々に赤みを増す顔を片手で覆い隠し、俯いた。
「姉様は狡い……」
「えっ」
遠慮せずに頼って、と言いたかっただけなのに予想外な言葉が返ってきた。
戸惑って隣に座るレオンハルト様を見上げると、彼は眉を少し下げて苦笑するだけ。それがヨハンの言葉を控え目に肯定しているようで、益々困惑した。
せめて駄目出しをしてくれたら、改善出来るかもしれないのに。
そんな風に責任転嫁じみた事を考えていると、ヨハンは軽く息を吐いた。
「姉様に会いたかったのは本音ですが、実はそれだけが理由ではありません」
他の理由とは?
視線で先を促すと、ヨハンは「少し王都を離れたかったんです」と続けた。
「……どうして?」
「近々、ラプターの王女殿下が我が国にいらっしゃるのは、御存じですか?」
「ええ」
もちろん、と答える。
ラプター王国の第一王女、ユリア殿下。
ヴィント王国で一度だけお会いした事があるけれど、とても美しい方だった。当時はまだ幼さの残る顔立ちだったが、成人した今、絶世の美女となっているだろう。
親交を深めるという名目の来訪ではあるが、おそらくは兄様かヨハン、どちらかとの婚約を考えての顔合わせではないかと思う。
「兄様と王女殿下が結婚するのは別に構わないんですが、その皺寄せが僕の方に来るんです」
ヨハンは低い声で呟き、渋面を作る。
「社交の場ならまだ仕事として割り切れますが、公務の合間のほんの僅かな休憩時間でさえ、何処からともなく女性が現れて潰される。頭がおかしくなりそうです」
兄様とヨハンは、この国の独身女性にとって最高峰ともいうべき優良物件だ。
王族という地位のみならず、容姿、能力、共に優れている。当然、婚約者の席を狙う女性は多い。
しかし、兄様もヨハンも女性には紳士的に振舞うものの、全員を平等に扱う。
どんな美女が積極的にアピールしても、どんな美少女が可憐に涙を浮かべても、まるで手ごたえが無い。
強制的に横並びにされた女性達が、抜け駆けをしないよう互いに牽制をしているところで、今回の話だ。
奪われてなるものかと躍起になるのも仕方ない事だろう。
そんな女性陣に振り回され、ヨハンは疲れきっているらしい。
辟易としている様に同情はするけれど、別の疑問が頭を過る。
ユリア王女の件については、まるで自分には関係ないと言いたげな態度だが、果たしてそうだろうか。
確かに、大国の王女殿下という身分を考えれば、相応しいのは王太子である兄様。
でも、ラプター王国は国王の代替わりを経て、国としての方針が大きく変わった。
周辺諸国からの経済制裁を受け、疲弊した国民への保障に、我が国への賠償金。失墜した信頼回復の為に、とにかくお金がかかる。
今までのように、権勢を振るうような国力はない。
我が国とは同盟を結ぶ運びにはなったが、対等なのは表面上だけ。
属国ではないものの、最早、傘下に入ったと言っても過言ではない。
そのような状況下で王太子妃になれば、風当りが強くなるのではないかと、少し心配ではある。
数年前までラプターとは敵対関係にあった事もあり、王太子妃には国内の有力貴族を推す声も多い。
ヨハンとユリア王女の相性が良ければ、第二王子妃となった方が心労は少なくて済む気がする。
ただ当人同士の気持ちを無視して、あれこれ口出しするつもりはない。




