魔導師達の談話。
※テオ視点です。
「うあー……」
寝転がった背中に手を当て、魔力を籠める。
じわりと温かくなってきたのを確認しながら、肩や腰など、筋肉の強張っている箇所を重点的に揉むと、気の抜けるような声が洩れた。
「お前、ちゃんと運動してる?」
全身がガッチガチな様子の相棒に、少し心配になった。
前にマッサージした書記官のじいちゃん並みの硬さだ。
「忙しいんだろうけど、適度に息抜きはした方がいいぞ。筋肉落ちると余計に疲れやすくなるだろうし」
「あ、テオ。そこ、もっと強めで」
「聞いてる?」
注文の付け方もじいちゃん達と同じだ。
オレと同じく、まだ二十代半ばだった筈なんだけどな。
そのまま寝落ちしてしまいそうなほど、でろんと溶けたルッツを見て、オレは溜息を吐き出す。
しかし疲れているのもよく分かっているので、要望通り、指定された場所を揉み解すのに専念した。
「久しぶりに肩が回る……!」
「二十代の感想じゃない……」
ぐるぐると腕を回しながら、ルッツは顔を輝かせる。
しかし目元には濃い隈があり、肌艶も良くない。せっかくの繊細な美貌も形無しだ。
数年前、見習いから正式な魔導師となったオレ達だが、進路は分かれた。
国家所属である事に変わりはないが、オレはプレリエ領で、ルッツはそのまま王都で働いている。
ルッツはイリーネ師匠の補佐となり、後継としてビシバシと厳しく育てられているようだ。繊細な顔立ちに似合わず意外と脳筋なルッツは、一日中、書類に囲まれている日々に相当疲れが溜まっているらしい。
ようやく纏まった休みが取れたとプレリエ領にある研究施設を訪ねてきたのだが、あまりにもヨレヨレだったので、マッサージをしてやる事となった。
でもまだ顔が酷いので、そっちもどうにかしようと考えながら茶の用意をする。
水を入れた薬缶を五徳の上に置く。
下に置いた魔石に触れると、ボッと小さな炎が上がった。後は手を離しても、勝手に燃え続けるので沸くまで放置だ。
「使い勝手はどう?」
「良好」
茶葉の缶を開けながら、ルッツに返事をした。
魔石の性能も、昔に比べて大分進歩した。以前は魔力を注ぎ続けなければならなかったのが、今は触れただけで一定時間は持つ。
オレやルッツの研究材料の一つでもあった。
「便利だよね」
「便利過ぎる」
オレが呟くと、ルッツは苦笑して頷いた。
「姫が止める訳だよ」
魔石の改良は、想像以上に良い結果を生み出した。
事前に魔力を多めに籠めるという手間はあるものの、それさえ済んでしまえば、あとは好きな時に魔導師が触れるだけ。傍を離れても効果は消えない。
実験に成功した時のオレ達は、歓喜した。
これならもっと良いものを目指せる。いずれは魔導師でなくても使えるようにしたい。
以前、姫様にお守りとして渡したのは見せかけで、実際の効果は無かったが、改良を重ねれば可能かもしれない。
実現したらきっと、世の中は更に便利になるはずだ。
そんな風に興奮していたオレ達の目を覚まさせたのは、姫様だった。
姫様はオレ達の成果に目を輝かせて喜んでくれたけれど、先の展望を聞くと途端に顔を曇らせた。
その場で否定的な事を言わなかったのは、姫様の優しさ。オレ達の努力を知っている彼女は、水を差したくなかったんだと思う。
でも結局はオレ達の為に、憎まれ役になる事を選んで助言してくれた。
姫様は、『魔石の改良は、これで終わりにしましょう』と言った。
これ以上の発展は必要ないと。
まさか姫様がそんな事を言うとは思わず、愕然とする。
しかし話を聞いて、自分たちの研究の危うさについて気付いた。
まず、魔石を誰でも使えるようになった場合の危険性。
湯を沸かす、食べ物を保存する等に使用してくれるならいい。でも残念ながら悪用しようと考えた場合、いくらでも思いつく。
それから、魔導師の希少性。
魔石に魔力を籠めるのは、一定以上の力を持つ魔導師しか出来ない。可能なのは、イリーネ師匠、オレとルッツ、それからミハイルだけ。
どんどん魔力持ちの数は減っているから、今後、増える事も期待出来ない。
そんな中で、魔石の需要が爆増した場合、どうなるか。
オレ達の価値が上がるなんて、可愛らしい表現では済まないだろう。世界中から付け狙われ、捕まれば、魔力が枯れて死ぬまで搾り取られるかもしれない。
蒼褪めるオレ達に、姫様は言った。
『貴方達の技術は、とても素晴らしいものよ。でもその恩恵を受けるには、私達は未熟過ぎるの』
オレ達は平和ボケしていた。
姫様の傍が温かくて、幸せで、すっかり竈と氷室になっていた。姫様に出会う前は、自分達を兵器だと認識していたのに。
苦しそうな顔で止めてくれた姫様に感謝して、オレ達は魔石の改良を永遠に凍結する事にした。
「世界中の人間が、姫みたいだったら良かったのに」
ルッツの呟きに、心の中で同意する。
自分達は恩恵を受ける資格がないと言ったけれど、姫様はそこに含まれない。
師匠ですら持て余していたオレ達を、竈と氷室扱いした人だ。どんな尖った発明をしても、良い事にしか使わない、いや、使えないだろう。
だが同時に、考える事がある。
「姫様みたいな人間ばっかりだったら、魔法は衰退しなかったんじゃないかなって、時々思うんだよな」
昔は誰もが使えた力。
しかし徐々に失われ、今では使える人間は数える程しかいない。オレ達が死んだら、おそらく永遠に失われる。
姫様が言ったように、魔法を扱うには人間は幼過ぎるのかもしれない。
そう神様が判断して取り上げたのではなんて、ガラでもなく考えてしまう。
「かもね。まぁ、無くても生きていけるし」
真剣な表情を緩めて、ルッツは軽く言う。
オレも釣られて、肩の力を抜いた。
「だな。薪と火種があれば、別にオレいらんしな」
沸いた湯を注いで茶を淹れ、片方のカップをルッツに差し出した。
「夏のオレは替えの利かない唯一の存在だけど」
「お前、夏バテして使い物にならないじゃん」
胸を張って言うルッツに呆れ顔で突っ込む。
夏場のルッツは確かに重宝するが、暑さに弱い為、基本は使い物にならない。
「王都よりこっちの方が涼しそうだよね。夏は避暑に来ようかな」
「この程度の距離で温度が変わってたまるか。というか師匠もそんな事言ってたから、普通に無理だろ」
「それ!」
「どれ?」
だらだらと意味の無い会話を続けていると、急にルッツが大きな声を出す。
首を傾げて問うと、「師匠だよ、師匠!」と眉を吊り上げた。
「師匠ってば最近、事ある毎に引退を仄めかすんだよね。そろそろ引退する年だとか何とか言って、オレに仕事を回してくんの!」
「あー」
「オレより元気な癖に、なに年寄りぶってんだっつーの!」
「怒られるぞ」
師匠であるイリーネ様は、年齢不詳な美女だ。
三十くらいにも見えるが、でも四十代後半と言われても納得出来てしまう風格がある。
どちらにせよ、引退するような年齢ではない。
「ルッツを育てる為に、敢えて厳しくしているのかもよ?」
「違うね! あの人はテオが羨ましいんだよ!」
「……オレ?」
「師匠は研究職に就きたいだけなの。煩わしい社交も貴族の腹の探り合いも無く、研究に没頭出来るなんて最高。しかも元々、姫の事は娘みたいに可愛がっている人だし、傍で力になれる環境なんて天国だとか思ってるよ、絶対」
なるほど、と思わず納得してしまった。
師匠は魔導師長という立場にあるが、権力に興味のある人ではない。魔力がなければ、学者や文官を目指していたのではないかと思う。
「オレだって、こっちに来たいのに!」
「いや駄目だろ」
魔術師が四人しかいないのに、全員がプレリエ領に来てどうする。
そうでなくとも実力者が集中し過ぎていて、戦力が過剰なのに。謀反か、国家転覆計画かと、痛くもない腹を探られたくはない。
「プレリエ領の魔導師は、オレとミハイルで間に合ってるから」
「三年ごとに交代制とかどうよ?」
「拒否する」
「薄情者!」
頬を膨らますルッツだが、本気ではない。
頑固な性格だと知っているので、一度決めたからには王都でのし上がるのだと思う。
問題は師匠だ。
あの人の気質と研究職の親和性が高すぎて、いつか本当に引っ越してきそうな気がする。
「オレ、追い出されないよう頑張らないとなぁ……」
本当に交代制で王都に送り返されそうで怖い。




