転生公爵の引導。
とても面倒な事になった。
ハクト殿下が私……プレリエ公爵の評判を気にしていたのは、道中で悪い噂を耳にしたからだったようだ。
正義感が強く、どうやらレオンハルト様に憧れているらしい彼は、真偽を確かめたかったのだろう。憧れの人の嫁が悪女だったら、そりゃあ嫌だよね。
そこまでは、別にいい。予想の範疇だ。
しかし、肝心の噂を流した相手が不味い。
以前、病院の視察目的でやって来たグルント王国の使節団に紛れ込んでいた、横暴貴族だと言うではないか。
正直、怒りよりも呆れが先行した。
何故、やらかしにやらかしを重ねていくのか。理解出来ない。
初の女公爵になったのだから、風当りが強いのは分かっていたし、別に言いたければ言っていろと思う。
でももうちょっと、相手は選んでほしかった。
最近になって大陸と交流を始めたばかりの島国の、しかも王子殿下に話すとか、馬鹿なの?
国家間の不和に繋がりかねない悪質な行為として、洒落にならない事態になるとか想像出来なかったのか。
国内の貴族同士で話している程度なら、こちらだって手出し出来ないのに、というかしないのに。
本当、どうして、黙って見ている訳にはいかない相手に話した?
報告を受けて唖然としていた私が我に返ってまずしたのは、ラーテとクラウスの所在を確認する事だった。
丁度、私の護衛に付いていたクラウスは笑顔だった。とても笑顔だった。額に青筋が浮かび、右手が剣の柄に掛かっていたけれど笑顔だった。怖い。
ラーテは、そういえばハクト殿下の周辺を探ってもらっていたなと思い出した時点で不味いと蒼褪めた。彼はとっくにこの話を知っているはず。
本日、私についていた影に『ラーテを捕まえて、レオンハルト様に指示を仰ぐよう伝えて』と頼むと、死んだ目で「御意」と返ってきた。
普段、無表情で粛々と任務をこなす彼のあんな顔、初めて見た。
無茶を言って、心底申し訳ないと思う。
クラウスもラーテも、私には勿体ないくらい優秀な部下ではあるんだけれど、たまにモンペみたいになるのが玉に瑕なんだよね……。
それから、どうにか過激派二人を宥めて、グルント王国へ正式に抗議する事となった。
ハクト殿下も帰国してから、審議の後、説明を求める文書を送ってくれるそうだ。
前回は一部領地没収で済んだ横暴貴族が、今度も同じ処罰で済むとは思えない。
あの性格だから敵も多いだろうし、爵位剥奪とかになったら大変な目に遭いそうだけれど……、もう自業自得だから頑張ってとしか、言えない。
そして数日が経過し、無事、病院の視察を終えた。
オステン王国視察団が帰国する、前日。ハクト殿下たっての願いで、レオンハルト様と手合わせする事となったらしい。
何ソレ、絶対に見たい。
絶対に見たいのに、私は急ぎのお仕事が入っていた。
ギリギリと歯噛みしながら書類を全力で捌き、終わらせて駆け付けた鍛錬場は、凄い賑わいだった。
元々、鍛錬しに来ていた人間だけでなく、非番の騎士達も詰めかけているらしい。
「凄い人出ね」
護衛のクラウスに守られながら、人と人との間をすり抜ける。
「物見高い奴らだ。貴方様の道を塞ぐなど、万死に値する大罪だというのに」
凶悪な顔をしたクラウスが舌打ちをする。「ちょっと切り伏せてきましょうか」とか、真顔で言うのは止めてほしい。冗談なのに、冗談に見えないから。
「きっと仕事の奴も紛れていますよ、コレ」
「本当は困るけれど……まぁ、今日くらい大目に見ましょ」
「甘過ぎます」
苦虫を噛み潰したような顔で言うクラウスに、私は苦笑した。
レオンハルト様は、ネーベル王国最強と呼ばれた近衛騎士団長だった。
国内だけでなく近隣の若者の憧れである人を、現役から退かせてしまったのは他ならぬ私だ。
大好きな旦那様を返す事は出来ないので、その代わりに、今回は気付かなかったフリをしようと思う。
それに私も見たいし。
「どうぞ」
「ありがとう」
自分の体で人垣を分け、私の入る隙間を作ってくれたクラウスの隣に滑り込む。
申し訳程度のお忍びスタイルとして着ていた外套のフードを下ろすと、歓声と熱気が直に伝わってきた。
一段高い場所から見下ろした鍛錬場の中央に、人影が二つ。
「……っ!?」
私はその光景に、声を失くす。
予想外の人がいた訳じゃない。武器を手に向かい合って立つのは、ハクト殿下とレオンハルト様だ。
問題は、レオンハルト様の持つ武器の種類。
黒い柄に金の鍔、遠目でも分かる、見惚れる程に美しい直刃の片刃剣。
日本刀……!!
信じられない事にハクト殿下だけでなく、レオンハルト様も刀を構えている。
あり得ない光景に、私のテンションは爆上がりした。
恰好良い……っ!! 何あれ、意味分からないくらい滅茶苦茶似合ってる!!
「あの武器は何だ?」
「オステン王国の武器らしいぞ」
隣のクラウスが憮然と呟くと、近くに立つ騎士が身を乗り出してきた。
興奮冷めやらぬ様子で、得意げに語る。
「剣での戦いはレオンハルト様の圧勝でな。試合の礼にと、王子殿下が渡した武器で再戦するところだ」
剣での戦いも見たかった。
でも過ぎ去った事は仕方ない。日本刀で戦うレオンハルト様というSSRなスチルを見逃さなかった幸運に感謝しよう。
「頑張って!」
歓声が飛び交うのに混ざって叫ぶと、レオンハルト様の視線がこちらを向く。
満面の笑みで手を振ると、照れ臭そうに笑って振り返してくれた。ファンサの神かよ。
流石に何人かは私の存在に気付いたようだけれど、気にしない。またやってるって、生温い目で見られるくらい我慢する。
何故かハクト殿下も、信じられないようなものを見る目で私を見ていた気がするけれど、錯覚……?
憧れの人に対し、何だこの無礼な女は? とか思われていたらどうしよう。
一回会ったんだけれど、覚えてないのかな。覚えてないよなぁ……。
やがて始まった試合は、圧巻の一言だった。
両手で構えるハクト殿下と、片手で構えるレオンハルト様。
距離を詰めたハクト殿下の刃をレオンハルト様が受け止め、斬り返す。
両者の速度が余りにも速く、瞬き一つで付いていけなくなりそうだ。誰もが固唾を飲んで見守り、静まり返った鍛錬場に、刃のぶつかる硬質な音が鳴り響く。
当初は扱いに慣れていないレオンハルト様は押され気味だったけれど、だんだんと速度が釣り合うようになる。軽やかな動きは演舞を見ているようで、息をするのも忘れた。
キィン、と一際派手な音が鳴り、刃がハクト殿下の眼前に突き付けられる。
「……参りました」
静かな声の一瞬後、わっと盛大な歓声が会場を包み込んだ。
「クラウス、見て、見てた!?」
「見ておりましたよ……本当にいけ好かない男だ」
興奮気味に捲し立てると、クラウスが忌々しそうにレオンハルト様を睨む。
一緒に喜んでくれるとは思っていなかったけれど、それにしても酷い。直属の上司に対する言動ではないと思う。
気を取り直してレオンハルト様に手を振っていると、ちょいちょいと手招かれる。
「推しが手招いてる……夢かな?」
「そうですね、夢です。お疲れなんでしょうね、帰りましょう」
クラウスに背を押され、鍛錬場から退場させられかける。
しかし途中で迎えに来た推し……ではなく旦那様によって、引き留められた。
「ローゼ。せっかくだから、ここでご挨拶しましょう」
そういえば、ハクト殿下にプレリエ公爵としてご挨拶していなかった。
非公式で偶発的に会ってしまってから、避け続けていたからね。
レオンハルト様は私の背に手を回し、ハクト殿下へと向き直る。
「ご紹介が遅くなり、申し訳ございません。彼女が私の伴侶です」
私はにっこりと余所行きの笑みを浮かべた。
「お初にお目にかかります。プレリエ公爵家当主、ローゼマリー・フォン・プレリエと申します」
はじめましてではないけれど、そこは流してほしい。
呆然と佇むハクト殿下は、私とレオンハルト様を交互に見てから、何故か肩を落とした。
抜け殻みたいになってしまった彼を、オステン王国の側近方が運んで行った。
翌日のお見送りの時も泣きそうな顔をしていたけれど、大丈夫だろうか。無事に母国へ辿り着いたのかが、少し心配だ。




