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転生王女は今日も旗を叩き折る。  作者: ビス
後日談・番外編
283/402

或る薬師の悩み。(2)

※前回に続き、ヴォルフ視点です。

 


 雑談に興じる程、仲良くなったのかと微笑ましい気持ちで通り過ぎようとした。

 けれど聞こえてきた、ロルフのやや硬い声に足を止める。


「どのような意図で、それを訊ねられているのですか?」


 オレとリリーは顔を見合わせた。

 勤務中のロルフは基本、とても真面目だ。それにオレ達やマリーには砕けた態度でも、他所の人間には丁寧に接する。相手が客人であれば、尚更。


 リリーとオレは視線で互いの意図を読み取って、物陰に隠れた。

 気配を消して、そっと様子を窺う。


 立ち聞きは誉められた行為ではないが、普段と様子の違うロルフが気にかかった。

 それと、いくら温厚な国民が多いとはいえ、王子殿下に無礼な態度を取れば、罰せられてもおかしくない。

 いざという時にはロルフの上司として、立ち会わなくては。


「不躾な質問をして、申し訳ない」


 幸いにも、王子殿下は気分を害した様子はない。

 寧ろ、声音には申し訳なさが滲んでいる気がした。


「この国に来てから、色んな人に話を聞いた。その過程で、私が持っていた先入観が誤りであると気付きつつあった」


 先入観とは、何の事だろう。

 オレは首を傾げるが、黙り込んだロルフが聞き返す素振りはない。


「私が間違っていたと判断する為の質問だったが、貴方がたの気持ちを一切配慮していなかった。すまない」


 王子殿下の素直な謝罪に驚く。

 やんごとなき生まれの方が、あっさりと自分の非を認められるとは。


 昔の俺には、王侯貴族という存在は、傲慢で横暴で己の利益しか考えていない人間ばかりに見えていた。

 実際、高位の人間の多くに当てはまる。しかし、マリーに会って、例外もいるのだと知った。


 どころか、類は友を呼ぶのか、マリーの周囲にいる王侯貴族は彼女のような例外ばかり。オレの知らないうちに世の中は綺麗に洗浄されたのかと、悩んだくらいだ。

 病院の視察に来た他国の貴族の横暴さを見て、『ああ、マリーの周りが特殊なんだな』と妙に納得してしまったが。


「尊敬する方を疑われて、さぞ不快だったろう」


 違う方向に逸れていたオレの意識を、王子殿下の声が引き戻す。

 こちらからは彼の顔は見えないが、表情も声と同じく真摯なものだろう。


 難しい顔付きで黙り込んでいたロルフは、目を伏せ、短く息を吐き出した。


「……我らが主、プレリエ公爵は、貴方が耳にしたという噂からはかけ離れた方です。あの方ほど誠実な人を、私は他に知らない」


 静かな声でロルフは、王子殿下に語り掛ける。


「クーア族は頑固者の集まり、故に、金にも脅しにも屈したりしない。私達を動かせるのは、己の意志とそれを尊重してくれた我らの主だけ」


 伏せていた目を開け、ロルフは真っ直ぐに王子殿下を見た。


「私がここに居るのは、私自身がそうありたいと望んだからです。それ以外の理由なんて無い」


 決然とした瞳で告げたロルフに、王子殿下は「そうか」と短く返す。表情こそ見えないものの、その声には羨望に似た響きがあった。


 そして立ち聞きしてしまったオレとリリーは、顔を見合わせる。

 リリーは目を丸くしているが、おそらくオレも似たような顔をしているはず。


 ロルフがマリーを認めているのは、仲間全員が知っている事だ。

 しかし思春期特有の天邪鬼を発揮し、未だにマリーにだけ素直になれない彼が、ここまで言うとは思わなかった。


 微笑ましさと共に、身内の告白を覗き見してしまったような気まずさがある。

 こっそり立ち去った方が、どちらにとっても傷が浅くて済むか。


「あくまで、私個人の意見です」


 ところが、ロルフのこの言葉に黙っていられなかったのはリリーだ。

 私だって! と悔しそうに歯噛みしている。そこは張り合うところではないと思うが、リリーはマリーの事に関してのみ冷静さを欠くからな。


「他の者の気持ちを代弁する事は出来ませんので、そちらにも聞いてみたら如何でしょう?」


 飛び出して行きそうなリリーを宥めていると、ロルフの視線がこちらを向く。

 どうやら、立ち聞きしていたのはバレていたようだ。


 逃げるのは諦めて、意気揚々と近付いていくリリーの後ろに続いた。


「私も自分の意志で、ここにおります。主人であるプレリエ公爵様の役に立つ事が、私の生き甲斐であり喜びなんです」


 突然、話に加わってきたオレ達に対しても、王子殿下は寛容だった。

 主人であるマリーが如何に素晴らしい人物か、熱弁を振るうリリーに呆れず、耳を傾けてくれる辺り、人格者だと思う。


 そのうち、通りかかった病院関係者が話に加わり、皆で代わる代わる、プレリエ公爵に関する良い話を披露していく。

 どいつもこいつも我が事のように自慢げだ。

 人の良い王子様と真面目な側近らが嫌な顔一つしないものだから、止める人間がいやしない。


 ……呆れながらも混ざっているオレに、ぼやく権利はないか。

 マリー本人がこの場にいたら、真っ赤な顔で「止めて」と懇願しただろうな。


 約三十分後。

 かなり盛り上がっていたのをどうにか解散させた。各々が仕事に戻るのを見送ってから、気になっていた事を切り出す。


「殿下が耳にした噂とは、どのようなものですか?」


 ロルフとの会話で薄々察せたが、良い噂ではないのだろう。

 さっきロルフを怒らせた事もあってか、王子殿下は迷う素振りを見せた。


 しかしオレとリリーが黙って言葉を待つと、引く気がないと理解したのか、話してくださった。


 曰く、プレリエ公爵は権力を盾にして下々の者を虐げる横暴な人間だと。

 少しでも意に沿わぬ言動を取れば、元王族の力を行使して罰を与えてくるのだとか。


 怒るよりも先に、呆気に取られた。

 いったいそれは、誰の話だ。


 そこそこ長い付き合いになってきたが、マリーが私事で権力を行使しているのを、見た記憶がない。

 彼女が王女である自らの立場を利用するのは、いつだって下々の者達の為だ。部下や仲間を守ろうとする時だけ、とても強くなる。


 逆に自分の事は割となおざりで、嫌味や陰口の類は聞き流す。

 もっと怒れと周囲がやきもきするくらいだ。


 それに意に沿わぬ言動が、どの程度を指すのかは知らないけれど、それならオレ達クーア族はとっくに処刑されているはずだ。

 なんならオレは今から、マリーに予算案に関して文句をつけに行くところだし、ロルフなんか百回は処刑されていてもおかしくない言葉を、つい先日もぶつけていた。


 あまりにも主人の人物像からかけ離れている為か、苛立ちよりも戸惑いが勝る。

 マリーに信仰めいた敬愛を捧げるリリーですら、怒れずにいた。


「……人違いでは?」


 困惑しきった顔でリリーが呟く。

 その場にいたクーア族全員が同じような顔をしているので、王子殿下は端整な顔に苦笑いを浮かべる。


「私もそんな気がしてきた。この国に入ってから、プレリエ公爵を悪く言う人間に会った事がない。老若男女問わず、身分も関係なく、皆がかの方を尊敬しているのが、余所者の私にも分かった」


 王子殿下の言葉に、リリーがご満悦な様子で頷く。

 そうでしょう、そうでしょうと言いたげな顔が、更に王子殿下の苦笑を深めた。


 しかし微笑ましそうな表情だった王子殿下は、ふと真剣な顔付きになる。


「……いや、この国に限った事ではないな。道中の船乗りや旅人も好意的な意見が多かった。悪し様に言ったのは、その噂を私に教えた人物だけだ」


 つまり、そいつが故意に悪意ある噂を流していた可能性がある、と。


「……名前をお聞きしても?」


 オレが問うと、王子殿下は「内密に」と前置きした後に教えてくれた。


 そしてその名が、以前この病院を視察目的で訪れ、尊大に振る舞い、滅多に怒らないマリーを激怒させた横暴貴族のものだと気付いたオレは、漸く色んなものが腑に落ちた。


 そういえば、領地没収された阿呆貴族はグルント王国の貴族。

 東方にある島国オステンから渡ってきた王子殿下一行は、陸路でネーベルを目指す際に、グルントを経由してきた。


 そしてその途中で歓待した領主が、アレだったのだろう。

 領地没収程度で済んだのは、マリーの温情あっての事。

 現在は王籍を抜けたとはいえ、マリーは公爵家当主。しかも各国から注目されている医療施設計画の要だ。


 そんな人物に無礼を働き、その程度で許された幸運を噛み締めて細々と生きればいいものを、逆恨みして貶めるとは。

 マリーが許しても、周りの人間が許す筈がない。


「馬鹿につける薬がないって本当ね」


 呆れ混じりに吐き出したオレの言葉に、リリーとロルフが深く頷いた。



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― 新着の感想 ―
[一言] ああこれは…… プレリエ公爵が初恋の人だと王子が知った時が、アホ貴族の終わりなんだろなぁ。王子の国とも外交問題勃発、間違いなし。 マリー親衛隊が何かする時間もないな! アホ貴族の命運は尽きた…
[一言] ここのところ忙しく、数回分をまとめ読みとなってしまったけれど、それはそれでボリューミーで読み応えあって大満足させていただいております(≧▽≦) さて次回化その次がきっと近いうちに、なんらか…
[一言] マリーが激怒って相当凄いのに え?これは報告が上に行って自滅フラグなのでは 元王族抜きにしても公爵怒らせるとか そして、怖い旦那と恐ろしい兄弟がバックにいるのにw
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