転生公爵の寝坊。
「おはよう」
「……おは、よ?」
眩しい。
日差しも笑顔も眩しい。
朝陽と呼ぶには高い位置にある太陽が、紗幕越しに燦々と降り注ぐ。
ベッドの端に腰掛けて私を覗き込んでいる旦那様の笑みは、眩い光にも負けないくらい輝いていた。
綺麗なお顔をしているのは知っていたけれど、今日も今日とて国宝級。
寝起きの目には刺激が強すぎる。
しぱしぱと瞬いていると、大きな手が頬を包み込む。
影が差して、頬にチュッと温かい感触が押し当てられた。
「果物を用意したけれど、食べられる?」
「うん……」
半分眠ったまま頷くと、レオンハルト様はテキパキと用意を始めた。
なんだか、とっても機嫌が良い……?
鼻歌でも口ずさみそうな様子のレオンハルト様に、私は首を傾げた。
昨日は怒らせたまではいかないものの、機嫌を損ねていたようだったのに。私を抱き起して膝の上に座らせた彼からは、ネガティブな感情は一切感じない。
甲斐甲斐しい親鳥の如く、水やフルーツを私の口に運ぶ様子は、ただただ楽しそうだ。
「ローゼ?」
見つめ過ぎたらしい。
どうしたの、と問うようにレオンハルト様は私を呼ぶ。じっと見てから、へらりと笑った。
「レオンが笑ってくれて、嬉しいなぁって」
素直な気持ちを告げると、レオンハルト様は目を丸くする。
言ってからすぐに照れ臭くなって、それだけ、と誤魔化すみたいに視線を逸らした。
すると、お腹に逞しい腕が回される。
背後からぎゅうっと、包み込むみたいに抱き締められた。
「レオ……」
「昨夜は、無理をさせてごめんなさい」
「!」
昨夜と言われただけで、鮮明な記憶が脳裏に蘇る。肌の温度と感触と、ギラギラと輝く瞳、それから私の名を呼ぶ掠れた声。
爽やかな朝にはそぐわないそれらを脳から追い出すべく、私は慌てて頭を振った。
「それは、全然……。わ、たしも、嫌ではないですし……」
嫌ではないどころか、嬉しい。
前世の推しで、初恋で。ずっと追いかけ続けてきた人に抱いてもらうとか、ご褒美以外の何物でもない。
「今も起き上がれないのに?」
「う……」
気持ち的にはばっちこいでも、体力が追い付いていないのが現状だ。
「オレをあまり、甘やかさないでください。際限なく我儘になってしまう」
少し拗ねたように言って、レオンハルト様は私の頭に擦り寄る。
何それ可愛い。キュンときた。甘やかすなと言いながら、ベッタベタに甘やかしたくなる行動するのは止めていただきたい。
「我儘でいいじゃないですか。レオンが嫌な思いするより、ずっと良いわ」
高い位置にある頭に手を伸ばし、そっと撫でる。
子供扱いするなと怒られるかと思ったが、されるがままだ。硬めの髪の感触を堪能していると、レオンハルト様の手がそっと添えられる。きゅっと優しく握り込まれた。
「オレは馬鹿ですね」
「え?」
「こんなに愛されているのに、つまらない嫉妬をするなんて」
レオンハルト様は苦笑交じりにそう言った。
え、ヤキモチ?
ヤキモチ妬いてたの……!?
確かに独占欲めいた事は言われていたけれど、トリガーが分からなかっただけに繋がらなかった。
そっかぁ……ヤキモチかぁ……。
うふうふと不気味に笑う私を、レオンハルト様は不思議そうに見る。
「ローゼ?」
「私も。私もレオンの傍に綺麗な女性がいると、こっそり妬いてます。……お揃いですね?」
私の言葉を聞いて、レオンハルト様は虚を衝かれたように固まる。
丸くなっていた瞳はすぐにゆるりと溶けて、唇は嬉しそうに緩い弧を描いた。
「……やはり、貴方には敵わないな」
私もそう思っているから、お相子じゃないかな。
ゆっくり食事と支度を終えた後に、いくつかの報告を受けた。
まず、オステン王国の視察日と滞在日数の延期について。
病人は既に快方に向かってはいるそうだが、数日の療養が必要。視察の日程を一週間ほどずらし、それと共に滞在日も延びた。
それから視察初日は、レオンハルト様が私の代理で行ってくれるそうだ。
ニアミス的に王子殿下に会ってしまっている身としては、今から『初めまして』は気まずい。有難く、お任せする事にした。
病人の症状や経過等、一通りの報告を受けた。
話は終わりかと思いきや、レオンハルト様は少し迷う素振りを見せてから口を開く。
気に留める程の情報ではありませんが、と前置きをして話してくれたのは、ハクト殿下がプレリエ公爵の評判を気にしているという内容だった。
なんで? とシンプルな疑問が浮かぶ。
プレリエ公爵としてはまだ会っていないので、私の言動に不信感を抱いたのではないだろう。そもそも、あの真っ直ぐな気性の王子殿下なら、私に不満があるなら直接言ってくると思うし。
なら、プレリエ公爵の悪い噂でも耳にしたのかな。
女性の立場が弱いこの世界で、初の女公爵という地位に就いた私が気に食わない人は、それなりにいる。私のバックが強すぎるから、表立って喧嘩を売ってくる人はほぼいないけど。
まぁ何にせよ、相手の出方次第か。
「分かりました」
ハクト殿下にどう思われていようと、正直、あまり気にならない。
それより重要なのは、レオンハルト様がその手の情報を私に共有してくれた事。
レオンハルト様は情が深く、優しい方だ。
とても過保護で、私が僅かでも傷付く可能性がある場所から遠ざけたがる。そしてそれは何も、物理的な危険だけに限った話ではない。
心無い言葉や悪意ある噂からも、私を守ろうとしてくれる。
そんな彼が、ネガティブな話も私に教えてくれた。
たぶん、不用意に耳にして傷付かないようにという気遣い。
でも、私がその程度の事では揺らがないと信頼してくれているようにも思える。それが、とても嬉しかった。




