転生公爵の交流。(5)
中心街のとある一角で馬車が止まる。
賑やかな目抜き通りから一本外れた場所にある、古びた石造りの建物の前だ。住人が亡くなってから十年近く放置されていたが、最近になって綺麗に整えられた。
買い取ったのはもちろん、ユリウス様だ。
建物自体はそのままで、傷んでいた木枠やドアを交換。ハンギングボールや吊り看板で軽く装飾すると、瀟洒な店に早変わりだ。
本拠地は王都で、アイゲル侯爵家の治める領地や港町など、様々な場所に拠点を持つユリウス様だが、最近はここ、プレリエ公爵領を中心に活動している。
ユリウス様曰く、今後、プレリエ領は経済の中心となる。
商売人である彼は商機を逃さない為に、医療施設の計画が持ち上がった段階で、既にここを買い取っていたらしい。
目抜き通り沿いの店舗も、しっかり確保してあるとの事。抜け目がない。
「ようこそ。お待ちしておりました」
重厚感のある木製のドアを叩くと、ユリウス様本人が出迎えてくれた。
品の良い美貌は相変わらずで、年齢を感じさせない若々しさだ。
中へと足を踏み入れると、店としての営業はまだのようだが、棚には既に商品が並んでいた。一目で良い品だと分かる見事な細工の時計から、前衛的なデザインの置物まで、幅広い品が取り揃えられている。
雑多なようでいて、不思議と調和のとれた配置にセンスを感じた。
奥まった立地条件や古い建物の雰囲気も相まって、特別なお店感がある。私自身もまるで魔法のお店に来たみたいで、テンション爆上がりだ。
しかも店の奥で静かに頭を下げてくれた従業員さんらしき男性も、品の良さそうなお爺様で、『ユリウス様ってば流石! 分かってる!!』と全力で賞賛したくなった。
「お時間があるようでしたら後ほど、少し店内を案内させてください。女性目線での意見をいただけたら有難いです」
目を輝かせていた私に、ユリウス様はそんな提案をしてくれる。
もうとっくに成人しているのに、好奇心旺盛な子供みたいで恥ずかしい。でも正直、商品の説明は聞きたいので「是非」と頷いた。
「ゲオルク様は、ご一緒ではないんですか?」
きょろ、と周囲を見回しても姿はない。
ユリウス様の甥っ子であるゲオルクは、次期当主としての勉強と並行してユリウス様の商売を手伝っている。
プレリエ領に店を出す関係で、今日はこちらに来ていると聞いていたのだけれど。
「ああ、大通りの方の店で改装の指揮をしています。予定より長引いていたので、置いて来てしまいました」
「えっ」
「大丈夫ですよ」
それ、本当に大丈夫なやつ?
また仕事を押し付けたって、後で怒られるパターンじゃない?
ユリウス様は穏やかで誠実な大人の男性……と思わせておいて、結構な自由人だ。
商品の買い付けにふらりと出かけて、中々帰ってこないという話を何度か聞いた。その度に仕事を押し付けられているのは、優秀な従業員と生真面目な甥っ子だ。
優雅な所作と華やかな美貌のゲオルクは、社交界で『春の貴公子』と呼ばれ人気も高い。
しかし残念ながら私の中では、額に青筋を浮かべ、滾々と叔父を説教している彼のイメージの方が強く残ってしまっている。
今回もたぶん、いつの間にか消えていた叔父にブチギレているんだろう。
頑張れ、オカン。強く生きて。
苦労性のゲオルクに同情しつつ、ユリウス様の後に続いた。
店内を通り抜け、奥にある部屋の一つへと通される。
勧められたソファに腰掛け、お付きのメイドさんに目配せをすると、手際良く用意をしてくれた。
「これがオステン王国の料理ですか」
ユリウス様は目を輝かせて、机に並べられたお弁当を眺める。
「いえ。食材と調味料はオステンの物を使っていますが、調理法は自己流です。私好みの味付けにしてしまっているので、あちらの味付けとは全然違うかと」
「それならきっと、私の好みでもありますね」
少年のように曇りない笑顔を向けられ、私も釣られるように笑った。
「では早速、頂いても宜しいですか?」
「ええ、どうぞ。こちらは主食のお米です」
「これは紙……ではないですね。何かの葉ですか?」
「竹という植物の皮を干したものです」
興味をそそられたのか、ユリウス様は竹の皮を手に取って観察し始めた。商売人としてのサガなのか、個人的な趣味なのか、一々楽しそうだ。
竹の水筒とか作ってあげたら、喜ぶかもしれない。
竹の皮に夢中だったユリウス様の興味が、ようやくお米に向いたその時。
扉の向こうから、話し声が聞こえた。
言い争いという程、荒々しくはないものの、それなりに声を張っていなければ、ここまでは届かないだろう。
ユリウス様と目が合い、彼は「すみません」と短く謝罪してから席を立った。
扉を開けると、さっきよりも鮮明に声が届く。
「高額でも構わない。米を分けていただきたい」
お米?
今、お米を分けてくれって言った?
部屋を出ていったユリウス様に続き、私も席を立つ。
護衛の騎士とメイドさんに阻まれてしまったので追いかける事は叶わず、戸口に立ってこっそり様子を窺った。
「アウグスト。お客様ですか?」
ユリウス様が呼んだのは、おそらく従業員のお爺様の名前だろう。短い遣り取りの後、別の声が割り込んだ。
「貴方が店主か」
凛々しい声が、私の方まで届く。姿はここからでは見えないが、声からして若い男性だろうと予想がついた。
「当店の経営者は私ですが、如何されましたか?」
「騒がせて申し訳ない。開店前だと聞いたが、どうしても譲ってほしい物があり、無礼を承知で頼み込んでいた」
声は大きいが、礼儀正しい方のようだ。
時代劇に出てくる若武者のような話し方と、『米』というワードから、とある島国を連想した。
「どうか、米を譲っていただけないだろうか」
「申し訳ありませんが、こちらには在庫がございません」
「……なんと」
「大通りの店舗で取り扱う予定ですが、まだ改装中でして、商品の搬入は先になります。今は遠方の倉庫に保管されておりますので、すぐにお出しする事は出来かねます」
「そうか……。無理を言って済まなかった。厚顔ついでにお聞きしたいのだが、他に取り扱っている店に心当たりはないだろうか?」
「オステン王国と貿易が始まって、まだ日が浅いので」
言外にノーと突き付けられ、男性客は「そうか」ともう一度、気落ちした声で呟いた。
どうやら色んな店を回ったものの、米の存在すら知らない人ばかりだったらしい。
ようやく、一風変わった商品を取り扱う店主がいるという情報を得て、ユリウス様を訪ねたそうだ。
そこまでしたのに、手ぶらで帰すのは気の毒。
我が家にある在庫で足りるなら、譲ってもいいんだけど。
割って入っていいものか迷っていると、ユリウス様は男性客に「少々お待ちください」と声を掛けてから、私の方へ戻ってきた。
「聞こえておりましたか?」
「はい、聞こえました。すみません」
立ち聞きとか、淑女にあるまじき行為。
でも今は、それは横に置いておこう。
「家にまだ残っているはずです。お譲りしましょうか?」
ユリウス様は申し訳なさそうに眉を下げた。
「ありがとうございます。無理を言って申し訳ありません」
「いいえ。いつも無理を聞いてもらっているのは寧ろ、私の方です。このくらい、気になさらないでください」
そう答えても、ユリウス様の表情が晴れない。
商人として、一度売った商品を返してほしいと言うのは抵抗があるのだろう。それでもプライドよりも困っているお客様の要求を優先するのは、流石だと思う。
そんな彼に大丈夫だと言葉を重ねても、たぶん効果はない。
そう判断した私は、少し迷ってから口を開いた。
「次はどんなお願い聞いてもらうか、考えておきますね」
にっこり笑って片目を瞑る。するとユリウス様は虚を衝かれたのか、軽く目を瞠ってから、可笑しそうに肩を揺らした。
「仰せのままに」




