転生公爵の交流。(4)
あっという間に時間は過ぎ、視察団がプレリエ公爵領へと到着した。
長旅で疲れているだろうから一日は休息をとってもらい、滞在日二日目に、領内の案内、それから歓迎会がてらの食事会を開く予定。で、肝心の病院の視察は三日目からとなる流れだった訳だけども。
到着早々に使者がやってきて、二日目の案内と食事会の予定が、まるっとキャンセルとなった。
どうやら、数人が体調を崩しているらしい。
病院で診察か、医者の派遣を手配しようかと思ったが、それは固辞された。
発熱や咳等の目立った症状はなく、倦怠感と食欲不振くらいなので、ただ単に疲労が溜まっただけとの事。
オステン国は大陸から離れた島国だし、長い船旅だけでも相当に体力を削られる。それプラス陸路で、グルント王国を横断しているはず。疲れが溜まって当然。
それに食事だって、自国のものとは違う。
オステン国が何処まで日本と似ているのか、まだ詳しくは分かっていないけれど、油分が少なく、あっさりした味付けの多い日本食に近い文化なら、かなり辛い筈。
肉! バター! クリーム!! な洋風料理に胃もたれしてないといいけど。
あ、でも自国から食材は持ってきているか。
米や調味料なら保存が利くだろうし、野菜や魚を買って、自分達で料理している可能性が高い。
そう考えると、食事会、開かなくて良かったかも。
実はユリウス様からオステン国の食材を大量に仕入れ、テンション上がっていた私は、食事会に出す料理として、和食もどきも用意していたんだよね。
領地の食材を使ったネーベルの料理も出すけれど、それだけじゃなくて、お米を使った物も出そうと考えていた。
そろそろ自国の料理が恋しい頃かなぁって思ったんだけれど、大陸に着いても自炊している場合を考慮してなかったわ。
我が家の料理長と試行錯誤した料理を、本場の人に食べてもらえなかったのは残念だけど仕方ない。
とても恐縮している使者の方に、気になさらないでくださいと伝えてから、お見舞いとして果物を持たせた。
それから作り置きしてあった蜂蜜レモンもついでに。
船旅って聞くと、未だに壊血病が思い浮かぶんだよね。
大丈夫だろうけど万が一を考えて、ビタミンCを摂取させときたい。少量の塩と共に、水に混ぜてレモン水にしても美味しいですよっておススメしておいた。
そんな訳で、馬車にお見舞いを詰め込み、何度も頭を下げながら去っていった使者さんを見送った。
用意した食材は徐々に消化していく予定だ。
幸いにも、下拵え段階前の物はまだ保存も利く。
私自身も料理に挑戦してみたかったし、良い機会なので、厨房の隅っこを借りてお弁当を拵えてみた。
一個は自分用。一個は愛しの旦那様への愛妻弁当だ。愛妻は自称するものじゃないとか聞こえない。言ったもん勝ちだもんね。
レオンハルト様にお弁当作るのは、昔からの夢だった。
ただ料理人の仕事を奪うのも気が引けるし、貴族の奥様は料理なんてしない。それに私自身、かなり忙しかったので実現していなかった。
でも今回は、仕方ないよね。
材料、勿体ないし。料理人達は余剰分の食材の保存加工に忙しいし。私は一日、まるっと予定あいちゃったし。不可抗力だよ、うん。うふふ。
それから私達夫婦のお弁当以外にも、大皿でどどんと用意する事にした。
料理人をはじめとした使用人の皆さんも私の作る料理が気になっていたようなので、食べられそうな人は食べてくれたらいいなと思う。
メニューはベタに、おむすびと唐揚げと卵焼き。
作っている最中、やけに厨房が賑やかだった。
興味津々な料理人達はともかく、騎士団の面々が入り口から覗いているのには驚いた。どうやら、唐揚げのにおいに釣られたらしい。
肉体労働系の人が唐揚げ好きなのは、世界線を越えるんだろうか。
視察団の予定変更に伴い、護衛や見回りの予定を組み直していた第二騎士団、数人。
それから公爵家の人間や要人の護衛に当たる第一騎士団の面々もいる。ちなみにレオンハルト様と打ち合わせ中の団長及び副団長のクラウスはいない。
そう、実はクラウスって第一騎士団の副団長なんだよね。
当人はサクッと辞退しようとしていたけれど。
自分には分不相応です、なんて澄ました顔で言っていたが、たぶん面倒なんだと思う。身軽な方が性に合っているとも零していたし。
でもレオンハルト様の方が、一枚上手だった。
ならば公爵閣下の護衛は任せられないなと、冷ややかに告げられて、結果的にクラウスが折れた。ギリギリと歯噛みしそうな凄い顔していたけど、承諾したのに変わりはない。
レオンハルト様って、なにげにクラウスの手綱握っているよね。惚れ直したわ。
閑話休題。
現実逃避している間にも、唐揚げに釣られて来る騎士の数が増えていく。
君達、食べた事ないのに美味しいって、何で分かるんです??
足りるかどうか不安になってきたけれど、作り過ぎて残っても勿体ないし。
適度なところで切り上げて、大皿に山盛りにしてきた。……適度ってなんだっけ。
あとはお好きにどうぞと、そそくさと厨房を後にした。
いくつか取り分けてきた分は、これからユリウス様へ差し入れとして持っていこうと思っている。
私がお米を手に入れられたのは、間違いなくユリウス様のお蔭。
お供え(?)しないと罰が当たるからね。
レオンハルト様にお弁当を手渡そうとしたけれど、話し合いの最中だったので、侍従長に託す事にした。
お昼時に渡してほしいとお願いすると、いつもなら柔和な笑顔で了承してくれる彼は、困ったように眉を下げる。
「……やっぱり、公爵家の食事として相応しくないかしら?」
米料理に慣れていない人には、おむすびの方がいいかなと思って作ったけれど、手掴みで食べるって、抵抗あるかもしれない。サンドウィッチはこの世界にも存在しているけれど、庶民料理の位置付けだし。
おかずも庶民向けだし、中で仕切られているとはいえ器は一つ。コース料理のように一品一品出す文化圏の人間としては受け入れ難いかも。
恥ずかしくなって俯くと、侍従長は慌てて「いいえ!」と否定した。
私が引っ込めかけたバスケットに手を添え、真剣な顔で頭を振る。
「貴方様が手ずから作られた料理を貶める人間など、この公爵家におりません」
「でも、マナーとか……」
「こちらは異国の料理なのですよね? 郷に入っては郷に従えという言葉がございます。手掴みが基本なら、従うのが道理。寧ろ、その国の流儀に異を唱え、自国のマナーを持ち出す方がよほど無礼だと思われませんか」
「え、ええ。そうね……?」
滔々と語られ、ぱちぱちと瞬きを繰り返す。
静かに微笑む姿が常の侍従長とは思えぬ必死さに、少しばかり引いてしまった。
私が気圧されているのに気付いた彼は一歩引き、「失礼致しました」と少し恥ずかしそうに頬を染める。
六十手前の素敵なおじ様を虐める趣味はないんだけど、ちょっとキュンとした。
「ええっと、なら、何か別の問題があるのかしら?」
気を取り直して聞くと、侍従長は少し迷った後に口を開く。
「……差し出がましい事とは存じますが、私めがお渡しするよりも、奥様が直接お渡しされた方が、旦那様は喜ばれるのではと」
「!」
予想外の言葉に、目を丸くする。
次いで内容を理解し、ぽっと頬を赤らめた。
「でも、お仕事中よね?」
「お部屋にいらっしゃるのは騎士団の皆様ですので、お許しいただけるでしょう。少々お待ちください」
「え、ちょ」
私の引き留める声も聞こえないかのように、部屋へと入って行ってしまう。
侍従長が、いつもの侍従長じゃない。
穏やかで品の良い、ロマンスグレーなおじ様なのに。
しかし彼らしからぬ強引な行動を見ていたメイドさん達は、驚いておらず、止める素振りもない。
困惑顔の私が待っていると、さほど間を空けずにドアが開いた。
焦った様子でレオンハルト様が廊下へと出て来る。所在なく佇む私を見つけ、墨色の瞳が柔らかく緩む。
「お仕事中にごめんなさい。昼食を作ったのだけれど……食べてくれる?」
「もちろん」
レオンハルト様はそう言って、バスケットを受け取ってくれた。
「ありがとう。大変だったでしょう? 大事に頂きますね」
嬉しそうな笑顔を見て、私も嬉しくなってくる。
直接渡さないと、この顔は見られなかったなと、侍従長に感謝した。
「これから街に出てきます。ユリウス様の所にお礼を届けがてら、街中の様子を見てきますね」
「クラウスを連れて行きますか?」
少し考えてから、首を横に振った。
クラウスには副団長としての仕事があるし、今日は別の護衛が付いている。頼りになるけれど少し物騒なお兄さんも、影ながら見守ってくれている筈だ。
レオンハルト様は「そうですか」と頷いた後に、身を屈め、そっと私の頬に口付ける。
「いってらっしゃい。気を付けて」
「はい。早めに戻りますね」
私もレオンハルト様の頬にお返しのキスをした。
人前だと思うと、どうしても恥ずかしさが消えない。頬が熱くなるのを感じながら離れると、とても良い笑顔の侍従長とメイドさん達に見守られている事に気付いた。
応援してくれるのは嬉しいけれど、生温い目で見るのは止めていただきたい。




