転生王女の家族。
レオンハルト様のご家族への挨拶を終え、王都へと戻った翌日。
馬車移動の疲れが出たのか昼近くまで眠り、鈍く痛む頭を抱えながら起きた。起き抜けの食事は遠慮して、三時に軽食でもと思っていた矢先に、母様からのお誘い。
広い庭園の奥、池の傍にあるガゼボで待ち構えていたのは母様だけでなかった。忙しくて中々会えなかった兄様とヨハンがいる事に、私は驚く。
公式の場でなく、三人が揃っているのってかなりレアなのでは?
昔の母様は兄様を毛嫌いしているように見えたし、兄様もそれを察して近付かなかった。ヨハンの幼少期は育児放棄気味だったし、成長してからはさっさと隣国に留学して帰ってこなかったので、母様との交流なんてほぼ皆無。
よく兄様とヨハンを呼び出したなと、私は感心してしまった。
ネガティブで素直でない母様が、勇気を振り絞ったのかと思うと込み上げるものがある。
母様、頑張ったんだね……。
とはいえ話題も思いつかないのか、遠目にも気まずい空気が流れているのが分かる。近付いてくる私の姿を見て、母様が安心したような顔をした。
しかし何故かすぐに我に返ったように表情を変え、ツンと澄ます。
「おかえりなさい」
おや? と思いながらも席に着いたタイミングで、声を掛けられた。
「はい。ただいま帰りました」
「戻ってきたのは昨夜だと聞きました」
「……深夜でしたので、報告は控えました」
定型文を返しただけなのに、何で『帰りが遅い』と奥さんに責められる旦那さんみたいな心境になってるんだろう。
「あちらのご家族との交流が、さぞ楽しかったのでしょうね」
「母様」
明らかな嫌味に、眉を顰めたヨハンが諫めるように呼ぶ。
母様の嫌味は可愛いツンデレだから、そんな顔しないでいいのに。
「はい。皆様は優しい方ばかりで、とても良くしてくださいました」
「……あちらのお母様とも仲良くなったの?」
「はい」
「……そう」
自分で話題を振っておきながら、しょんぼりと萎れる。
ああ、もう。落ち込むくらいなら言わなきゃいいのに、本当に可愛い人だ。
「母様と同じくらい、優しくて素敵な方です」
「!」
にっこりと笑いかけると、母様の頬がさっと色付く。「あ、あら、そうなの」と吃りながらも平静を装おうとする母様を、ヨハンは信じられないものを見る目で凝視していた。
ヨハンの母様のイメージは、幼少期の記憶で固定されているだろうから無理もない。
かく言う私も数年前まで、高慢でヒステリックだと誤解していたし。実際はとんでもなく不器用で、寂しがりな人だ。
「ヨハン。ローゼと義母上はとても仲が良いから、心配しなくていい」
「!? 何を言って……」
私と母様の遣り取りを微笑ましそうに見守っていた兄様の謎のフォローに、母様は本格的に赤面する。
しかし、そこは若干天然が入っている兄様。何がいけないのかと、真面目腐った顔で首を傾げた。
「事実でしょう?」
「っち、……ええ、仲が良いのは事実よ」
反射的に『違う』とツンデレを発揮しそうになった母様は、頑張って飲み込んだ。羞恥に頬を染めながらも頷く様子は、可愛い以外の感想が出ない。
「兄様とも普通に接している……? 意味が分からない……」
額を押さえて俯いたヨハンが、低い声で独り言を呟く。
どうやら情報量が多すぎて、受け止め切れていないらしい。
ツンデレ拗らせてはいるものの険悪さのない私との遣り取りに加え、目の敵にしていた兄様とも会話しているのだから、ヨハンの混乱も理解出来る。
「姉様……、僕は夢を見ているのでしょうか?」
深刻な顔で聞かれ、私は苦笑する。
「夢ではないわ」
私が笑って答えると、ヨハンは微妙な顔付きになった。
「貴方が留学している間に、私達は仲直りしたの。ねぇ? 母様、兄様?」
母様と兄様は顔を見合わせる。そして兄様は慈愛に満ちた微笑みを浮かべ、母様はばつが悪いのか少し視線を逸らしながらも、そっと頷いた。
仲直りと言っても、分かりやすく謝罪して許された経緯がある訳ではない。
でも私が寝込んだ時に鉢合わせしてから、ぎこちないながらも距離は縮まった気がする。どっちも積極的ではないので、あくまで『少しだけ』という注釈がつくけれど。
しかしヨハンは納得がいかないのか、冷たい目で母様を見る。
睨んでこそいないが、好意の欠片も含まれないソレに母様は怯んだ。
「仲直り? 兄様も姉様も、人が良すぎやしませんか」
「……ヨハン」
窘める為に呼ぶけれど、責めるのも違うと思ったせいか、思ったよりも困ったような声が出た。
放置された私達が、親子関係の修復を諦めたのはかなり昔の話。それこそ子供の頃だ。
恨んでも憎んでもいないけれど、ただ血が繋がっているだけの人だと割り切ってしまっているから、今更距離を詰められても困るのだろう。
ヨハンの気持ちが分かるから、どう言葉を続けたらいいか悩む。
でも同時に、母様がヨハンや兄様に向き合う為に、どれほど勇気を振り絞ったかも分かるから、黙ってもいられない。
要は皆好きだから、誰も傷付いて欲しくなかった。
「貴方は母様を誤解しているわ。母様は……」
「ローゼ」
説得しようとしたが、母様にやんわりと制止される。
「庇ってくれて、ありがとう。嬉しいわ。でもヨハンの言葉は正しい。そう言われるだけの事を私はしてきたのよ」
俯けていた顔を上げ、母様はヨハンを真っ直ぐに見た。
「子供の事を何一つ顧みず、自分の主張ばかり押し付けていたわ。まともに愛してもあげられなかったくせに、嫌われる事に怯えて、挙句の果てに逃げ回るような酷い母親でした。……いいえ、今もローゼとクリストフの優しさに甘えるばかりで、何一つ返せていないわ」
「……」
ヨハンは難しい顔をしているが、母様の言葉を黙って聞いている。
「すぐには変われないかもしれない。でも変われるよう努力する事は出来る。もし可能なら、私が踏み外さないよう見張っていてくれたら嬉しいわ」
「…………」
長い沈黙の後、目を伏せたヨハンは大きく息を吐き出す。
「分かりました。これからの貴方を見て、判断します」
「ありがとう」
母様は嬉しそうに顔を綻ばせる。
ハラハラと見守っていた私と兄様も、ほっと安堵した。
「姉様と兄様が良いと言うのに、僕だけ怒っていても馬鹿みたいですしね」
肩の力が抜けた顔でヨハンは私に視線を向ける。
「それにそんな母様だから、僕は姉様から甘やかしてもらえた。そう考えると感謝すらしています」
満面の笑みで言われて、ちょっと複雑な気持ちになった。
そんな事を言われては母様の立場がないのでは、と思ったけれど、当の本人は同調するように頷いている。
「ローゼは私よりもよほど大人だわ」
そう言った後、母様は少しだけ寂しそうに笑った。
「……でも情けない母親のままでは、ローゼが安心してお嫁にいけないものね」
「……母様」
「!」
まさかそんな事を考えていたとは、と感動する私と違い、兄様とヨハンはハッと何かに気付いたかのような顔で固まる。
母様はそんな二人を見て、呆れたように眉を下げた。
「貴方達、『その手があったか』なんて思っていないわよね?」
「まさか」
「……」
母様の言葉を、ヨハンはにっこりと笑って否定する。
兄様はそっと視線を逸らした。
気安い会話に、私は嬉しくなる。
もうすぐ結婚して物理的には距離が離れてしまうのは寂しいけれど、もう大丈夫。離れても私達は家族だ。




