転生王女の挨拶。
※加糖気味です。胸焼け注意。
日々が目まぐるしく過ぎ去っていく。
というか、本気で忙しすぎて目が回りそうだ。
婚約が纏まり、結婚までの約二年。
一つ一つ婚礼の準備を整えていく過程で、ゆっくりと心の準備をする。
その合間の時間で、ふと家族と離れる事に寂しさを覚えたり、結婚生活について不安を覚えたりもするだろう。その都度レオンハルト様と話し合って、乗り越え、徐々に夫婦になっていく。
……なんてものを夢見ていた訳ですが。
そんなセンチメンタルは一切合切、どこにも見当たらない。
勉強や領地についての相談、医療施設建設に向けての会議、その他諸々。ほんの少しの空き時間に、結婚の準備を無理やり捻じ込まれている状態なので、立案、検討、承認と流れ作業みたいになっている。ロマンの欠片もない。
時間があるから余計な事を考えて不安になるのであって、そもそも余分な時間がない私は不安になる隙すらないのだった。やったね(ヤケ)
そんな中、どうにか時間を空けて、レオンハルト様と二人でご両親に挨拶に来ている。
もちろん婚約式にはご出席いただいたし、その前にも顔合わせは済ませている。でも公式の場で王女としてではなく、ちゃんと私個人としてお話ししたかった。
大事なご子息が急に十五も年下の王女と結婚するなんて聞かされたら、きっと驚いただろうし、心配もしたと思う。
王女の我儘に巻き込まれる形での結婚で、拒否権はなかったんじゃないかとか。一時の感情で結婚して、すぐに離婚する羽目になるのでは、とか。
どうせなら、ご家族にも祝福されての結婚でありたい。
だから結婚する前にちゃんと話し合って、食い違いがあるなら正したいし、納得出来ていないのなら説明したい。
もし今から反対されても、レオンハルト様との結婚を諦めるのは無理だとして。納得していただけるまで延期するのは、現段階ならまだ可能だと思う。
なので!
今日は気合いを入れて参りました。
息子さんを私にくださいとか言ったら仰天されそうなので言わないけど、心意気はそんな感じだ。
私が十年近く溜め込んできたレオンハルト様への愛を、披露するべき時。
そう鼻息も荒く意気込んでいた訳ですが。
「姫君? どうされました」
「……いえ、あの、その。距離が近いかなぁって、思ったり」
「嫌?」
「嫌な訳ないですけど!」
レオンハルト様への愛情をここぞとばかりに語ろうと思っていたのに、現在、何故か押され気味です。
レオンハルト様のご両親は王都のタウンハウスではなく、領地の邸宅に住まわれているので、馬車で伯爵家の所領へと向かっている道中。
久しぶりに会えたレオンハルト様と、色々とお話ししたいなぁと思っていた。お互いの近況を報告して、会えない時間を埋めて。ちょっと触れ合えたりなんかしたら、嬉しいなって。
けれど私のそんな妄想は、彼が正面ではなく隣へと腰を下ろした事で吹っ飛んだ。
しかも距離を少し空けてとかではなく、普通に触れ合っている。なんなら腰を抱かれた上で、手を握られている。
ぎっちり隙間なく密着している現状を、私はどう受け止めていいか分からない。
「では、鬱陶しい?」
表情にさして変化はなかったものの、少しだけ瞳に不安が滲む。
「そんな事、欠片も思っていません!」
不安を払うべく力強く否定すると、レオンハルト様はほっと安堵したように息を吐く。
「なら、触れさせて。姫君が足りないんです」
そう言ってレオンハルト様は、私の髪に鼻先を埋める。そこで息を深く吸い込まれて、卒倒しそうになった。
あー、お客様困ります! 過剰摂取は困りますー!
涙目になりながら、心の中で叫ぶ。
レオンハルト様が私を嗅ぐという事は、逆も然りだ。がっつり彼の香りに包まれていて、落ち着かない。
なんか滅茶苦茶良い匂いがするんですけどー!?
頭の中で騒ぎすぎて、疲れてきた。
ご両親に会う前に、既に精魂尽き果てそうだ。
ぐったりとした私を見て、レオンハルト様は苦笑する。
握っていた手を離し、上体を傾けて私を覗き込む。大きな手で頬を撫で、髪を耳にかけてくれた。
「まだ慣れません?」
「はい……。もうちょっと待っていただけると嬉しいなぁ、なんて」
「それは残念。本当なら、膝に乗っていただきたかったんですけど」
「……子供扱いしないでください」
異性として距離を詰められると尻込みしてしまうのに、子ども扱いは嫌だなんて、我ながら面倒臭い。
でもつい、拗ねたように言ってしまう。
レオンハルト様なら許してくれるという甘えが、根っこの部分にあるんだろう。
軽く目を瞠ったレオンハルト様は、次いで、意味ありげに目を細める。
口角を薄く吊り上げるその笑みは艶っぽく、直視すると腰が砕けてしまいそうな色香を纏っていた。
頬を辿る指先は、さっきまでの慈しむような触れ方ではなく、どこか官能的で。身を屈めたレオンハルト様は、私の耳元に顔を近づける。
吐息が耳朶を掠めた瞬間、体が大きく跳ねた。
「子供ではないから、膝に乗せたいのですが」
「……っ!?」
掠れた甘い声に、腰が抜けそうになった。
目を見開いたまま固まり、真っ赤な顔になった私を見て、レオンハルト様は楽しそうに喉を鳴らして笑う。
どうやら、からかわれたらしい。
「…………」
無言で恨みがましい目を向ける。
掌の上で踊らされて悔しいけど、楽しそうなレオンハルト様はとても素敵。そんな複雑な心情を抱えつつ、せめてもの抗議として胸板を軽く拳で叩く。
「すみません。怒らないで」
叩いた拳をそっと握られ、宥めるように額に口付けを落とされた。
甘すぎて、眩暈がする。
仕草一つ、言葉一つが私を甘やかしてきて、もうどうしたらいいか分からない。片思い期間が長すぎたせいで、突然の過剰供給にまったく対応出来ていないのが現状。
レオンハルト様は慣れていそうなのがまた、居た堪れなさに拍車をかける。
淑女らしく、落ち着いた返しをしたいのに。
「久しぶりに貴方に会えて、年甲斐もなく浮かれているようです。呆れていないのなら、どうか少し付き合ってください」
眉を少し下げて、そんな事を言う間も、手は私の髪を一房絡めていて。
恋人……否、婚約者としてのレオンハルト様の手強さを改めて知った。レベルが違い過ぎて、一生勝てる気がしない。
恋愛モード入ったレオンハルト様の強者感よ。
実は、もっと淡泊な対応を想像していたんだけどなぁ。
優しく丁寧に扱ってくれるけれど、紳士的過ぎて一向に距離が縮まらない。物足りないなんて贅沢だけど、もうちょっと強引でもいいかも……? とか一昔前の少女漫画みたいな葛藤するとばっかり思っていたのに。
こんなスキンシップ過多なんて想定外です……!
ちらりと斜め上を見上げると視線が合う。言葉を促すようにレオンハルト様は、小首を傾げた。
嗚呼、顔が良い。
「ちょっと、可愛くないこと言っていいですか?」
「たぶんオレにとっては可愛いですが、どうぞ」
そ、そういうとこだぞ……!?
さらりと甘い言葉を吐かれて絶句する。
なんて事を言うんだ、この人。しかも、さも当然の話かのように、照れも含みもないのはどういう事だ。
さっきからずっと、顔は赤いまま。熱が全く引いてくれない。
愛しいものを見るような眼差しが落ち着かなくて、ちょっと視線を逸らした。
「……レオン様、慣れているなぁって、思って」
予想外だったのか、ちょっと間を空けてから「慣れている、ですか」と私の言葉を繰り返した。
以前、恋人がいたのも、婚約者がいたのも知っていた。
それは納得済で掘り返すつもりはなかったのだけれど、こうしてその手腕を発揮されるとちょっと複雑な気持ちになる。
前の恋人にも同じように愛を囁いたのかなとか、実はスキンシップが好きな事も知っている人が大勢いるのかなとか。
過去の事を言ってもどうしようもないと分かっているのに、気にする自分が嫌だ。
そんな心境をぽつぽつと語ってから、居た堪れなくなった。
「……なんて、ただのつまらない嫉妬です」
重たい空気を払拭する為に、わざと冗談めかした感じに締め括る。
けれどレオンハルト様は誤魔化されてはくれない。かといって深刻に受け止め、困り果てているという風でもなく。
目を軽く見開いたまま固まって、私を凝視している。
なんだろう、私、そんなにも常識から外れた事を言っちゃった……?
もしくは、そんな性格だと思われてなかったとか。どうしよう。がっかりされていたら、たぶん立ち直れない。
「……これが計算ではない、だと……?」
レオンハルト様は小さな声で、独り言めいた呟きを洩らす。意味が分からずに視線で問うと、きゅっと眉間に皺が寄る。「末恐ろしい」という言葉は、良い意味だと嬉しいけれど、たぶん悪い意味。なんか常識外れな事をしでかしてしまったんだろう。
訳が分からずに泣きそうになっていると、レオンハルト様は困り顔で笑う。抱き寄せられて、宥める為の口付けをコメカミや目尻に降らす。
「ああ、ごめんなさい。そんな顔をしないで」
「わたし、何か駄目なことを……」
「違います。貴方がオレの予想を遥かに超えて、可愛らしい事を仰るから」
「……?」
ねちねちと昔の事を掘り返して責めるなんて、可愛げの欠片もないと思うのに。
私に気を遣わせない為の優しい嘘かと思ったけれど、覗き見たレオンハルト様の顔はとても嬉しそうで。どうやら本気でそう思ってくれているらしいと分かった。
レオンハルト様は変わった趣味の方なのかもしれない。




