転生王女の心配。
テオの笑顔を眺めながら、頭の中で予定を組み立てる。
テオと話を詰めながら草案を練るにしても、とにかく時間が足りない。勉強の合間を縫ってとなると、時間もまちまちになるし、テオと予定が合うとも限らないしなぁ。
それに短時間では話がちゃんと纏まるとも思えない。
そして、そんな突貫工事で仕上げたプレゼンで父様が納得するとは、もっと思えない。
『出直してこい』と鼻で嗤われる図が、容易く頭に思い描ける。
馬鹿めと言わんばかりの顔で、ぺいっと書類を突っ返されるところまで想像した。
……はっ、いかん、いかん。
ただの妄想なのに物凄く腹が立ってきた。限りなく正解に近い想像でも、現実ではない、まだ。
私のプレゼンの出来次第だ。
「……よし」
ぐっと拳を握り締める。
時間がないなら作るしかない。
まずは勉強の方を精力的に片付けよう。前倒しにするレベルで頑張れば、纏まった時間が確保出来る。
それから医療の研究に携わる予定の、クーア族のお爺ちゃん達にも相談してみよう。実験用具とかには詳しくないから、仕組みを知りたい。専門家の方を紹介してもらう必要も……待てよ。ユリウス様なら伝手があるんじゃない?
考えているうちに、ワクワクしてきた。
忙しくても、目標が明確なら頑張れる気がする。
「テオ、一緒に頑張ろうね」
「はい」
そんな会話をしている時、休憩室の扉が少々乱暴に開いた。
音に驚いて、私とテオは同時にそちらを向く。すると、走ってきたのか、肩で息をするルッツが戸口に立っていた。
額に汗が浮かんでいるのに、顔色は酷く悪い。
蒼褪めたルッツは、私とテオを交互に見た。
「……ルッツ?」
どうかしたのかと問う意味を込めて呼ぶと、ルッツは私の視線から逃れるように顔を背ける。そして何故か、鋭い目でテオを睨み付けた。
「さっき師匠に会って、話を聞いた。……こないだ言ってたアレ、本気だったの?」
責めるような強い口調だった。
喧嘩腰ですらあるルッツの態度を気にした風もなく、テオは冷静な声で「ああ」と短く返す。
「本気だ。今、姫様にもお話ししたところだ」
「っ! テオ、お前……っ」
息を呑んだルッツは荒い足音を立てながらテオに近付き、胸倉を掴む。
テオが座っていた椅子が足に引っかかって倒れ、派手な音が室内に響く。即座に部屋に踏み込んできたクラウスを、私は手で制した。
大丈夫、と告げながらも、私自身が大丈夫でなかった。
正直理解が追い付かない。でも今、本音でぶつかっているらしい二人の間に割って入り、話を止めてしまうのは駄目な気がする。
テオは胸倉を掴む手を振り払う事もせず、ルッツと向かい合う。
「そんなガキの夢みたいな話が、本当に実現すると思ってんの? 地属性の魔導師ならともかく、オレらの能力でどうやって人の役に立つ気?」
「ルッツ」
「そんな事を相談しても、姫を困らせるだけだろ。ただでさえ忙しそうなのに、無意味な事でこれ以上……」
「ルッツ!」
捲し立てるルッツを遮るようにテオは呼び、真っ直ぐに目を見つめた。
「姫様は了承してくださった」
「……は?」
一拍置いて、ルッツは呆けた声を洩らす。
「……実のところオレも、迷惑をかけるだけだと思っていた。でも姫様はオレの話を聞いて、オレにしか出来ない事があると言ってくれた」
「そ、そんなわけ……」
決然と話すテオに対し、ルッツは迷子のように頼りなく視線を彷徨わせる。
信じられないのか、信じたくないのか。動揺するルッツを見て、私は心が痛くなった。
ルッツとテオはずっと一緒に生きてきた。同じ養護院育ちで職場が一緒だからとか、そういう腐れ縁的な意味合いだけでなく、もっと深い場所で繋がっている。
魔力持ちという特異な体質で迫害されてきた過去も、スケルツの企みによって誘拐されかかった時も、力を合わせて乗り越えてきた。
兄弟であり親友、そして切磋琢磨出来るライバル。
二人には、相棒という言葉だけで表せない絆がある。
けれど今、二人は分岐点に立っていた。
そして選択によっては、別々の道を進む事になる。
今まで当たり前に傍にいた人がいなくなる。それはどんなに心細く、寂しい事か。私には想像もつかない。
「医療施設に併設される研究所で、オレの能力を活かせる可能性がある。……殺す為でなく、生かす為に力を使えるかもしれないんだ」
そう言ったテオは、胸元を掴んだままだったルッツの手を外す。もう殆ど力は入っていなかったのか、あっさりと離れた。
途方に暮れたような顔をしたルッツに、テオは困ったように眉を下げる。
「……もっとちゃんと本気だって事、示せば良かったよな。オレも叶うなんて思えなかったから、お前にも胸を張って話せなかった。ごめん」
テオが頭を下げると、ルッツの肩がびくりと跳ねる。
「でも今日、オレ自身が信じていなかったオレの可能性を、姫様が信じてくださった。だから金輪際、うだうだ悩むのは止める」
「テオ……」
テオの真剣な顔をぼんやりと見つめていたルッツの眉間に、ぎゅっと皺が寄る。
泣きだす直前の子供みたいな顔を隠すみたいに、ルッツは俯いた。
「……そうやって、お前も離れてくんだ」
「ルッツ……」
「姫もテオもいなくなって、いつまでもガキなままのオレだけ取り残される」
「ルッツ! それは」
違う、と思わず声を上げる。割って入るべきじゃないと見守っていたけれど、あまりにも切ない呟きに黙っていられなくなった。
「テオも私も、貴方から離れたいんじゃない。ただ貴方の未来を勝手に決めたくないだけ」
テオと同じくルッツも協力してくれるなら、どれだけ頼もしい事か。
魔導師としての能力への期待もあるけど、それだけじゃなくて。幼い頃から傍にいてくれた友人が助けてくれるなら、とても心強い。
でもそれを口に出したら、ルッツの未来を私が決めてしまう事になる。直接ではないにしろ、誘導して彼の選択を狭める。
それが嫌だからテオも、一人で私に交渉しに来たんだろう。
きっとテオだって、ルッツと離れたくはない。
私だって、三人で他愛のない話をする時間がとても好きだ。
それをどう言葉に表せば伝わるんだろう。
自分で決めてほしいとか、貴方の為だとか。言葉にしようとすると途端に薄っぺらくなってしまって、ちゃんと届く気がしない。
そうやって悩んでいる間に、ルッツは心を閉ざしてしまう。
「もういい。放っておいて」
「ルッツ!」
ルッツは逃げるように背を向けて、休憩室を後にした。
反射的に立ち上がると、テオの視線に背中を押される。
「たぶん温室の隅っこの木陰にいます。アイツ、落ち込むといつもそこで蹲ってるから」
「……私が行ってもいいの?」
兄弟同然のテオの方が話しやすいのでは、という意味を込めて聞いた。
するとテオは頷く。
「行ってやってください」
弟を心配するお兄ちゃんの顔で、テオは笑った。




