炎魔導師の決意。
※火属性の魔導師、テオ・アイレンベルク視点となります。
オレの人生は、たぶん姫様に出会って始まった。
それまでだって、生命活動としての意味なら生きていた。朝起きて飯を食って、働いてから夜は眠る。その繰り返し。
そこにオレの意志は存在しない。死にたくないから惰性で生きていたってだけ。
その中でルッツとの出会いだけは印象深かったが、姫様と会う前のアイツも死んでいたようなものだったから。
オレとルッツは姫様と会えて、ようやく本当の意味で生き始めたんだと思う。
姫様はただ可愛らしいだけの女の子じゃなかった。
年齢にそぐわない聡明さで、王女である自分が何をするべきか、何が出来るのかを考えて行動しているようだった。
そんなお手本が傍にいたからか、オレも自然と自分の将来について考えるようになった。
国家に所属する魔導師の見習いとして、目指す地位は決まっているようにも見える。
ただ『見習い』が取れたら、その先にどうするべきなのかが分からない。
師匠のように魔術を研究し、後世へと残すというのも道の一つ。
後進の育成も仕事に入るのだろうけど、魔力持ちが生まれる確率は年々減っている。現にオレ達よりも下の代では確認されていない。今後も出てくる可能性は低い。
ならオレは、別の道を探したい。
火属性の魔力持ちであるオレには難しいというのは理解している。
地や水とは違って攻撃特化の属性だ。有事の際の戦力として以外の道は、咄嗟には思いつかない。
でも、姫様はオレを竈扱いしたから。
人を殺す道具ではなく、美味しいもので人を幸せにする道を教えてくれたから。
オレは出来るなら、姫様の下で働きたい。人の役に立つ道を選びたいんだ。
「……テオ」
驚いて固まっていた姫様は、少し間を空けてからオレを呼ぶ。
真っ直ぐに見つめてくる蒼天の瞳は、酷く真剣な色を宿していた。
「正直に言うわ」
ごくりとオレの喉が鳴る。
何度も繰り返し、この場面を想像した。
『申し訳ないけれど無理』とハッキリ断られるのと、『魔導師として上を目指した方がいい』と遠回しに断られるのと。どちらだろうかと考えて、怖気づく。
受け入れてもらえるという前向きな予想が、どうやっても出来ない。
それでも諦めきれずに、こうして相談してしまった。
「はい。無理ならはっきり断っていただけた方が、オレとしても有難いです」
未練がましいオレのせいで嫌な役を押し付けてしまった。姫様の罪悪感が少しでも減るようにと、苦笑しながら付け加える。
けれど何故か、姫様は困った顔になった。
「え、や。……ううん、逆よ」
「……逆?」
言葉の意味が咄嗟に理解できず、訝しむ声が出た。
姫様はそれに気を悪くした風もなく、真面目な顔で頷く。
「テオにしか出来ない事が、たくさんあると思う」
「……え」
自分で提案しておきながら、オレは呆然とした。
想定とあまりにも違い過ぎる。
姫様と共に薬草の世話をしていたので、ある程度の知識はある。独学でも勉強していたので、薬草に関しては詳しいつもりだ。しかし、あくまで『一般人と比べて』という注釈がつく。
医者や薬師といった本職には遠く及ばない。
やる気はあるし努力は決して惜しまないが、現状では医療施設の戦力とは数えられないだろう。
それなのに姫様は、オレにしか出来ない事があると言った。
オレに『でも』出来るのではなく、オレに『しか』出来ないと。
「併設する研究施設では、新薬の開発にも取り組む予定なの。世界中から色んな材料を取り寄せて、効果を試してみたりするんだけど、普通に混ぜるだけじゃ効果が出ない場合もあって、化学反応……ええっと、熱を加えたり、冷やしたりする事で有効な成分が抽出出来るものもあるのよ」
「!」
『熱を加える』と『冷やす』という言葉にオレは反応する。
「ただ鍋を火にかけるって方法だと、かなり温度調整が難しいでしょう? 細かな温度管理は無理だと思うのよね。でも貴方なら」
出来るよね? と言いたげな顔だ。
寄せられる期待と優しい眼差しに泣きたい気持ちになりながら、オレは笑む。たぶん失敗して泣き笑いみたいになっているけど、構うものか。
「……得意です」
魔法の細かな調整について拘り、訓練を提案してくれたのは姫様だ。
オレ達を兵器として扱うなら、火力はただ大きい方がいい。『制御』ならともかく、人殺しの能力に『調整』など不要。でも姫様は、温度や持続時間を重視した。
何故だろうと思った事もある。
でも答えは至極簡単だ。
姫様にとってのオレ達は兵器ではなく、『竈』と『氷室』だから。
「貴方の能力はとても重宝されるわ。……だからこそ良く考えて決めて。すぐに結果の出るお仕事ではないし、軌道に乗るまで、かなり苦労をかけてしまうと思う。それに成功しても、研究者との共同開発、もしくは助手のような扱いになるでしょう」
私は貴方に、地位も名誉も約束してあげられない、と姫様は言う。
眉間に寄った皺が、彼女の悔しさを代弁していた。
「私が挑もうとしている事業は、私の代では完成しないわ。たぶん子供か孫の代になって、ようやく形になる。生きているうちには何も返せないかもしれないのに、簡単には貴方を巻き込めない」
姫様は俯きかけていた顔を上げる。
「だから、もしイリーネ様のように魔導師として大成したいと思っているなら、今の話は聞かなかった事にしてほしい」
なんて馬鹿正直で、なんて格好良い女性だろう。
こんなの惚れるなって方が無理だ。
今すぐ立ち上がって、好きだと叫びたい気持ちをどうにか押し込める。
嬉しいような、くすぐったいような。持て余す感情を誤魔化すように、少し意地悪な顔をして見せた。
「オレが必要なら、騙してでも引き抜くべきでは?」
「……それは、本当にそう。合理的な判断が出来ないのが、私の致命的な欠点だと思う」
自分から言い出しておきながらと怒っていい場面なのに、姫様は難しい顔で反省し始める。
「冗談ですよ。駆け引きが出来ない姫様だからこそ、オレも取り繕わずに話したんです。貴方はそのままで良い」
姫様は少し照れたように、はにかむ。
ああ、可愛い。
とんでもない美少女なのに、どう見られるかなんて全く気にしていなくて、笑うとくしゃりとなるのが、めちゃくちゃ可愛い。
たぶん近衛騎士団長も、この笑顔が好きだろうなと直感的に思った。
「師匠を尊敬していますし、とても大事なお役目だとも思っています。……ですが許されるなら、オレは別の道を進みたい」
このまま正式に国家所属の魔導師となり、有事の際の戦力として一生を終える事が、単純に怖い。誰の役にも立てず、何も残せずに消えるのは恐ろしい。
かといって、活躍の場である戦争を望むのはもっと嫌だ。
「地位も名誉も、正直無縁だったのでピンときません。認められたら嬉しいなぁとは思いますが、でも、なくたって困りはしないんです。自分が死んでから百年くらい経って、書物の端っこに載るかも、なんて妄想しているくらいでオレには丁度良い」
倉庫に仕舞った武器として終えるより、薬箱の中で忘れられた薬になりたい。
いつか遠い未来で誰かの役に立つのかもと思えば、形にならないまま死んでも悔いは少ないと思った。
それに姫様の傍ならきっと、そんな感傷に浸る暇もたぶん無い。
目まぐるしい日々の中でオレは、自分らしく生きていける。そんな確信があった。
「誰かの為に頑張る貴方の力になりたい。お願いします。どうか姫様の下で働かせてください」
「テオ……」
姫様の声が、感情の高ぶりを表すように少し掠れる。
暫しの沈黙。何かを決意したように、姫様はきゅっと唇を引き結んだ。
「分かった」
しっかりと頷いた姫様に、体中の力が抜けそうになる。
どうやらオレは、とんでもなく緊張していたらしい。
「父様に交渉してみるわ。難航するかもしれないけれど、テオの能力と医療の研究との親和性の高さを切り口にして、計画案を纏めてからプレゼ……えっと提案してみるつもり」
既にそこまで考えてくれている事に驚く。
その場凌ぎの言葉とは思っていなかったけれど、すぐに話が進むとも予想していなかった。
本当に、この方は、どれだけオレを惚れ直させれば気が済むんだろう。
もう失恋が決まっているというのに、酷い話だ。でも、嫌な気持ちではない。むしろ清々しささえ感じた。
「それで、テオ。もしかしてなんだけど、イリーネ様には既に話していたりする?」
ルッツと別行動している件で少し話したのを覚えていたらしい。
師匠への用事は正にこの話だったので、オレは是と返した。
「姫様に了承を得てからとも思いましたが早い方がいいかと思って。師匠に相談したら、好感触でした」
「それは有難いわ。イリーネ様を味方に付けられたら交渉もやりやすくなるわね」
姫様は悪戯を企む子供みたいな顔で口角を上げる。
くるくると変わる表情をこの先も見守れるのかと思うと、幸せだと改めて感じた。
姫様の婚約の話を聞いて、もちろん胸は痛む。
でもオレは、姫様の幸せを壊したくない。それに無理やり、気持ちを消そうとも思っていない。
いつか自然と敬愛や親愛へと変化するかもしれないし、一生変わらない可能性もある。
それならオレは、あるがままにしておきたい。
一生好きなら、その気持ちを抱えたまま生きて、いつか死にたい。
何も求めないから、どうかそれだけは許してほしい。
「姫様」
呼びかけると姫様の視線がオレの方を向く。
なに? と先を促すように首を傾げる姫様に、心の中で告白した。
『好きです』と。
「……テオ?」
「書類を作成する前に、オレにも声を掛けてくださいね。及ばずながら手伝いますので」
「もちろん。頼りにしているわ」
姫様の笑顔を見つめながら思う。
うん。やっぱり幸せだ。




