転生王女の謝罪。
スケルツ王国が企てた魔導師誘拐事件は、結果的に失敗に終わった。
計画を事前に察知したネーベル王国は先手を打ち、同盟国であるヴィントと連携して、賊の一味、それからスケルツ国王の直轄部隊を罠にかける事に成功した。
本来ならばヴィント王国には関わりのない事だが、好戦的なスケルツ王国が、魔導師という新たな戦力を得るというのは看過できる問題ではなかったのだろう。
幾度となく国境で小競り合いを起こされているヴィントとしては、他人事では済まされない。スケルツが牙を剥くとしたら、隣接する四か国のうちのどれかだ。
利害の一致したネーベルとヴィント両国は、この事件を機に、スケルツへ宣戦布告。
スケルツの北に位置する小国バルト及びシュネー王国、南方に位置するフランメ王国は、ネーベル、ヴィントの連合軍を支持する声明を発表。
西側は海である為、スケルツ王国の現在置かれた状況は、謂わば四面楚歌。如何に戦に特化した国とはいえ、単純に数の差があり過ぎる。
しかもネーベルとフランメは、スケルツの二倍の領土を有する大国だ。
どう足掻いても、スケルツに勝ち目はない。
しかし戦狂いの国王には、その絶望的な状況が正しく見えてはいなかった。
側近らが降伏を勧めるが、これを拒否。愚かな国王によって、大陸は大きな戦乱の渦に巻き込まれる事となる……かに思えた。
スケルツ王国の騎士団の手により、国王暗殺。
クーデターである。
同日、スケルツは降伏を宣言。
大陸の半分を巻き込んだ争いは、終結した。
しかし、大規模な戦争は回避出来たものの、我が国の混乱が治まった訳じゃない。
ニクラスは投獄、長い取り調べを終えれば、刑が執行される事だろう。ヒルデも勿論罰せられるだろうが、情状酌量の余地がある為、ニクラスよりは大分軽くなると思う。
私、ローゼマリー・フォン・ヴェルファルトは、国政に関わる事は出来無い。護衛に張り付かれながら城に籠り、事態が沈静化するのを待つばかりだった。
そうして漸く平和が戻ってきたと実感出来たのは、ルッツ達が攫われた日から約半年が経過した頃。
ずっと忙しそうにしていた兄様が、私に会いに来てくれた事でようやっと、ああ、終ったんだと思えた。
「これは……何だ?」
お菓子作……こほん、魔法の鍛錬が丁度終わった頃にやって来た兄様に、私は出来上がったばかりのものを振る舞った。
この国で馴染みのある菓子といえば、焼き菓子。だが私が差し出した、初めて見るであろうクリーム状の物体を、兄様は躊躇いなく口に入れた。
兄様は私の兄だが、同時に王位継承権第一位の王子でもある。毒見代わりに、まずは私が食べるべきかと悩んだが、兄に断られた。
銀のスプーンで掬ったものを口に入れた途端、兄様は固まった。
滅多に表情の変わらない兄様にしては珍しく、分かり易い驚愕を顔に貼りつけて。そして上記のセリフに戻る。
ごくん、と飲み下した兄様は、浅い皿に盛られたものをマジマジと眺め、私を見る。
「氷菓子です」
そう、私がルッツと作ったのは、アイスクリームのバニラ味。バニラビーンズは入手出来無かったのに、バニラ味と言い切っていいものかは悩むが。
材料を揃え、さてやるかと気軽に始めたものの、かなり苦戦した。魔法はかなり微調整が難しいらしい。冷やし過ぎてカチンコチンになってしまったり、空気中の水分が混ざって、シャリシャリになったりもした。
テオは、ルッツよりも魔力量は少ないものの、微調整はかなり得意らしく、成功は早かった。こんがり狐色の焼き菓子を見て、ルッツが悔しそうに唸っていたっけ。
負けてたまるかと必死になったルッツは、かなり上達が早くなったと思う。この二人、本当に良いコンビだよね。
そんなこんなで何とか仕上がったバニラアイスは、私的にはとっても美味しいと思うのだが……。兄様の口には合わなかっただろうか。
「お口に合いませんでしたか?」
「いや、美味い。ただ、初めて食べる食感と味だ」
もう一さじ掬って、兄様は口に含む。僅かにだけど、彼の目が細められたのを見て、私は安堵した。
うん、これは本当に美味しいって顔だ。良かった。
この国にも一応、氷菓子はある。
果汁を氷室で凍らせた……つまりソルベのような物が。
同じ氷菓子でも、ソルベとアイスでは全く違うから、少し心配だったんだけど、良かった。
「魔法を使って作ったと聞いたが、見事だな」
「はい。二人共、とても素晴らしい力を持っています」
私の手柄ではないが、誉められて何だか嬉しくなった。
是非二人に聞かせたい言葉だが、ルッツとテオは今、イリーネ様に呼ばれて席を外している。
「魔法の活用法は、お前が考えたと聞いたが」
「?はい。力の制御に役立つかと思い、イリーネ様に提案したのですが……いけなかったでしょうか」
「いいや」
天才魔導師二人を調理器具扱いしたのは、やっぱりまずかっただろうか。叱られる覚悟をしながら問うと、兄様は頭を振り、目を細めた。
「国の統治者が皆、お前のような人間だったら、世界はきっと平和になるのだろうな」
「…………」
えーと。どういう意味だ。
誉められているのか、呆れられているのか。……いや、顔を見る限り、誉められていると考えるのはポジティブ過ぎるな。
何か目が、生温いもの。
「レオンハルトも食べてみるか?」
「!」
兄様は、護衛として背後に控えているレオンハルト様に話を振った。だが彼は苦笑を浮かべ、辞退する。
「職務中ですので」
至極真っ当な理由で断られた。
少し残念にも思うが、好感度は下がらず、寧ろ上がった。職務に忠実な男の人が恰好良いと思うのは、私だけではない筈。
それから暫く談笑した後、兄様は席を立つ。
仕事に戻ろうとする兄を見送りながら、私は少し迷った。本当は少し、レオンハルト様とお話ししたかったのだが……彼にとって職務がどれだけ大事か知ったすぐ後に、私事で引き留めるのは躊躇われる。
兄様と同じく忙しいレオンハルト様には、今日を逃したら次はいつ会えるか分からない。でも仕事の邪魔もしたくない。
葛藤している間にも時間は流れ、タイムリミットは目前。
勇気の無い私は、また来てくださいね、なんて良い子のふりで送り出そうとした。だが何故か兄様は私を見て考える素振りをした後、レオンハルト様を振り返る。
「ローゼ」
「はい」
「クラウスを、少し借りても構わないか」
えっ。何ですと?
兄様の言葉に驚いたのは、私だけでは無い。突然名指しされたクラウスも驚いているし、レオンハルト様も戸惑いを隠せない様子だ。
いったいどうした、兄様。
「それでは王女殿下の護衛は、如何なされますか」
「少し話がしたいだけだ。執務室に着いたら、すぐに帰す。それまでは、お前がローゼについていて欲しい」
「御意」
レオンハルト様が迷ったのは、一瞬の事だった。
すぐに表情を引き締めて頷く。オロオロと動揺している私とは、大違いだ。
「ローゼも、それでいいか?」
「……かしこまりました」
話を振られて躊躇ったが、結局は頷いた。
理由が分からなくても、結果は私が望んだもの。レオンハルト様と話せる機会が出来るのなら、逃す手はない。
クラウスは凄く不本意そうだったが、王子殿下に逆らう訳にもいかず、渋々ついていった。
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