転生王女の訪れ。(3)
※長くなったので分けました。二話同時更新なので、一話分抜けないようお気をつけください。
※糖分過多です。あと団長が結構情けないので、イメージを壊したくない方も回避推奨です。
「ええっと……確か弟が帰国した報告と、世間話を少し。……あ。後はお祝いの言葉も頂きました」
考えながら伝える。けれど、私を覗き込むレオンハルト様の表情は晴れない。
「それだけ?」
それだけかと聞かれると、少し迷う。
世間話の延長線上とはいえ、私の記憶に残っている言葉がある。でも、それを婚約者に伝えるのは、ちょっとデリカシーがないかなと躊躇した。
「あとは、特に……」
困りながらもそう返すと、レオンハルト様はスゥッと目を眇めた。
節くれだった長い指の背が、そっと私の頬を撫でる。
「あんなに、可愛らしいお顔をしていたのに?」
「……ぅえっ……?」
か、か、かわ、可愛らしいお顔!?
責めるような声音よりも、告げられた言葉の内容に反応してしまった。
だって、可愛らしいお顔って、レオンハルト様の主観でそう思ってくれたって事だよね!?
どんな!? どんな顔をしたら、そんな事思ってもらえるの!?
狼狽している私はレオンハルト様の目にどう映ったのか、彼の顔に悲壮感が漂う。顰めた眉や、伏せた目、陰りのある表情には、惹きつけられる色香があった。
「アイゲル家のご子息は、小さい頃から貴方を慕っていましたね。まさか、告白でもされましたか」
「!」
ギクリと体を強張らせたのは、後から考えても悪手だったと思う。
レオンハルト様の目つきが剣呑なものになった。
「ずっと貴方が好きだったと言われて、嬉しかった? 自分を選んでほしいと請われて、あんなお顔をしたんですか」
「!? い、いえ、そんなこと」
話がどんどん現実から逸れているのに気付いて慌てた。
初恋の人だったという言葉は嬉しかったけれど、あくまで思い出話。
もしゲオルクが、レオンハルト様の言うように現在進行形で告白してくれたのなら、私は迷いなく断った。
説明したくて口を開いたのと同時に、レオンハルト様の手が私の頬を包み込む。
間近に迫った漆黒の瞳が、切なげに細められる。
「駄目だ。貴方は誰にも渡さない」
宣言と共に、唇が深く重なった。
目を大きく見開いた私の体を、そのまま伸し掛かるように押す。ソファの座面を後頭部と背中に感じて、押し倒された事を知った。
そこで既に私の頭は容量オーバーで停止しているというのに。
歯列を割り開き、ぬるりと厚みのある何かが咥内に入り込んできた。恋愛経験ゼロの私にパニックを起こすなという方が無理だ。
「……っ」
反射的に軽く噛んでしまい、レオンハルト様は痛みに顔を歪める。
ど、どうしよう。
レオンハルト様を怪我させちゃった。拒むつもりなんてなかったのに。
「っあ、ごめ、ごめんなさ……」
蒼褪めながら、震える声で謝罪する。
嫌われたらどうしようって、そればかりが頭を占めた。
「怪我させて、ごめんなさい。……どうか、嫌わないで」
「……え?」
一拍置いて、呆けた声が聞こえた。
恐る恐る顔を上げると、声と同様に呆気に取られた顔が見えた。さっきまでの陰りはなく、悲壮感も綺麗さっぱり払拭されている。
じっと私を見つめていたレオンハルト様は、少し躊躇する素振りを見せてから口を開く。
「オレに、嫌われたくない?」
「当然です」
なんで半信半疑みたいな顔で、分かりきった事を聞くんだろう。
即答すると、困惑が大きくなったようだった。
首を傾げる私と視線を合わせる。
「庭園で、顔を赤くしていたでしょう。あの時、何を考えていたのかを教えてください」
「……!」
少し考えて、思い当たった。
再現するみたいに赤面した私の言葉を、レオンハルト様は黙って待つ。
恥ずかしくて逃げ出してしまいたかったけれど、無理なのは分かっている。観念した私は、深呼吸を繰り返してから小さな声で答えを返す。
「……ゲオルク様に、可愛いって言われて」
ぎゅっとレオンハルト様の眉間に皺が寄ったのに気づき、慌てて早口で言葉を続けた。
「レオンハルト様も、私を可愛いって思ってくれた事があるのかなって!」
「は……」
驚きとも呆れとも取れる、吐息のような声に、羞恥が激しく込み上げる。
で、ですよね! 何言っちゃってんだコイツってなりますよね!
真っ赤に染まった顔を隠す為に、両手で覆う。
「あったらいいなって、ただの願望です……」
消え入りそうな声で呟いた。
このまま空気に溶けてしまいたいと、現実逃避気味に考えていると、ふいに強く抱き締められる。
「ある」
「え?」
「会う度……いや、会えなくても毎日のように思っている。貴方は誰よりも可愛らしく、綺麗だ」
「ひえ」
「陽光のような髪は揺れる度に輝いて、いつも見惚れている。青空色の瞳は、どんなに高価な貴石よりも美しい。白い手と魚の鱗みたいに小さな爪も好きだ。真っ直ぐな性質と優しさは美徳だし、好奇心旺盛で素直なところは、とても可愛らしいと思う」
「待って、無理無理無理」
情報量が多すぎて受け止め切れない。
あと過剰摂取で死ぬ。
滔々と話すレオンハルト様の口に両手を押し付け、物理的に塞ぐ。
また嫌がっていると勘違いされたくないけれど、こんな真っ赤な顔で涙目になっているんだから、流石に誤解されないだろう。
至近距離で目を合わせた彼は、そっと私の手を外す。
ちゅっと手の甲に唇を落としてから、指と指を絡めて握り込んだ。
「好きだ」
「ふぁっ?」
「好きだ。貴方を愛しています。……どうか、捨てないで」
囁かれた言葉に、虚を衝かれた。
す、捨てる?
一生縁がないだろうと思っていた選択肢が、ぽんと出てきた事に戸惑いを禁じ得ない。
「す、捨てませんけど……」
「そうですよね……。貴方はそういう方だって分かっていたのに」
訳が分からないまま答えると、レオンハルト様は恥じるように頬を赤らめた。
落ち込んでいるワンコみたいに萎れた様子の彼は、なんというか……とても可愛い。
ぐしゃぐしゃと乱暴に自分の髪を掻き混ぜてから、溜息を吐き出す。
「……貴方が、オレ以外の男の前で可愛らしい顔をしていたから、嫉妬したんです」
「!」
「同年代の男の方がいいと気付いて、婚約の話を無かった事にされたらどうしようかと。……本当に情けない」
忘れてください、と困った顔で笑うレオンハルト様に、どうしようもなく胸がときめく。
疑われたと怒る気持ちは、微塵もなかった。
その畏れや怯えは、私にも覚えがある。真剣に恋しているからこそ、不安にもなると知っているから、ただ彼がとても愛しく思えた。
身を起こそうとするレオンハルト様に手を伸ばし、硬い黒髪に指を埋める。
そっと頭を撫でると、彼は動きを止めた。
私の予想外の行動に驚いているレオンハルト様に、目尻と口角が緩む。
大好き、可愛い、一生傍にいたいと叫ぶ心のまま、目一杯の愛情を込めて、笑いかけた。
「レオンさま、かわいい、だいすき」
「……っ」
息を呑んだレオンハルト様の顔が、さっきよりも更に赤くなる。
耳まで真っ赤になった彼は口元を押さえ、視線を逸らす。
「貴方の方が、よっぽど可愛いですよ……」
力ない呟きも愛しくて。
私は伸び上がって、彼の頬に口付けた。
軽くキレたレオンハルト様に、「大切にしたいから、こういうのは止めろ(意訳)」と説教された私が反省したかどうかは、彼のみぞ知る。




