転生王女の訪れ。(2)
※長くなったので分けました。二話同時更新なので、一話分抜けないようお気をつけください。
※糖分過多です。あと団長が結構情けないので、イメージを壊したくない方も回避推奨です。
「…………」
「…………」
室内に沈黙が落ちる。
レオンハルト様は私を凝視した状態で、動きを止めていた。
対する私も、覚悟のないまま放り込まれたので頭が真っ白。
なんて言葉をかけるべきなのか分からず困った私は、へらりと緩く笑う。
それが切っ掛けになったのか、レオンハルト様は弾かれたように席を立った。
「っ、ロー……、」
「あっ」
衝撃が伝わり、手前にあった書類の山が崩れ、数枚が執務机から滑り落ちる。
ひらり、ひらりと優雅に舞い、絨毯へと着地した。
屈んで書類へと手を伸ばす。
視界に軍靴が入り込み、影が差した。紙を拾い上げた私の手に、大きな手が重なる。驚きにゴキュリと、喉がおかしな音を立てた。
「あ……あの、書類……」
「ありがとうございます」
どうにか声を絞り出すと、するりと書類が手から抜き取られた。
少々荒い手つきで執務机の上に書類が投げられたのを見守っていると、再び、私の手の上に手が置かれる。きゅっと包み込む動作は、さっきの偶然とも思える接触とは違い、明確な意思が宿っていた。
「……れおん、さま?」
恐る恐る声をかける。
握った手に力が加わって少し痛い。けれど、その力加減よりも温度が気にかかった。
不思議な程に冷たい。まるで緊張して、指先に血が通っていないかのように強張ってもいた。
「オレに何か御用でしたか」
俯いたまま、レオンハルト様の手を見つめていた私に声がかかる。
その言葉にきっと他意はなかったのだろう。でも、私の臆病な心が顔を覗かせた。
やっぱり、来ない方が良かったかな。
用もないのに忙しい時に来るなんて、邪魔だと思われたらどうしよう。
迷惑そうだったら、差し入れだけ渡して、さっさと帰ろう。
そう結論付けた私は思い切って顔を上げる。
「……?」
目が合って、思わずぽかんと呆気に取られた。
レオンハルト様の表情が予想外のものだったからだ。
困り顔ではなく、また逆に喜んでくれている顔でもない。
冷えた手と同じく、血の気が引いた顔は、何かを畏れているように強張っていた。
なんで、そんなお顔をしているんだろう。
レオンハルト様に怖いものなんてない……は言い過ぎでも、彼を脅かせるものなんて、滅多に無いでしょうに。
「姫君?」
驚きに固まっている私を、レオンハルト様は訝しむように見る。
我に返った私は、慌てて言葉を探した。
さっきまで言おうとしていた『お邪魔してごめんなさい』も『用があるので帰りますね』も、この場に相応しくないのは、混乱している頭でも分かる。
ぐるぐる考え込む私の視界の端に、放置されていたバスケットが映った。
これだと閃いて、レオンハルト様にバスケットを差し出す。
「マドレーヌ、焼いたんです! レオン様に召し上がっていただきたくて!」
眼前に迫ったバスケットを見て、レオンハルト様は虚を衝かれたように目を丸くする。
「……オレに?」
驚きながらも己を指差すレオンハルト様に、私はコクコクと何度も頷く。
私の言葉を咀嚼するように数秒沈黙した後、安堵するみたいに眦を緩めた。
「嬉しい」
私の方が何百倍も嬉しいですけど!?
喜びのあまり、心の中でキレ気味に叫ぶ。
不意打ちの無防備な笑顔は、それ位の威力があった。
トキメキ過ぎて不整脈を起こしそうな心臓を押さえながら、どうにか立ち上がる。落ち着け、落ち着けと呪文のように己に言い聞かせた。
「お時間があるなら、少し休憩に付き合っていただけませんか?」
レオンハルト様はそう言って、応接用のソファを示す。
「宜しいんですか? お仕事は……」
「詰め込み過ぎたのか、頭が働かなくなっていたんです。休憩を挟んだ方が、却って仕事も捗るでしょう」
そう言ってもらえるなら断る理由はない。
浮かれながらも、ソファに腰かける。テーブルの上に蓋を開けたバスケットを置き、正面に座るだろうレオンハルト様の方に向けた。
ギシ、と軋む音と共に、ソファの座面が傾く。丁度、隣に何か重い物でも載せたみたいに。
うん?
なんだろうと、重さを感じた左隣へと視線を移す。
すると何故か、私の隣に腰を下ろしたレオンハルト様の姿があった。しかも、結構な近距離で。
呆けた私の頭上に、クエスチョンマークが浮かんだ。
向かいの席も、両脇の一人掛け用ソファも空いているのに、隣に座るという想定外の事態に思考がフリーズしている。
引き寄せるように腰を抱かれてしまい、もう頭はパンク寸前だった。訳が分からないよ。
まだ正式ではないとはいえ、婚約者同士なのだから、さして問題のある距離ではない、と思う。
でも今までのレオンハルト様は、恋愛初心者な私を気遣ってか、無理に距離を詰めようとはしなかった。感情的にならない限り、彼は紳士だ。
それなのに、何で急に!?
泡を食う私を知ってか知らずか、レオンハルト様は私の側頭部に顔を寄せる。すり、と懐くように擦り寄られて、もう、どうしたらいいか分からない。
「れ、れれ、レオン様……?」
めちゃくちゃ噛んだが、それを恥ずかしいと感じる余裕もない。現状の方が、もっと恥ずかしいし。
「……先日、アイゲル侯爵家のご子息とお会いになっていましたね」
「……え? あ、はい?」
突然振られた話題を、すぐには理解出来なかった。数度、瞬きを繰り返してから頷く。
アイゲル侯爵家の子息といえば、ゲオルクただ一人。先日会っていたのも確かなので、取り敢えず肯定した。
何故、そんな話になったのかは微塵も理解出来ていないけれど。
「庭園でお話しされていたようですが、どんな事を?」
問われて、言葉に詰まる。
疚しい気持ちがあるのではなく、ただ単に、当たり障りのない話題の内容をすぐには思い出せなかったからだ。
けれど何故か、その数秒の沈黙を厭うように、腰を抱く手に力が籠った。まるで、決して離さないと宣言するみたいに。




