転生王女の友達。
※二話、連続で同日に投稿しています。
一話分抜けないようお気をつけください。
びっくりしたぁ……。
まだ熱が引かない頬をそっと押さえながら、私は息を洩らす。
綺麗だとか可愛いだとか、聞き慣れていない言葉に加え、駄目押しのように『初恋の人』だなんて。
レオンハルト様一筋で、恋愛イベントに免疫のない私には刺激が強すぎた。
小さい頃のゲオルクの、可憐な姿を思い出す。
自分の方がよほど可愛らしかったのに、直進しか出来ないイノシシ娘な私を女の子として見てくれていたんだと思うと、ちょっとくすぐったい。
あの頃は自分がどう見られているかなんて、考える余裕もなかったけれど。
……レオンハルト様も、一回くらい可愛いって思ってくれた事あったりして。
そこまで考えて、なんだか無性に恥ずかしくなってきた。
私はどうあっても、レオンハルト様に結びつけてしまうらしい。
考えを振り払うように頭を振ると、背後に控えていたクラウスから声がかかった。
「……ローゼマリー様」
「? なにかしら」
「誰が見ているかもわからぬ場で、あまりそのようなお顔をされるのは如何かと」
「う……」
呆れているというよりも、気遣う顔で告げられた言葉に小さく呻く。
クラウスが苦言を呈する程に、だらしない顔をしていたのだろうか。
確かに人目に触れやすい庭園で百面相していたら目立つだろうけど。
「……そうね。王女としての品位を疑われるような振る舞いは控えるべきだわ。気を付けます」
ショックを受けつつも、表情を引き締める。咳払いを一つして取り繕うと、クラウスの眉間の皺が深くなった。
「いえ、そうではなく。藪をつついて獅子を出しては、貴方様がいらぬ苦労を背負ってしまいます」
視線を城の方へと投げたクラウスに釣られる形で、私もそちらを見る。
けれど二階廊下の窓に人影はない。
首を傾げながらも「獅子? 蛇ではなく?」と心の中で呟いた。
結局、詳しい理由は教えてもらえないままに、花音ちゃんが待つ厨房へと向かった。
ドレスを汚してしまってはいけないので、私も花音ちゃんも動きやすい服に着替えた。
ワインレッドのワンピースに白のエプロンドレスを重ねた花音ちゃんは、まるで赤ずきんちゃんのよう。
キャメル色の編み上げブーツも用意して、サイドの髪も編み込み指定した私は、良い仕事をしたと思う。
うむ、可愛い。満点可愛い。
「じゃあ、お菓子作りを始めましょう」
「はい!」
元気な御返事をする花音ちゃんに、笑いかける。
「花音様は、粉を振ってください」
「分かりました」
片栗粉とふるいを手渡しながら説明する。
平べったい陶器のバットに、片栗粉を満遍なく振ってもらう。
その間に私は、前日に仕込んであった材料を用意する。
ボウルに濡れ布巾を被せておいたものと、瓶詰めの栗の甘露煮を並べて置いた。
「終わりました。次は何をしましょう」
手を拭いながら問う花音ちゃんを手招いた。
「では、こちらに」
ぺらりとボウルから布巾を取り払う。
現れたのは豆を潰して練ったもの。白あんを見た花音ちゃんは、ぱちくりと瞬いた。
記憶の中のものと、目の前のものが同じなのかを悩んでいる様子だ。
「これを適量……このくらい手にとって、中に栗を入れて丸めてくださいね」
餡子で栗を包み、丸めた見本を一つ、皿の上に置く。
「任せてください」と良い御返事をした花音ちゃんに託して、私は袋を手にとった。ユリウス様から譲り受けたそれは、白い粉。
正体は、念願のもち米。既に加工済ですりつぶされているので、白玉粉の方が近いか。
ネーベル王国がある大陸には米を主食とする国はなさそうなので、遠方の島国とかから持ち込まれたのだろう。米がない文化にもち米を持ち込んでも、浸透する可能性が低いと考えて加工品にしたのかな。
牡丹餅は食べられなくても、大福やお団子なら好きって人、多いもんね。
ボウルに白玉粉と砂糖を入れ、少しずつ水を加えてかき混ぜる。
溶けたのを見計らって鍋へと投入。火にかけてから、木べらでゆっくりと混ぜた。
液体がだんだん固まってくるので、そこからしっかりと練る、練る、練る。
結構力がいる作業なので、腕がプルプルと震えてきた。
火加減を見ながら、半透明の塊になるまで頑張ってかき混ぜ続ける。
必死な形相の私に驚いて、花音ちゃんが代わると申し出てくれたけれど固辞した。
どうにか出来上がったプルプルの物体を、花音ちゃんが用意してくれた、片栗粉を引いたバットに移す。
木べらで等分して、これまた花音ちゃんが、せっせと用意してくれた餡を包み込む。
「これで出来上がり」
私の掌の上でころんと転がった白い塊を見て、花音ちゃんは目を丸くした。
「これ……」
呆気にとられた顔で固まっていた花音ちゃんに、私は微笑みかける。
「『栗大福』の完成です」
「!」
大きな目が、更に見開かれた。
薄く開いた唇が、微かに震えている。
きゅっと一度引き結んでから、花音ちゃんは笑った。
「……びっくりしました。まさか異世界で、和菓子に会えるなんて」
無理に浮かべた笑顔のまま、花音ちゃんは「あ、和菓子っていうのは」と早口で説明をする。必死になっているせいか、和菓子から日本、季節と、どんどん話題が遠ざかっている事にも気付いていない。
出来上がったばかりの大福を皿に置いて、手を拭ってから、花音ちゃんの白い手をそっと掬い上げる。包み込むと、びくりと小さく震えた。
一瞬だけ泣きそうに顔を歪めたが、すぐに取り繕う。
「この国にも大福があるんですね」
花音ちゃんは強い人だ。
異世界に突然呼び出され、魔王だなんだと訳の分からない事に巻き込まれても、ずっと泣かずに自分の足で立っていた。
知り合いもいない、頼る人もいない状況でも、誰も恨まず。理不尽な現状に怒りをぶつけるでもなく、ただ努力した。
強く優しい貴方を、私はとても尊敬している。
だから貴方には嘘を吐きたくない。私の独りよがりな我儘で、どうか、秘密を打ち明ける事を許してほしい。
「ううん、ないわ」
ゆるく頭を振ると、花音ちゃんは動きを止める。
「? ……でも」
「この国では、私しか作れないの」
「あ、じゃあ、もしかして本で読んで? 凄い再現度ですね」
思いついたとばかりに目を輝かせる花音ちゃんと目を合わせ、もう一度、頭を振った。
耳元に顔を寄せて、小さな声で呟く。彼女にだけ届く声量で、そっと。
誰にも打ち明けた事のない私の秘密。
私も日本人だったから、と。
「…………え」
長い沈黙の後、花音ちゃんは微かな吐息のような声を零す。
「私の場合、『転移』ではなく『転生』なの」
小さな声で付け加える。今度こそ言葉を失くした花音ちゃんは、呼吸も忘れたように私を凝視した。
その目があまりにも綺麗で、少しだけ居心地の悪さを感じたけれど、逸らすのは嫌だ。苦笑いを浮かべて、「内緒よ」と告げる。
すると花音ちゃんの眉がきゅっと上がった。
その反応に動揺する私の手を外し、花音ちゃんは私を両腕で抱き締める。
「……っ?」
唐突に抱擁され、理解が追い付かない。
「花音様?」
「また、会いに来ます!」
「え……?」
「一度は帰りますけど、また会えます。王様にご褒美として、マリー様の結婚式の参列権をお願いしたので」
「!」
魔王を消滅させるという偉業を成し遂げておきながら、まさかそんな事を願ってくれるなんて思いもしなかった。
驚きすぎて声も出ない。
「持ってこられるか分かりませんが、お土産用意してチャレンジしてみますね! スイーツは日持ちするのがいいかな。他にもコスメとか、欲しいものを言ってもらえれば、頑張ります。もっと短いスパンで召喚出来ないか、直談判もしますし」
だから、と言葉を区切って、花音ちゃんは私を覗き込む。
「寂しい思いなんて、させません」
そんな、そんなのは狡い。
誰よりも可愛くて可憐なのに、恰好良くもあるなんて、反則だろう。
「っ……!」
花音ちゃんの背中に手を回し、ぎゅっとしがみ付く。
ぼろぼろと涙を零す私の頭を、花音ちゃんはずっと撫でていてくれた。
それから二人で仲良く大福を食べて、今日だけだからとごねて一緒のベッドで眠る。
もちろん、その日は夜更かし決定。布団を頭まで被って、朝まで内緒話して。
その次の、次の日。
花音ちゃんは地球へと帰って行った。
『さよなら』ではなく、『またね』と笑顔で手を振って。




