転生王女の所望。
花音ちゃんが、もうすぐ地球に帰ってしまう。
やっと絶対安静を解かれ、出歩けるようになったけれど、ゆっくりのんびり親交を深める時間はない。
ならせめて思い出を作ろうと、王都を案内しようとした。
侍医であるテレマン先生に相談したら苦い顔になって、病み上がりで体力が落ちているからと、遠回しに却下された。
あとよく考えたら案内出来る程、王都を知らない。無念。
何か良い案はないかと悩んでいた時、丁度、ユリウス様からの文が届いた。
挨拶から始まり、私の体調を気遣う丁寧な文章が続く。そして二枚目の中ほどに出てきた一文に、私は目を瞠る。
驚きつつも喜んでいた私は、ふと思いついた。
「これだ……!」
花音ちゃんとの思い出作りに、これほど相応しいものもないだろう。
よし、と気合いを入れた私は、ユリウス様への連絡や花音ちゃんの予定確認など、行動を開始した。
私の用事が急ぎであると知ったユリウス様は、すぐに予定を調整してくれたらしく、思い立った翌々日には城へと訪ねてきてくれた。
「マリー様。久方ぶりにお目にかかれて光栄です」
久しぶりに会ったユリウス様は、相変わらずの紳士だ。
自然な動作で私の手をとって口付ける彼に、見守っていた花音ちゃんが頬を赤らめる。
うん、ユリウス様恰好良いよね。分かる。
「お体の具合は如何ですか?」
「この通り、問題ありません。ご心配頂き、ありがとうございます」
「それは良かった。貴方様が寝込んでいると聞いて、我が甥も倒れんばかりに心配していたんですよ」
「叔父上」
「蒼い顔で館中をウロウロと……」
「叔父上!」
ユリウス様に同行して来たゲオルクは、赤い顔でユリウス様を睨む。
「心配してくださったんですね」
「えっ、あの、その……はい」
何故かゲオルクは更に顔を赤らめて、口籠る。
心配してもらえたなら普通に嬉しいだけなのに。
年頃の男子的には恥ずかしいのかな。ちょっと悪ぶってみたいお年頃なの?
「ありがとうございます」
「……貴方が無事で良かった」
はにかむように目を細めたゲオルクは、すっかり美貌の貴公子に成長している。エマさん似の繊細な顔立ちに、細身ながらも均整の取れた体つきで、気品に溢れている。社交界での人気もかなり高いらしく、未婚のご令嬢達の憧れの的だとか。
とてもじゃないが、盗んだバイクで走り出す系のヤンチャ男子は似合わないので、アウトローな系統に進むのは諦めてほしい。
「お二人に紹介したい方がいます」
花音ちゃんの背に手を添えて、ユリウス様とゲオルクの方へ向き直る。
「こちら、カノン・フヅキ様。遠い国からいらした、私の大切な友人です」
「!」
花音ちゃんは小さな声で「たいせつなゆうじん」と噛み締めるように呟いて、嬉しそうに破顔する。
かわいい! 見て、二人共、可愛いよ‼
目で訴えるとユリウス様は楽しそうに笑って頷いてくれたけど、ゲオルクには伝わらなかったらしく、首を傾げている。
「花音様。こちら、ユリウス・ツー・アイゲル様と、ゲオルク・ツー・アイゲル様です。小さい頃から仲良くしていただいているの」
「はじめまして、文月花音です!」
ぺこりとお辞儀する花音ちゃんに、二人は目を丸くする。
一通りのマナーは習っていても、咄嗟には出てこないんだろう。
すぐお辞儀したくなるのって、日本人の習性みたいなものだから、中々抜けないよね。超分かる。
驚いていた様子だった二人は、すぐに何かに思い当たったような顔で「よろしく」と挨拶した。たぶん、私の言った『遠い国から来た』という紹介を思い出したんだろう。
「異国の方ですか。私は貿易商を営んでいる関係で色んな国へ行くので、もしかしたら寄った事があるかもしれません。どちらの生まれかお聞きしても?」
「えっ。……かなり遠い国なので、おそらくご存じないかなぁと」
興味津々な様子のユリウス様に聞かれ、花音ちゃんは困り顔で私を見た。
「大丈夫ですよ。ユリウス様は女性が困る話題をいつまでも続ける方ではありません」
ね、と同意を求めるように視線を投げると、ユリウス様は苦笑する。おどけるみたいに大仰な仕草で、胸に手を当てて礼をした。
「勿論です。マイレディ」
気障だ。でも恰好良い。
思わず感心して眺めていると、不機嫌そうなゲオルクが溜息を吐き出す。
「叔父上。お渡しするものがあって来たのではないのですか」
「ああ、そうだった」
思い出したとばかりにポンと手を打ち、ユリウス様は背後にいた侍従を振り返る。
彼が持っている革袋を受け取ってから、私へと差し出した。
「こちらが手紙にあった品です。異国の旅人から分けてもらったので、少量しかご用意出来なかったのが心苦しいのですが」
「いえ、とても嬉しいです」
拳二つ分くらいの小さな袋を受け取ると、大きさの割にはずしりとした重みを感じた。
小さな頃から欲しいと思っていたものが、今、このタイミングで手元に届いた事を小さな奇跡だと思った。
「ずっと昔の約束を果たしてくださって、ありがとうございます」
大事に胸に抱えてユリウス様を見上げると、彼は笑顔で頭を振る。
「駄目ですよ、マリー様。貴方のお望みの品とは違う形状ですし、偶発的に手に入ったものなので、まだ取引ルートも確立されていない。そのお言葉をいただくのは、些か早すぎます」
お菓子作りに使うから、寧ろ粉に加工されている方が有難いんだけどなと思いつつも、口には出さない。
私の希望を完璧な形で叶えようとしてくれる紳士相手に、それは無粋ってものだ。
「楽しみにしています」
「お任せを」
頼もしい返事に、私は笑顔を返す。
「さっそくこの粉を使って、花音様とお菓子作りをしようと思っているのですが、宜しければお二人も召し上がっていかれませんか?」
花音ちゃんと二人っきりでお菓子作り&お茶会という名の女子会は魅力的だけど、せっかく材料を届けてくれたのに、手ぶらで帰すのも申し訳ない。
そんな私の心の声が伝わってしまったのかは定かではないが、二人はそれを固辞した。
「とても魅力的なお誘いですが、今日は午後から用事があるのでこれで失礼します」
「それは残念です」
「今度こそ、お望みの品をご用意いたしますので、その時にまたお誘いください」
「はい、勿論」
その時はまた別のメニューが試せるなと、ウキウキしながら考えていると、声がかかった。
「あの、マリー様」
呼びかけられて視線を向けると、ゲオルクが真剣な顔で私を見ている。
緊張しているのか、端整な顔は僅かに強張っていた。
「少しだけ、お時間をいただく事は可能ですか?」
「? ……ええ、大丈夫です」
話の内容にまるで見当がつかず、不思議に思いながらも頷く。
ユリウス様は先に馬車に戻り、花音ちゃんは厨房で待っててもらう事になった。
婚約を間近に控えた私に配慮してくれているのか、室内ではなく、中庭へと場所を移す。
散策するように庭園を歩いている間、ゲオルクは思い詰めたような顔で沈黙していた。




