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護衛騎士の吐露。

※ローゼマリー付護衛騎士 クラウス・フォン・ベールマー視点となります。

 

 恋ではない、と独り言を繰り返す。


「クラウス」


 団長の気遣うような眼差しと声に、悪意は感じられない。優越感さえ欠片も見つけられないのに、酷く不快だった。


 頬が濡れる感覚が鬱陶しくて、乱暴に拭いながらふと思う。


 何故、不快なんだと。


 顔を上げて、真向いに座る男の顔を見た。


 レオンハルト・フォン・オルセインは、容姿と家柄だけでなく、実力にも恵まれた非常にムカつく男である。

 しかし、生まれ持った能力の高さに胡坐をかく事はしない。驕り高ぶらずに努力を重ね、下の人間も気遣える誠実さと生真面目さをも兼ね備えていた。


 要は、出来過ぎて嫌味な男。

 だがそれは、オレの個人的な感想だ。


 ローゼマリー様を託す事に不足があるかと問われれば、否と答えるだろう。


 国一番と呼んでも差し支えのない優秀な男で、且つ、性格にも問題はない。

 それにローゼマリー様を、とても大切にしている。


 魔王という脅威を前にして一歩も引かず、見事、ローゼマリー様を取り戻したと聞く。

 解決するまで地べたを這いずっていた、役立たずのオレとは違う。


 自嘲に口の端を歪めながら思う。


 あの方の為なら何でも出来ると(うそぶ)いておきながら、実際には何も出来なかった。

 そんなオレには口を挟む資格さえない。そんなの、嫌というほど分かっている。


 それなのに何故オレは、こんなにも苦しい。

 胸に風穴が空いたかのような喪失感と、深い悲しみが胸を占めた。


 ズキズキと鋭い痛みを訴える胸を押さえながら、首を傾げる。


 おかしい。

 大切な主人の長い初恋がようやく成就したのだから、祝いこそすれ、嘆く理由なんてないはずだ。


 ローゼマリー様が団長を一途に慕う姿を、オレはずっと傍で見守ってきた。


 今も目を閉じればすぐに思い返せる。

 出会ったばかりの頃のお姿を。


 小さな頃のローゼマリー様は、教会の壁に描かれた天使のように愛らしい姿でありながら、とても聡明で大人びた方だった。


 微笑むだけで誰もが跪き、願い事を我先に叶えようとするだろうに、容姿を一切武器にしない気高さ。

 知識が豊富で頭の回転も速いのに、時間が空けば本を読み、教師に教えを請おうとする勤勉さ。

 弟君にとても慕われているのに甘やかさず、弟君の将来の為にと心を鬼にして突き放す、清廉さ。そして真っ直ぐな性根故に、真正面からぶつかって傷付く不器用さ。


 全てが尊く、美しい。

 ローゼマリー様の専属護衛に配属されてすぐに、オレはかの方に心酔した。


 謙虚な御方だから、オレが褒め称える度にとても嫌そうなお顔をされている事には気付いていたけれど、控えようとは思わなかった。

 主人に不快な思いをさせるなど以ての外だという考えも、頭の隅にある。けれど、下級貴族どころか庶民にさえ優しいあの方から、そんな表情を引き出せるのはオレだけだという誘惑には抗い難い。


『クラウス』


 呆れた顔で、時には怒った顔で。

 オレを呼んでくださる度に、痺れるような喜びが全身を満たす。


『クラウス』


 少し成長したローゼマリー様が、心配そうにオレを呼ぶ。


 今考えると自分を殴り飛ばしたくなるような失敗を繰り返し、少しずつ信頼していただけるようになった。


 深窓の令嬢のような容姿でありながら、実は行動力の塊であるローゼマリー様は、どんな困難でも自分一人の力で解決しなければならないと思っている節がある。

 無謀にも突っ込んでいく姿に、何度心臓を潰されかかった事か。


 そんな御方が、少しだけ頼るようになってくださった。

 オレは自身の成長や昇進よりも、その事がとても嬉しくて誇らしい。


『クラウス』


 長い旅から帰還されたローゼマリー様は、とても美しく成長されていた。

 硬いつぼみが綻ぶように、元の美しさを損なう事無く鮮やかに花開く。


 外の世界を知ったローゼマリー様は、良い方向に変わった。


 頑固で潔癖だった部分の角が取れて、柔軟で強かになった。

 肩の力が良い具合に抜けて、人を頼る事を覚えた。


 表情が豊かになって、より美しくなった。

 特に喜色があふれ出したような微笑は、誰もが振り返って……。


「……」


 無言のまま、ギリっと、胸に当てていた手に力を込めて爪を立てる。


 駄目だと思った。

 頭で理解する前に、止めろと心の奥から声がする。


 気付くなと、誰かが叫んだ。


 ローゼマリー様。

 ローゼマリー様。


 オレは貴方が幼い頃からずっと、慕い続けておりました。

 けれど安心してください。不埒な感情ではないのです。


 誰よりも尊敬出来る御方。

 誰よりも大切な御方。


 傍に侍り、お守りする事が出来るのならそれ以上は求めません。

 貴方が幸せであるのなら。貴方が元気で、笑っていてくださるのなら、それ以上は。


『クラウス』


「……っ、」


 瞼の裏で微笑む姿を消したくて、両手で顔を覆う。

 目から流れた液体が指の間をすり抜けて、零れ落ちる。目の奥が熱くて、頭が鈍い痛みを訴えた。

 獣の唸り声じみた嗚咽が、喉の奥からせり上がる。


「恋ではない」


 掠れた声で呪詛のように繰り返す。


 これは。

 こんなものは。あってはならぬ。


 ローゼマリー様の輝かしい未来に、欠片も必要ない。


 気付かれる前に、息の根を止めなければならない。

 誰の為でもなく、オレ自身の為に。これから先も憂いなく、あの方の傍にいる為には。


 これは、いらない。


「恋に――恋にしては、駄目なんだ」


 抑え込みきれなくなった本音が、血を吐くような声となって零れ落ちる。

 項垂れて慟哭するオレを、団長は何も言わずに見ていた。




 どれくらい時間が経っただろうか。

 涙は相変わらず馬鹿みたいに流れ続けているが、少しだけ落ち着いた頃。


 団長は迷いながら口を開いた。


「……嫌味と取ってくれて構わないんだが」


 酷く言い辛そうに前置きをして、団長は一度言葉を区切る。


「もし……万が一、姫君を奪われるとしたら、可能性が一番高いのはお前だと思った」


「……は?」


 非常に嫌そうに顔を歪めながら、奪われるという言葉を告げる団長に気を取られていたが、その後に続く言葉の方が衝撃的だった。


 呆けた頭で考える。

 嫌味といえば、確かに。両想いになってから言うのはあまりにも嫌味だ。


 それに、『もし』という仮定をつけても嫌だったらしく、万が一と言い直す辺りに、狭量さと傲慢さが見え隠れする。


 もしやオレが考えているよりもずっと、このレオンハルト・フォン・オルセインという男は、不出来で人間臭いのではないだろうか。


「姫君はお前の前でだけ、肩の力を抜いている。素に一番近い」


 不本意ながら、と付け加えそうな顔でそんな事を言う。


「お前相手なら姫君は取り繕わずに、拗ねたり怒ったりする。……きっと、くしゃみも欠伸する姿も見せてくれるんだろうな」


 視線を足元へと落とした団長は、独白めいた言葉を零す。

 それこそ取り繕った様子が一切ない彼の言葉は、本音だと思えた。小さな声で付け加えられた「羨ましいよ」という言葉にさえ、反感を抱かなかった。


 勝者の余裕か、馬鹿にすんなとは、思わない。

 ローゼマリー様に愛された唯一の男が、心の底からそう思っているのが分かったから。


 オレは、ローゼマリー様にとって無価値な存在ではない。

 団長とは別の意味でも、大切に思われている。


 そう信じられた事で、心がすっと軽くなった。

 報われたと、そう思った。


 渡されたままだった手拭いで、濡れた頬を拭う。

 もう涙は零れてくる事はなかった。


「そうですね。ずっと傍におりましたから、団長の知らないローゼマリー様を沢山知っています」


「……」


 ぴくりと揺れた団長の顔が険しくなっていく。


 心が狭いな、本当に。


 遥か高みから見下ろしているのではなく、同じ場所に立ち、同じ方に振り回されているのだと気付いたら、見えてくるものが沢山あった。


「クラウスと、敬称なしで呼ばれていますし」


「…………」


「団長の傍にいると緊張して気疲れしてしまうようですが、オレと一緒の時は気を抜いて、たまに居眠りもされていますね」


 団長の眉間の皺がどんどん深くなっていく。


「お前……いい性格しているな」


「お蔭様で」


 にっこりと綺麗な笑顔で答えると、団長は数秒黙り込んだ後、長い溜息を吐き出した。

 ざまぁみろ、と胸中で呟く。


「あ。ローゼマリー様の輿入れと同時に近衛騎士は辞職しますので、オルセイン伯爵家で雇い入れてくださいね」


「お断りだ」


 憮然たる面持ちの団長に、胸がすく。


 お優しい顔で『歓迎する』なんて言われるよりもずっと良い。

 敵にも障害にもなり得ないのだと態度で示されるよりも、ずっと。


「ローゼマリー様に直接お願いされるのと、どちらが良いですか」


 更に苦虫を噛み潰したような顔になるのが可笑しくて堪らなかった。

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― 新着の感想 ―
クラウス、ダイジョブ?恋にしても良いんだよ!
[一言] クラウスよく頑張ったね、えらいよって誉めてあげたいし、一緒に酒でも呑みに行きたい気持ちです。
[良い点] 団長さん鋭いですね。案外しっかりと周りの男どもにも気を配っていたのだな、と知れて良かったです。 ゲームではクラウスと王女がくっつきますからね。だからこそマリーは最大限に警戒していた訳ですけ…
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