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偏屈王子の戦慄。

※ ヴィント王国第二王子 ナハト・フォン・エルスター視点です。


 お知らせが色々あるので、本日昼過ぎに活動報告を更新する予定です。

 お時間がある時に目を通していただけたら幸いですm(_ _)m

 


 インクで署名した自分の名前、ナハト・フォン・エルスターの文字がぼやける。


 目を眇めてから、羽根ペンを置いた。眉間を指で摘んで揉み解す。

 首を軽く回すと、バキボキと不快な音が鳴った。


 顔を上げると、窓からは西日が差し込んでいるのが見えた。作業を始めたのは午前中だったのだから、昼食抜きで既に六、七時間ぶっ通しで働いていた事になる。


 どうりで体中が痛い訳だ。

 鈍い痛みを訴える側頭部に手を当てながら、椅子から立ち上がる。


 室内を見回すと、入り口に近い場所に侍女が使う銀色の配膳台が置かれていた。近付いて被せてあった布を取ると、軽食と水差しが現れる。

 おそらく兄上か父上の指示で、誰かが届けてくれたのだろう。作業に集中して気づかなかったのか、私達を気遣って声を掛けなかったのかは分からないが。


「ヨハン」


 振り返って呼ぶと、書類の山の向こう側で金色の頭が動く。

 鈍い動きで顔を上げた友人は、酷い顔をしていた。髪が乱れ、目は充血している。顔色も悪い。普段は光り輝くような美貌も、こうなってしまうと形無しだ。


「休憩にしよう。このまま続けていたら、効率が落ちる」


 軽食を指差して提案すると、少し考える素振りを見せたが反論は無かった。たぶん、効率が落ちるという点で意見が一致したのだろう。


 応接用のソファとテーブルの傍まで、配膳台を押して運ぶ。

 ヨハンは席を立ってから、体を解す為に背伸びをする。両手をぶらぶら振りながら、こちらへとやって来た。

 グラスへと注いだ水を手渡す。


「紅茶が飲みたいなら、自分でやるか使用人を呼べ。私には無理だからな」


「ありがとうございます、ナハト。水で十分ですよ」


 受け取ったヨハンは一気に呷った。喉を鳴らして飲み下し、手の甲で口元を拭う仕草は疲れた顔も相俟ってか、やけに男臭い。

 彼の甘い笑みと貴公子然とした立ち振る舞いに見惚れるご令嬢方が見たら、どんな反応をするのだろうか。ふとそう思いついて、ヨハンを見る。


「なんです?」


 視線に気づいたヨハンは、訝しむような顔になった。

 疲れた顔をしていても、気怠げな様子であっても、顔立ちがいい事に変わりはない。きっとご令嬢方は、これはこれで良いと騒ぐのだろうなと、結論づけた。美形は得だ。


「なんでもない」


 手拭きを手渡すと、首を傾げながらもヨハンは受け取った。


 ソファに腰掛けたヨハンの向かいの席に腰を下ろす。

 自分のグラスのついでにヨハンのグラスにも水を注ぐ。一口飲むと、爽やかな柑橘系の香りが鼻へ抜ける。どうやらレモンの果汁を混ぜてあるらしい。


 ヨハンは皿の上のサンドイッチに手を伸ばす。

 ローストビーフとレタスが挟んであるそれに、齧り付いた。大口を開けているのに、下品に見えないのはさすがだと思う。


「……商人達の様子はどうだ?」


 咀嚼し飲み込んだのを見計らって話しかける。ヨハンは流し込むように水を飲んでから、息を吐いた。


「控え目に言っても、大混乱ですね」


 疲れたような声に、「だよな」と相槌を打つ。


 ローゼマリー王女殿下暗殺未遂の一報は、弟であるヨハンだけでなく、我が国にも大きな影響を及ぼした。


 ネーベル王国は我が国の同盟国である。


 そしてローゼマリー王女殿下個人も、大切な恩人だ。

 流行り病の薬を届けただけでなく、自ら病人の看病にあたったかの御方は、我が国の民衆に絶大な人気を誇る。


 ネーベル王国を支持する声明を発表する事は、もはや民意であるとも言えた。


 そうして、経済制裁に踏み切るネーベルと足並みを揃える形になる訳だが。

 ラプターとの交易に関わる品に制限がかかるとなると、真っ先に影響が出るのは商人だ。


「ただ、商機とも考えているようです。彼等、商売人は本当に逞しい」


 そう言ってヨハンは、少し眦を緩める。呆れと感嘆が混ざったような笑みだった。


「前向きに捉えてくれるならば、こちらも働く甲斐があるというものだ」


 執務机に積み上がった書類を一瞥し、口角を吊り上げる。


 父上は、国内外から寄せられる文書や謁見を希望する要人らの対応に追われている。宰相と兄上は、その補佐を。そして私は、ラプターとの交易品の扱いについて、過去の資料を元に検討している。


 全ての品の交易を止めるのは実質不可能。ならば、どの品にどの程度の関税を掛けるのか。交易を全面的に凍結した品に関しては、別の国からの輸入は可能か。

 もちろん、私のような若造に全てを取り仕切るのは不可能。大まかに振り分けた後、有識者を交えての会議で話を詰める予定だ。


 ヨハンには私の補佐と、商人達との仲介を任せている。


「そうだ」


 ヨハンは何かを思い出したのか、席を立つ。書類の山から一枚の紙を引き抜き、私へと手渡した。


「ナハト。これを機に、木材の一部をシュネー王国から輸入してはどうかと思うのですが」


「シュネーから? 木材は国内の自給で賄えるだろう?」


 書面を眺めながら、問い返す。

 シュネー王国は我が国の北に位置する。寒さが厳しい国で、主な輸出品は木材と毛皮。ラプター王国の主力輸出品と被るが、売る先が異なっている為に、表立っての争いはない。


「国内の森林伐採に制限を設けたとはいえ、国内需要は満たせる筈だ。それにシュネーの木材は高い」


「シュネー産の木材は乾燥に手間をかけているので高価ではありますが、その分、品はかなり良いですよ」


「高品質、高価格で売り出すという事か」


 ふむ、と頷きながら視線だけで書面の字を追う。

 国産の木材とは用途も客層も別。ならば一考の価値がある。


 ラプターから輸入している木材は、貴族に需要のある高級家具に使われる事が多い。

 それの穴埋めとして役立つかもしれないな。


「ヴィントには腕の良い職人も多い。加工してから、輸出するのも一つの手でしょう。シュネー産の針葉樹は、硬く耐久性に優れており、また加工がしやすいという利点があります。材質は家具や楽器に適していて……」


 ヨハンはシュネー産の木材の特徴と適した加工品を、本も見ずにつらつらと挙げ連ねた。古参の商人も舌を巻く知識量は、流石としか言いようがない。


 ソファの肘掛けに頬杖をついた姿勢で、ヨハンの提案を黙って聞いていた。ふと苦笑を零すと、彼は言葉を途中で止める。

 不思議そうな顔で、軽く首を傾げた。


「僕は何かおかしな事でも言いましたか?」


「いや。母国ではなくここで、その優秀な頭脳を使わせているのが申し訳なくてな」


 本来ならヨハンは、とっくにネーベルへ帰国していた筈だった。

 古馴染みであったギーアスター卿の葬儀も終わり、親しい友人らに挨拶を終え、後は帰るだけという段階で、件の一報が入った。


 第一王女の暗殺未遂と、主犯であるラプター王国への抗議。

 情報漏えいを防ぐ為にか、第二王子であるヨハンも直前まで知らなかったと言う。


 あれ程に慕っていた姉君の事だ。さぞ荒れるだろうと考えた私の予想を裏切り、ヨハンは泣き喚いたりしなかった。誰彼構わず当たり散らす事もなく、寧ろ静かだった。


 殆どの人間は、衝撃が大きすぎて反応出来ていないのだろうとヨハンを気遣った。父上さえもそっとしておけと言っていたが……。

 報せを聞いたヨハンの横顔を間近で見てしまった私は心の中で、ヨハンがそんな殊勝な男な筈ないだろうと毒づいたものだ。


 あれは、悲しんでいたのではない。衝撃を受けて立ち直れなかったのでもない。

 彼の中にあったのは、おそらく激しい怒り。大切な姉君を害そうとした輩への、純粋な殺意だった。


「同盟国であるヴィントが豊かになる事は、ネーベルにとっても利になります。僕の頭脳ごとき、いくらでも使ってください。微力ながらお手伝いさせていただきましょう」


 そう言ってヨハンは、口角を吊り上げる。

 笑顔とはこうあるべきだというお手本のような、綺麗な笑み。しかし、それを見た私の背筋を冷たい汗が伝い落ちる。


 ヨハンの言葉は、嘘ではないだろう。

 ヴィントが豊かになる事を喜ばしいと思ってはいる。しかし、一番の願いはソレではない。


 この経済制裁を機に、世界からラプターだけが弾かれる事を望んでいる。

 じわじわと、ゆっくりと。かの国が衰退する事こそが願い。そんな薄暗い欲望が、透けて見えた。


『消そう』


 王女暗殺未遂の一報を聞いたヨハンは、表情の全てを削ぎ落とした顔でそう呟いた。

 長年の友人であるはずの彼が、全く知らない生き物に見えた一瞬だった。


 彼が何を消そうとしているのか。


 問いかける事は、きっと一生ない。


説明回のつもりがホラー回になりました。

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― 新着の感想 ―
多分シグルイのような笑顔だろうね。 笑うという行為は本来攻撃的なものであり獣が牙をむく行為が原点である
[気になる点] うーん、なんだろう? 正直、私はラプターのユリア王女結構気に入ってるので、酷い目にあってほしくないなぁと思ってしまう。 聡く、格好良く、自立した、強かな王女様。ローゼマリーとは別の魅…
[良い点] 事件のことを知ったヨハンの動向が気になっていたので、知れて嬉しいです! やっぱり、シスコンこじらせてましたね笑 隣国からでもシスコンは健在! [気になる点] ヨハンや団長などといった方々以…
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