表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
212/402

転生王女の突撃。(3)

 

 膝を抱えて座り込んでいた私だったが、ふと我に返る。

 ここはレオンハルト様の執務室だ。クラウスが見張ってくれているとはいえ、いつ誰が訪れるか分からない。それに何より、レオンハルト様が起きてしまったらまずい。


 さっさと退散しなければ。

 そう思うのだけれど、上手く立ち上がれない。よろよろ、ふらふらと体が揺れる。生まれたての子鹿の如き有様だ。

 壁に手をつきながら、なんとか体勢を整える。


 こんな情けない姿をクラウスに見られたら、なんて言われるか分からない。

 どうにか平常心を取り戻さなければと、深呼吸を数回、繰り返した。


 頬に手を当てて、熱が引いたのを確認する。

 もう一度深呼吸をしてから、内側からそっと扉を叩いた。


 ゆっくりと扉が開き、「今なら大丈夫です」と小声で促されるのに従い、静かに部屋を出た。


「見張っていてくれて、ありがとう」


「いえ。用事は……」


 お済みになりましたか、とたぶん続くはずだったんだと思う。

 しかし言葉は不自然に途切れた。私の方を向いたクラウスの笑顔が凍りつく。


 こ……こっわ!!


 思わず、「ひぇ」と引き攣った悲鳴が洩れる。

 それくらい、クラウスの顔は怖かった。


 目をカッと見開いたまま無表情で見下ろされる恐怖と言ったら、筆舌に尽くし難い。いつも爽やかな笑顔だから差が際立って、余計に恐怖を煽る。


 人でも殺しそうな顔しているんだけど何で?

 ていうか、瞳孔開いてないか?


「く、クラウス……?」


 恐る恐る声をかけるが、返答はない。

 チャキ、という硬質な音が鳴り、視線をそちらへ向けると、クラウスは腰に佩いた剣の鍔を親指で押し上げていた。


 ちょ、まままま待って!! なんだか知らんが待ってぇええええ!


「クラウスっ! ここ、城! 城の廊下!」


 手をぶんぶんと振りながら、なんとか剣を抜くのを止めさせようとする。カタコトになっているけど知ったことか。


 慌てふためく私を無言で眺めていたクラウスは、数秒の間をあけて、今度はにっこりと笑った。しかし、細められた目は全く笑っていなくて、余計に怖い。


「貴方様に仇なす不忠者は、誰であろうとも容赦致しません。獅子だか狼だか知りませんが、己の理性一つ飼い慣らせない獣は、今すぐ処分してしまいましょう」


 背筋が凍るような完璧な笑みと、つらつらと淀みなく紡がれる低い声に圧倒されていた私だったが、内容を理解してから目を丸くする。


「えっ?」


 クラウスが言う獅子とは、おそらくレオンハルト様の事だろう。

 彼が不忠者だとか、私に仇なすとか、意味が分からない。


 ぽかんとした私にクラウスは手を伸ばす。


「……御髪が乱れております」


 とても不機嫌そうな声で言いつつ、クラウスは私の髪を整える。

 言われた言葉が脳に浸透し終えると共に、私の顔は瞬時に沸騰した。


「……っ」


 抱き締められた記憶が鮮明に蘇り、赤くなった顔を隠すように両手で覆う。


「やはり処しますか」


 人でも殺してきたのですかと問いたくなるような凶悪な顔で、クラウスはボソリと呟く。


「止めて!? な、何もなかったから、剣を収めて頂戴」


「しかし……」


「なかったと言っているの」


 重ねて言うと、クラウスは溜息を吐き出す。

 剣の鞘と鍔が合わさる音がして、「かしこまりました」とクラウスは答えた。その前に、チッと舌打ちが聞こえた気がしたが、気の所為だと思っておこう。


 いつまでも廊下で問答していては誰かに見つかりかねないので、さっさと退散する事にした。自室へと戻る途中で、ふと思いつきルートを変更する。




「不眠に効く薬?」


 久しぶりに会ったクーア族の皆は、私を温かく出迎えてくれた。

 書類整理をしているヴォルフさんを手伝いながら用事を伝えると、彼はパチパチと瞬いた。


「アンタ、眠れていないの?」


 作業の手を止めたヴォルフさんは、私の方へ身を乗り出す。頬を両手で挟まれて、親指で目の下を押さえて眼球を覗き込む彼は、お医者さんの顔をしていた。


「私じゃないんです」


 野性味の強い美貌が間近に迫り、私は慌てて身を引こうとする。でも顔を固定されているので失敗に終わった。


「じゃあ誰」


「……えっと」


 目を合わせたまま問われて、私は口籠る。疚しい事なんて無い筈なのに、つい視線を彷徨わせてしまう。

 ヴォルフさんは、私の様子を見て何かを察したように目を眇めた。


 至近距離でじっと見つめられて居心地の悪さを感じていると、ヴォルフさんと私を引き離す形で、クラウスが間に入った。


「近い」


「相変わらず優秀な番犬ね」


 端的に告げて睨むクラウスに、ヴォルフさんは肩を竦めて苦笑した。


「そこの兄さんが不眠になるとは思えないし……もしかして、あの色男かしら?」


 あの色男も、そんな繊細そうには見えなかったけど、と付け加えるヴォルフさんに、私はなんと答えていいのか分からなかった。

 色男だけでは、レオンハルト様の事だと判断するのは早計。

 でも、おそらくは十中八九正解だろう。ヴィント王国の辺境の村で、一応二人は会っているし。それに私の恋心は各方面にバレバレらしいし。


 赤い顔で黙り込む私を、ヴォルフさんは黙って見ている。

 今日一日で何度も赤面しているのだから、そろそろ落ち着いてもいいのに。すぐ顔に出る自分が情けない。


「……面白くないわー」


 腕組みをしたヴォルフさんは、不貞腐れた子供みたいな顔で呟いた。


「純粋で純情なうちの主人が、あんな百戦錬磨っぽい色男の毒牙にかかるなんて。騙されて泣かされるんじゃないかと心配で見ていられない」


「そんな人じゃありませんよ」


 どうだか、とヴォルフさんはそっぽを向くけれど、本気で言っている訳ではなさそうだ。

 病が蔓延している村にやってきて、共に働いていたレオンハルト様が、悪い人ではないとヴォルフさんも知っているだろうし。


「今は優しくても、結婚したら豹変する男だっているのよ」


「けっこん……」


 忠告は耳を素通りして、都合の良い単語だけ拾う私に、ヴォルフさんは苦虫を噛み潰したような顔になった。


「心配だわ……。アンタがお嫁に行く時には、嫁入り道具に紛れてついて行っちゃおうかしら」


 溜息と共に吐き出された言葉に、私は吹き出しそうになった。


 何故だ。何故私の嫁入り道具が、私の意思とは関係ないところで増えていくんだ。

 私が知らないだけで、嫁入り道具という言葉には色んな意味があるのか? なんかの隠語だったりする?

 市井では鉄板のジョークか何かなのか。


「……嫁入り道具になるのって、最近の流行りだったりします?」


「は? どんな流行よ、ソレ」


 私が聞きたいと心の中でぼやきつつ、「ですよねー」と乾いた笑いを洩らした。


「変な子ね」


 ヴォルフさんは不思議そうに首を傾げつつ、席を立つ。戸棚へと近付いた彼は、小さな紙袋を手に取った。


「マリー」


「えっ、わわっ」


 ぽん、と軽く投げ寄越された物を、なんとかキャッチする。

 紙袋は予想以上に軽く、揺らしても乾いた音が微かに鳴るだけだ。


「それ、リリーが調合したお茶よ。寝る前に飲むと、良く眠れるって評判なの」


 ぽかんとした後、手元とヴォルフさんを交互に見る。

 ヴォルフさんは、きまり悪そうな顔で視線を逸した。


「ありがとうございます!」


「……お礼なら、後でリリーに言って頂戴」


「はいっ」


 リリーさんは甘いものが好きだから、後でクッキーを焼いて差し入れがてら、お礼に行こう。どうせなら沢山焼いて、クーア族の皆で食べてもらいたい。

 ……レオンハルト様にも、お茶を渡すついでに差し入れてみようかな。


 善意半分、下心半分。近い未来の幸せな予定を思い浮かべ、私は小さく笑った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
嫁入り道具がまた増える!
[一言] いや…多分もう治ったと思う(ノ∀`笑)
[良い点] クラウス!ステイ!(笑い) 寄り道しましたね。これは参りました。ふと思い浮かんだ言葉が『家に帰るまでが遠足です』。ローゼ様の突撃は何処まで続く。 [気になる点] 二点 1.花音ちゃんと…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ