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第一王子の決意。

※ネーベル第一王子 クリストフ視点です。


説明回ですが、詰め込んでしまったので分かり難かったら申し訳ありませんm(_ _)m


「クリストフ殿下。お時間です」


 読みかけの報告書から顔を上げると、古参の近衛騎士が生真面目な顔で私を見ていた。


 金無垢の懐中時計を見ると、国王から部屋に来るようにと指定された時間の少し前だ。

 気乗りはしないが、無視しては余計に面倒な事になる。


 せめてもの抵抗に、報告書を読み終わるまで時間を引き伸ばしたいとも思う。しかし、相手がレオンハルトならば許される軽口も、実直な騎士相手には通じまい。


「……分かった」


 書類を適当に纏めて引き出しに仕舞い、鍵をかける。

 短く息を吐き出してから、席を立った。


 移動している間に、報告書の情報を整理する。

 頭の中に描いた地図と、報告書の届いている地域を照らし合わせた。


 まずは王都全体、それから少しずつ円を描くように距離を伸ばしながら調査を指示。今のところ、異常の報告は一件も上がってきてはいないが、油断は禁物だ。


 仮に魔王が復活していたとするならば、いつ、どこで、どのように影響が現れるのか分からない。

 小さな異変一つを見逃す事が、命取りとなる。


 魔王復活の際に下僕(しもべ)となる魔物は、魔力などから発生するのか。それとも動物が変異するのか。

 動物が変異するならば、何かしらの兆候はある筈。凶暴化するとしたら、それは全ての動物なのか。人に飼われている犬猫や家畜も含まれるのか。鼠や鳥などの小動物、それに虫はどうだ。


 浮かんだ疑問は全て、端から調べていく。

 世界を守る為などと大それた事を言う気はない。私はあくまで、大切な家族、部下、国民達の平穏にしか興味はないのだから。


 考え事をしているうちに、目的地に辿り着いた。

 このまま前を通り過ぎてしまいたいと現実逃避している間に、職務に忠実な騎士が室内へ報告してしまっている。


 『入れ』という端的な言葉が聞こえたので、嫌々ながらも入室した。


 予想を裏切り、執務机の前には姿がない。頬を撫でる微かな空気の流れを感じ、バルコニーに繋がるガラス扉が開いている事に気付いた。


 燦々と日光が降り注ぐバルコニーに、夏がまるで似合わない男が立っている。


 さらりと風に揺れるプラチナブロンドは、光の加減か白く見えて、まるで太陽を反射する新雪のようだ。首元にはクラバットをきっちりと巻き、薄手の生地とはいえベストを着込んでいるというのに、汗の一つもかかないのはどういう仕組みなのだろう。シミ一つない肌は陶磁器の如く白く、赤みすらさしていない。


 白い積乱雲と濃い青の対比が眩しい空や、青々と茂る木々を背景にすると、浮いて見える。掲げた左手に黒い鳥をとまらせた国王の周りだけ、季節から切り取られたような錯覚すら覚えた。


「異常はないか」


 力強く羽ばたいた鳥を見送っていた国王は、徐に口を開く。

 薄青の瞳がこちらを向いた。


「今の所、確認されておりません。現在も範囲を広げて調査中です」


「民への注意喚起は」


「獣が凶暴化する病が確認されたので、気をつけるようにと広めております」


 実際に、遠い国では確認されている病らしいので嘘ではない。

 それに魔王は殆どの人間にとって、お伽噺の中の存在だ。復活した可能性があるなどという話を信じさせるよりも、病という現実的な問題に置き換える方が手っ取り早い。


「状況は都度、報告しろ」


 淡々と続けながら、室内へ戻ってきた国王はガラス扉を閉める。是と頷くと、会話はそこで途切れた。

 執務机へと戻るのかと思いきや、応接用のソファへと腰掛ける。視線に促され、私も向かいに腰を下ろした。


 護衛を下がらせている為、室内には私と国王しかいない。

 暫し、沈黙が流れた。


「ラプターとグルントへ書簡を送る」


 無駄に長い足を組んだ国王は、前置きもなく言った。

 さらりと告げられた言葉の重さに、私は息を呑む。

 

 水面下でのやり取りではなく、使者を立てて正式に書簡を送る。

 つまり世界に向けて意志を示す事になるのだから、内容は非常に重要な意味を持つ。

 

「ラプターに何と?」


「我が国の第一王女の暗殺未遂に対する抗議だ」


 第一王女暗殺未遂という言葉を聞いて、一瞬息が詰まりそうになった。


 今まで必死に頭から追いやってきた。

 そうでもしないと、仕事を放り出してローゼの元へと駆けつけたくなるからだ。無事だと報告を受けても不安は消えない。元気な姿をこの目で見るまでは……あの子の愛らしい声で兄様と呼んでもらうまでは、安心など出来ようはずもない。


 しかし、王太子という立場が邪魔をして身動きがとれないのが現状だ。


 万が一、ローゼが魔王の影響を受けていた場合を考えて、暫くの間は近寄る事を禁止されている。

 国王は、誰よりも先に会いに行ったと言うのに、だ。なんてふざけた話だろう。


 長持ちする方をとっておくのは当たり前だろうと、無表情で言われた時には流石に殴り飛ばしても許されるのではと思った。

 私よりも余程長生きしそうな顔をしながら、いけしゃあしゃあと。


 ローゼが倒れた夜、もちろん私はあの子の元に駆けつけるつもりだった。

 それを止めたのは国王だ。魔王の依代になっている可能性を説明され、危険だから近寄るなと言われても納得など出来なかった。


 自分に何かあってもヨハンがいる。だから傍にいてやりたい。

 ローゼが苦しんでいるのに、一人にしておけない。


 取り乱した私が訴えた言葉を、国王は静かに聞いていた。

 そして返された言葉に、私は絶句する。


『お前にアレは殺せまい』


 気がついたら、国王の胸ぐらを掴んでいた。

 カッと全身の血が沸騰したような熱さ以外、詳細は覚えていない。怒りに我を忘れるという体験を、初めてした。


『妹に指一本でも触れたら、貴方を許さない』


 私の妹に――ローゼマリーに何かしようものなら、絶対に許す気はない。

 どんな外道に堕ちようとも、処刑台に送ってやる。


 呟いた声は、自分のものとは思えないほどに低く掠れていた。

 視線にも殺意を込めていたというのに、国王は欠片も取り乱しはしない。

 

『だから、お前では駄目なんだ』


 呆れたような声に虚を衝かれ、緩んだ手を払われる。

 乱れた襟元を直しながら、国王は溜息を吐き出した。


『もし誰か一人でも手に掛けたら、アレはそこで壊れる。心が壊れているのに、体だけ生かしても苦しみを長引かせるだけだ。殺される覚悟より、悪夢から解き放ってやる覚悟を決めろ』


 ぐっと言葉に詰まったのは、正しいと思ってしまったからだ。

 ローゼは優しい子だ。人の命を奪ったとしたら、おそらく正気ではいられない。その後に解決策が分かって魔王を切り離せたとしても、あの子は自分を責めて心を壊す。


 分かっていても、きっと私にローゼは殺せない。

 何があっても、生きていてほしいと願ってしまう。


 拳を強く握りしめて、激情に耐えた。


『それは、最終手段ですよね』


 震える声を絞り出す。

 

『救える可能性がほんの僅かでも残っている限り、別の方法を探すと約束してください』


 どんなに非効率でも、どんなに非合理的であっても。

 ローゼが生き残る道があるならば最後まで足掻きたい。


 願いを込めた私の訴えに、国王は僅かに眉を顰める。


『当たり前だ』


 普段、無駄な手間や時間を嫌う男は、微塵も悩む事なく言い切った。

 色素の薄い瞳に宿る決然とした光を見つけ、続く言葉を飲み込んだ。


 あの夜はとても長く感じた。

 一睡も出来ないまま夜が明け、また日が沈むまでの記憶が朧げだ。


 無事だと伝え聞いたけれど、未だに安心とは程遠い。

 これ以上の不安要素はいらない。


 今まで静観していたラプターとの外交について、国王が腰を上げる気ならば、全面的に支持しよう。


「暗殺未遂を認めるとは思えませんが」


「そこはさして重要ではない」


 諸外国に向けて、ラプターと敵対する理由を表明する事が大事なのだろう。

 あちらが先に仕掛けてきたのだから、対立するのは当然だと。


「客人の件は伏せたままになさるのですか?」


「我が娘を狙った暗殺者に巻き込まれただけだからな」


 魔王とフヅキの存在は、秘匿したままにするようだ。

 だからこそ、ローゼに近付く事も出来なかった暗殺者の件を引っ張り出してきているのだろうが。


 実際はフヅキを狙った暗殺者によってローゼが殺されかかったのであり、ローゼを狙った暗殺者は我が国の密偵によって捕らえられている。


「グルントにも書簡を送るという事は、経済制裁ですね」


 グルントはネーベルから見ると東の隣国、ラプターから見ると南に位置する隣国である。国土は我が国の三分の一程度。海沿いの土地が多く、多くの国との貿易を行い、商業が発展している国だ。

 不凍港を持たないラプターにとっては、実質、港の役割を持つ。


 ラプターとネーベルという大国に挟まれながらも、どちらにも肩入れする事なく外交を行ってきた国だが、それは両国が表立って争っていなかったからだ。

 どちらかを選べと迫れば、ネーベルを選ぶだろう。友好関係や信頼関係の話ではなく、ネーベルと敵対すればグルントも詰む。

ネーベル南部にある、グルントからヴィントへと繋がる太い交易路を封鎖されたら、交易は立ち行かなくなる。海路のみの交易では、経費が倍以上に跳ね上がるだろう。

 グルントに対して『交易路の封鎖』という強硬策に出る可能性は限りなく低いが、それでも関税を上げられたら同じ事。


「ラプターが武力行使に出た場合は、如何されるおつもりですか」


「ないな。もうすぐ夏が終わり、ラプターに長い冬がくる。戦争をしかけたら、屍を積み上げる事になるのはあちらだ」


 経済制裁により関税をかけられ、交易が滞り始めたところで冬がくる。

 国土の殆どが雪に覆われるラプターでは、食料の供給が追いつかない。そんな時期に戦争を始めたら、すぐに食糧難になる。


 その上、ラプター側に非があると諸外国に示している。

 多くの国は中立の立場をとり、静観。もしくはネーベルを支持するだろう。


「娘も民も、一人たりともくれてやるものか」


 国王は瞳をゆっくりと眇める。


「今までのツケを、奴らに支払わせるぞ」


 鋭い眼差しで宣言した国王に、私は短く『御意』と返した。


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― 新着の感想 ―
あれ?なんか件の魔王とは別の魔王が降臨してませんかね?
[一言] キャ─(´∩ω∩`)─♡ パパン(`✧∀✧´)かっこいい♡
[良い点] 【壁】;´Д`) ……(ガタガタぶるぶる) ビスさん、こんにちは。だいぶん遅ればせながら感想をしたために…ひいいい! ずっと陛下のターンだっt(床下潜伏) ネーベルを中心として、諸外国…
2020/07/17 08:12 退会済み
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