表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
198/390

転生王女の異変。

 


 その夜は、いつもと変わらぬ平穏な一日の終わりに過ぎなかった。


 呑気な私は、レオンハルト様に欲しいものがあると聞いたせいか、宝物を求めて冒険する夢を見ていた。

 輪郭も定まらないぼんやりしたものを掲げて、これでレオンハルト様にプロポーズ出来る! と意気揚々としていた辺りで、目が覚めた。我ながら阿呆過ぎる。


 唐突に意識が浮かびあがり、微睡みから現へと引き上げられた。

 一旦眠ると、大体が朝まで起きない私には珍しい事だ。しかも、眠気は一瞬で過ぎ去り、しっかり覚醒してしまっている。


 見慣れた天井をぼんやりと眺めていた私は、首を巡らせて室内を見回す。カーテンの隙間から見える外は、まだ真っ暗だ。曇り空なのか新月なのか、差し込む月明かりはない。それでも暗闇に慣れた目には、室内の様子はちゃんと映った。


 薄暗い部屋の中、小さなシルエットが目に留まる。


「……ネロ?」


 丸くなって眠っているだろうと思っていた愛猫は、寝床であるラタンのカゴから体を起こしていた。

 ピンと立った形の良い耳は、私の呼びかけが聞こえていないかのように動かない。丸く開いた瞳孔で、扉の方角をじっと見つめている。


 猫が何もない方向を見つめるのは、よくある事だと思う。

 それなのに何故か、言いしれぬ不安がこみ上げてくる。


 薄手のショールを軽くはおり、ベッドから体を起こした。

 ネロの方に身を寄せ、覗き込む。


「どうしたの、ネロ。……なにか、いるの?」


 不安が声に表れて、自分のものとは思えないほどに頼りなげに響いた。

 いつもは感情豊かな愛猫は彫像の如く微塵も動かず、返事もない。耳鳴りがするような静寂が暫し続いた。


 どれくらい、そうしていただろう。

 ネロの耳が、ピクリと動く。それからほぼ間を空けずに、城内に大きな音が響いた。


 ガラスが割れるような尖った音が、鼓膜に突き刺さる。次いで響いたのは、甲高い女性の悲鳴。

 反射的にネロを抱き込んで、私は音の方角を凝視した。


 騒々しい足音に混ざって人の声も聞こえるが、音が遠くて内容までは聞き取れない。いつかの夜を再現したような喧騒に、私の心臓は全力疾走したみたいに激しく鼓動を刻んでいる。


 命を狙われていると、知っていたはずだった。

 教えてもらった当初は、怖くて仕方がなかったけれど、あんまりにも平和な時間が続いたから気が緩んでいたんだと思う。

 唐突に訪れた非日常は、私の精神を揺さぶるのに十分だった。


 不意に、控えめに扉が鳴る。

 私はビクリと身を竦ませた。


 返事をすると、部屋の警護を担当してくれている騎士が申し訳無さそうに、部屋の外から私の状況を確認する。


「お休みのところ申し訳ありません。御身にお変わりはございませんか?」


「問題ありません。それよりも外が騒がしいようですが、何事でしょうか」


 扉越しに無事を伝えると、安堵した様子だった。いくら緊急事態とはいえ、年頃の王女の部屋に無断で入るのは躊躇われたのだろう。


「もう少しで殿下の護衛騎士が駆け付けると思われますので、ここを任せてから私が確認して参ります」


 短い休息時間を奪ってしまうのは心苦しいが、クラウスが来てくれたら心強い。

 レオンハルト様も現場に駆け付けているだろうし、ラーテやカラス達もきっと、守ってくれる。


 だから大丈夫だと己に言い聞かせると、体の震えが少しだけ治まった。


 それにしても、一体何が起こっているんだろう。

 ラプター王国の襲撃だろうか。だとしたら、こんなに派手にやらかすなんて何を考えているの?


 魔王の復活を望むなら、神子姫が召喚されてしまった今、一刻の猶予もないのは分かるけど。それにしても、やり方があまりにも雑過ぎる。


 何人が城内に入ったのか分からないけど、侵入者を取り逃がすほど、我が国の騎士団は甘くない。

 捕らえられてしまったら目的は果たせないのだから、隠密行動は鉄則だろうに。

 それとも忍び込んだのを発見されて、騒動になっているんだろうか。


 考え事をしているうちに、自然と手に力が籠もってしまっていたらしい。

 力加減に抗議するみたいにネロは高い声で鳴き、私の腕を蹴って跳んだ。


「ひょわっ!?」


 よろめいた私は、情けない悲鳴をあげる。

 ストンと華麗に着地をきめた愛猫とは反対に、体勢を崩して転びかけた私は、慌てて扉に手をついた。


「殿下!? 失礼致します!」


 室内で私が暴れた音に驚いた騎士は、一言断りを得てから扉を開ける。非常事態だと判断した彼が作った僅かな隙間から、ネロはするりと外に出てしまった。


「ネロ、駄目っ!」


 扉の影から半分だけ体を出して、愛猫に手を伸ばす。

 掌を上に向けて「おいで」と差し出すが、ネロは廊下の先を見つめたまま動かない。


「私が捕まえますので、どうか殿下はお部屋の中へ」


 騎士はそう言うと、ネロへと近づいていく。気が急いているのか足音も荒く、今まで反応を示さなかったネロも警戒するように振り返った。


 あまり人見知りしないネロだけど、それでも猫は猫だ。急に距離を詰められたら怯えるのは当たり前。

 騎士の手から逃れようと、ネロは駆け出した。


「ネロッ!」


 私の声に、ネロはようやく反応する。

 廊下の曲がり角近くで止まり、私の方を見た。


「そっちは危ないの。戻ってきて」


 必死に訴えながら、しゃがんで両手を広げる。

 綺麗な三角形の耳を揺らしたネロは、じっと私を見る。宝石のような青い瞳に私を映し、暫く動きを止めていたネロを、もう一度呼んだ。


「お願い。おいで、ネロ」


 懸命な訴えが届いたのか、ネロはゆっくりと戻ってきた。

 騎士の傍を通らないように端に避けつつ、私の手元へとやってきたネロは、広げた掌に頭を擦り寄せた。


 ホッと安堵の息を洩らしながら、ネロを抱えあげる。

 申し訳ありませんと恐縮して頭を下げる騎士に、頭を振った。


 こうして無事に戻ってきてくれたんだから、それでいい。

 腕の中で大人しくしているネロに頬擦りをしてから、私は部屋へと戻ろうとした。


「ローゼマリー様っ! ご無事でいらっしゃいますか!?」


「クラウス」


 駆け付けたクラウスは、相当慌ててきたのだろう。いつもの騎士服ではなく、白いシャツとズボンだけという軽装だった。騎士服の上衣を脇に抱え、帯刀する為のベルトを付ける手間も惜しんだのか、鞘付きの剣を左手に持っている。

 シャツは縒れて、髪はボサボサ。いつも爽やかなクラウスにしては、珍しい姿だ。


 肩で息をしている彼は、私の姿を確認して、安堵の息を洩らした。


「良かった……。ご無事ですね」


「ええ、私は大丈夫よ」


 安心したクラウスは、遅れて自分の惨状に気づいたのか、「お見苦しいものを」と少し恥ずかしそうな顔をする。

 乱れた髪を手櫛で直すクラウスを見ていた私は、彼にも一応羞恥心ってものがあるんだなと失礼な感想を抱いた。


 部屋を警護してくれていた騎士は、宣言通りクラウスと交代し、城の奥へと向かう。

 それを見送ってからクラウスに視線を戻した。


「……何が起こっているのかしら?」


 騎士服を羽織り、詰め襟部分の留め金を嵌めていたクラウスは、難しい顔になる。


「分かりません」


 騎士団にとっても、想定外の事態だったのか。それとも、私には教えられないのか。厳しい表情で黙り込んだクラウスに、私もそれ以上の追求は出来なかった。


 これは大人しく部屋で待機する他ないだろうと考え、部屋に戻る旨を伝えようと顔をあげる。


 ふいに、クラウスの纏う空気が変わった。

 音を察知した獣のように、姿勢を低くしたクラウスは剣の柄に手をかける。鋭い目が睨むのは、廊下の先。


 何事かと目を瞬かせる私の耳に、数秒遅れで足音が届いた。

 バタバタと忙しない足音が、こちらへと近づいてくる。


 クラウスは、私を背に庇うように前に出た。

 やがて見えてきたのは、小柄な影が二つ。手を取り合って走るのは、どちらも女性に見える。


 城では珍しい長さの髪に、その女性が侍女に手を引かれた神子姫だと、すぐに気付いた。


 やっぱり侵入者の狙いは、神子姫だったのか。

 逃げてきたらしい彼女の傍には、追手らしき影はないが、レオンハルト様の姿もない。


 安全な場所へ逃がすにしても、付添が侍女だけというのはあまりに頼りない。

 もしかして、レオンハルト様が到着する前に、闇雲に逃げ出してしまったのだろうか。


 とにかく、保護しなきゃ。


「こちらへ!」


 クラウスと私の存在に気付いた神子姫へ向けて、手を差し伸べた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 早く続きをお願いします。
[良い点] 物語のテンポと展開。 [気になる点] 神子姫とマリーちゃんの関係がどう進むか。 魔王は砂になるのか。 [一言] >乱れた髪を手櫛で直すクラウスを見ていた私は、彼にも一応羞恥心ってものがあ…
[一言] マリーちゃんとネロに和んでる場合じゃねぇ!って展開に心が追いつきませんでした:(´◦ω◦`): いつも何かと意味深な行動が多く感じるネロですがそれが今回はよりって感じで、君も何か秘密あるのか…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ