転生王女の熟考。
澄み渡った青空を、白い鳥が隊列を作って飛んでいく。
庭園では色とりどりの花が咲き誇り、人々の目を楽しませていた。
庭を横目で眺めながら、回廊を進む。
暖かな風が頬を掠め、一拍遅れで甘い花の香りを届けた。
季節は春から初夏へと移り変わる頃。
魔法陣の完成が間近との知らせを受け、私はイリーネ様の待つ部屋へと向かっている。
今日も私の周囲は平和そのもの。
命を狙われていると知らされてから一度たりとも、脅威が迫った事はない。
私の周囲を警護してくれている騎士団の皆さんだけでなく、陰ながら守ってくれている人達のお陰だろう。
カラスとラーテ、それから新米密偵の顔を思い浮かべる。
器用な方だったから、すぐに馴染んでいるのかな。それとも、大きな体を隠すのに手間取って怒られていたりして。
確定ではないけれど、そうだといいなと口元を綻ばせた。
「なにか、良い事でもありましたか?」
「!」
声をかけられて、我に返る。
隣を見ると、レオンハルト様と目が合った。
私の専属護衛はクラウスのままだけど、魔王関連の話し合いの時は、レオンハルト様が迎えに来てくれる事が多いように思う。
父様の粋な計らい……ではないだろう。内容が内容なだけに、ごく限られた人間しか同席を許されないという理由じゃないかと考えている。
今から向かうイリーネ様の部屋を含むエリアは、普段から立ち入りを制限されているが、魔法陣の研究をしている現在は更に厳しくなっている。必然的に警護にあたる人員も厳選される訳だ。
「えっと」
なんでもないです、と言葉を濁そうとして止めた。
見上げたレオンハルト様の顔色が良く、その目に濁りがなかったから。
きっとレオンハルト様も、彼の処遇について知っている。
それなら、うん。
「はい。良い事がありました」
へらりと緩く笑うと、レオンハルト様は目を丸くする。
少し眩しそうに目を細めた彼は、優しい微笑みを浮かべた。
「……内容をお聞きしても?」
「それは秘密です」
軽く唇に人差し指を当てて得意げに言ってみせると、レオンハルト様は可笑しそうに喉を鳴らした。
「秘密ですか」
「はい、秘密なんです」
「それは残念だ」
時折、レオンハルト様の口調が砕けたものに変わる。距離が縮まったように感じて、凄く嬉しい。
じんわりとした幸せを噛み締めている間に、部屋へと辿り着く。
「お久しぶりです、姫様。お待ちしておりましたわ」
出迎えてくださったイリーネ様は、そう言って微笑む。
久しぶりにお会いしたが、相変わらずお美しい方だ。
結い上げられた黒髪は艷やかで、白い肌はシミ一つない。
細く引き締まった体を包むのは、魔導師の証である黒いローブと、明るいグレーのドレス。レースはデコルテや縁取りなど最小限に止め、胸元には控えめな花の刺繍が施されているだけの、シンプルなデザインだ。それでも暗い印象は抱かず、寧ろ品の良ささえ感じさせるのは、イリーネ様が着ているからこそだろう。
私もイリーネ様みたいに、シンプルなドレスを格好良く着こなせる大人の女性になりたいな。
憧憬の眼差しを向けていると、イリーネ様は私の頭の先からつま先までを、まじまじと眺めた。
「まぁ、姫様。暫くお会いできなかったうちに、随分とお美しくなられて」
「えっ?」
まさか見惚れていた人に、逆に褒められるとは思わなくて面食らった。
「そう、でしょうか?」
「ええ。もう誰が見ても立派な淑女ですわ」
戸惑いつつも、自分の姿を見下ろす。
身長は確かに伸びたと思う。期待したほどは凹凸が出来なかったけど……それなりに、女性らしい体つきにはなったんじゃないだろうか。
今日のドレスは落ち着いた青。藍染のような色合いで、一目で気に入ったものだ。デコルテと袖、そしてウエストの部分に金糸と銀糸を組み合わせた細かな模様が描かれている。
スカートは同じく下半分に銀糸の模様。裾部分はフリルとレースを組み合わせてあり、可愛らしくも落ち着いた仕上がりだ。
私にしては、大人っぽいものを選んだつもりだけど。
そう見えているのなら、嬉しいな。
「これなら誰も、子供扱いなんて出来ませんわ。ねぇ?」
にっこり笑ったイリーネ様は、私ではなくレオンハルト様へと話しかける。
急に水を向けられたレオンハルト様は、言葉に詰まって固まった。しかしすぐに冷静さを取り戻し、笑みを返す。
「ええ。そうですね」
イリーネ様は笑顔のまま、小さな声で「あら、つまらないわ」と呟いた。
もしかしなくとも私の気持ちって、イリーネ様にもバレてるの……?
いつ、どこでバレた? というか隠しているつもりなのに、私の恋心って各方面に筒抜けじゃないかな?
面白がっている風のイリーネ様は、私達を部屋の中へと案内するように踵を返す。
その瞬間、レオンハルト様は息を吐いた。安心したみたいな吐息に、私はレオンハルト様を見上げる。
私の視線に気付いた彼は、顔を背けて咳払いした。
「……あまり見ないでください」
ぼそりと呟いたレオンハルト様の耳が、赤くなっているのに気付く。私は自分の顔がそれ以上に赤くなるのを感じながら、目を逸らした。
「こちらへどうぞ」
「! はいっ」
イリーネ様の声に、我に返る。
ソファーに座ったところで、イリーネ様から意味深な視線を投げられた。うふふ、と楽しげに目を細めるこの美しい人には、おそらく隠し事なんて出来ないのだろう。
落ち着く為に、室内を軽く見回す。
私達以外に、誰もいないようだ。父様が同席しないのは、なんとなく予想していたけれど、ルッツとテオもいないんだ。
魔法陣を完成させる為に、今も別室で頑張っているんだろうか。
イリーネ様は私の向かいに腰を下ろし、目を合わせる。
「今日は姫様に、召喚と魔王の関係についてご説明させていただきたいと思います」
イリーネ様の言葉に、私は背筋を伸ばす。
私も聞きたいと思っていたので、丁度良かった。
召喚についての説明は後日と父様は言っていたけれど、詳細を省かれたらどうしようかと、ちょっと不安だったんだよね。
魔法について全く知識のない私に、事細かに説明しても意味はないし。日取りだけ教えたら十分と判断されそうだなあと。
だから、いざとなったら、父様に直談判しようかと思っていたんだ。
もしかして神子姫召喚に反対する場合の代替案を探していたの、バレてたのかな。
先手を打たれたとか。父様ならありうる……。
資料を元にした推測になりますが、と前置きをしてから、イリーネ様は丁寧に説明してくれた。




