転生王女の密談。(2)
ちょっと早いですが、来年もどうぞ宜しくお願い致します。
2020年が皆様にとって幸多き一年になりますように。
「本来ならば、封印が最も安全で確実な手だ」
私の考えを読み取ったらしく、父様はそう続けた。
「しかし現在、封印は破られていない。重ねがけする方法は不明。かといって新たに封印する為に、一度解くのは本末転倒だ。封印されてから経過した年月を考えれば、放置もまた悪手」
父様の言いたい事は分かる。
でも、処分と言っても壊したり捨てたり出来るようなものじゃない。
「それで処分と。ですが、今までそんな方法を見つけられなかったからこそ封印していたのでは?」
「成功はしていない。だが、ずっと研究は重ねていたようだな」
父様は手を伸ばし、机の上に無造作に広げられていた一冊の本をとった。
魔法陣らしき図が描かれた書を私達の方へ向ける。
「これは?」
「異世界から、魔王を消す力を持つ者を召喚する為の魔法陣だ」
「!」
私は大きな衝撃を受けて、目を見開いた。
「荒唐無稽な話だ。信じろと言っても無理だろうな」
父様は驚いた様子の私を見て言ったが、そうではない。
私は自分が思いつかなかった事の方に驚いていた。
ファンタジー映画や漫画で出てくる魔法陣の用途といえば、メジャーなのは封印ではなく召喚だろう。
そしてゲーム開始の時間が近付いているのに、必要不可欠な人がこの世界にはまだいない。この二つを合わせると導き出される答えは、一つ。
ヒロイン――神子姫の召喚だ。
「初めてこの本を読んだ時は、創作か妄想の類だと判断した。随分と暇なやつがいたものだと切り捨てたのだが……酔狂の一言で済ませるには、量が膨大過ぎた」
「膨大? つまり、これ以外にもあったのですか」
「編纂する前の資料や紙の束は、山のようにある。何代にも渡って引き継がれ、研究を重ねてきたのだと理解出来る程度にはな」
頬杖をついた父様の表情は呆れているかのようだったが、声には感嘆が込められている気がした。
始めた当初は、情報なんて殆どなかっただろう。ヒントなんてあるはずもなく、進展のないまま何十年もの時が過ぎる。
そもそも、消滅させる方法があるかどうかも分からない。そんな雲をつかむような話で始めた研究を、子の世代、孫の世代へと受け継ぐなんて、気が遠くなる。
魔王を封印出来た時と同じ、狂気にも近い執念を感じた。
改めて思うが人類が生き残ってこられたのは、その諦めの悪さ故だろう。
「時間はかかったが、資料と書物の全てに目を通した結果、試す価値があると判断した」
この部屋を何度か訪れた事があるが、私が悪戦苦闘している間、父様はずっと本を読んでいた。随分と寛いだ様子だったので、読書が趣味なのかと思っていたが、違ったらしい。
先祖の研究は未完成だったけれど、イリーネ様を始めとした魔導師達に依頼して研究を続けたようだ。
もしかしなくとも、ルッツとテオが言っていた任務って、コレだね。
ラーテが持ち込んだ情報もあってか、形になりつつあるようだ。
それにしても……。
「意外だ、と顔に書いてあるぞ」
じっと見つめていると、私の心の声を父様が口に出す。
まさにその通りだったので、誤魔化さずに頷いた。
現実主義者の父様が、異世界の存在を信じるとは思わなかった。
あと、いくら先祖が数百年かけて研究してきたとはいえ、成功するかどうかも分からない方法を選んだのも、正直意外だ。
遠回しに伝えるのも面倒だったので、浮かんだ疑問をそのままぶつける。父様は怒るどころか、「だろうな」とアッサリ肯定した。
「元々は、方法の一つとして調べていただけだった。時間があるのなら、こんな怪しげな方法に頼ったりはしない」
先祖が続けてきた研究を完成させるとか、努力は人を裏切らないとか、そんな感情論で動く人ではない。父様はやっぱり父様だった。
時間が許すのならばきっと、もっと堅実で地味な手を選んだのだろうな。
「時間がないというのは、封印が解ける可能性のお話ですか?」
私の問いに、父様は頭を振る。
「ラプターが、魔王を手に入れようと躍起になっている」
かなり緊迫した事態の筈だが、父様の声に緊張感はない。
鬱陶しいと言いたげな表情は、顔の周囲を飛び回る羽虫に苛立つかのようだ。
「想定していた時期よりも早い上に、形振り構わない必死さはかなり厄介だ」
確かに、私が帰ってきてからまだ一日しか経過していない。放った刺客が全員帰ってこなかったのだから、何かあったと気付くだろうと思っていたけれど、動き出すのが予想より随分と早いな。
それだけラプターにとって魔王は、重要な存在であったという事だろうか。
「送り込まれる刺客も増えるだろう。お前の周辺の警備も強化する予定になっている。そのつもりでいろ」
刺客という物騒な単語が出てきて、私は目を丸くする。
父様や兄様の護衛を増やすのは大賛成だが、私にも?
いくら王族の一員とはいえ、王女である私を狙う可能性って低いと思う。国政に関わる機会もなく、王位継承権もない。
人質くらいの価値はあるかもしれないけれど、それにしてもハイリスクローリターンだ。
首を傾げる私を、父様はじっと眺める。
そして暫し間をあけてから、深い溜息を吐き出した。
「お前のそれは、まさか一生治らないのか」
真顔で言われて、ますます混乱した。
呆れた風に言われた方がマシだと思うのは、末期なんだろうか。
というか、私の何が治らないって?
察しの悪さなら納得出来るけど……流石に頭の悪さとか言わないよね。いや、言いそうだな。
「卑屈になっているのではなく、かといって見え透いた謙遜でもない。本気で言っているからなお、たちが悪い」
そうは思わないかと、父様はレオンハルト様に水を向ける。
恐る恐るレオンハルト様の様子を窺うと、彼は困ったように眉を下げて微苦笑した。
その表情は、消極的な肯定に見える。
言葉で同意しなくとも、父様と似たような事を考えているという事。
ショックだ。
そもそも私のどこにダメ出しされているかも分からないが、優しいレオンハルト様が庇ってくれなかったという事は、相当酷いのだろう。
バカなの? 私やっぱり、フォローも出来ないレベルのバカなの?
「いい加減、己の価値を理解しろ」
父様は、私の目を見て言った。
薄氷の如き瞳にからかう色はなく、真っ直ぐな視線は抜身の刃のようで、思わず怯みそうになる。
「お前はヴィント王国の恩人であり、英雄でもある。『海のしずく』の影響もあって、国内の人気も高い。その上、暗殺者を寝返らせ、魔王を掻っ攫って行った王女をラプターが放っておいてくれると本気で思うのか」
英雄は言い過ぎだし、『海のしずく』は直接的に、私には結びつかないだろうとか。ラーテが寝返った事も、その原因が私である事もバレているんだろうか、とか。
色々言いたい事はあったけれど、口からは出なかった。
「お前はラプターにとって、間違いなく邪魔な存在だ」
迫力に気圧されて息を呑む。喉がグビリと、おかしな音をたてた。




