転生王女の確認。
鏡に映った自分を、じっと見つめる。
緩く波打つプラチナブロンドに、白い肌、青い瞳。各パーツは同じな筈なのに、ゲームに出てきたローゼマリーとは印象が違って見えた。
『裏側の世界へようこそ』の中のローゼマリーは、気高く美しい、生まれながらの王女様。けれど、ふと見せる寂しげな表情が庇護欲をそそる少女だった。
しかし中身のせいなのか、現在の私の顔は……なんだろう、なんか緩い?
凛々しさがないというか、気高さがないというか。ついでに儚げな印象もない。ないないづくしだ。
おかしい。あと半年で十五歳、つまり成人するので、ゲーム開始時の年齢と同じくらいなのに。
素材が一緒なのに、仕上がりが違うって不思議すぎる。もしかして私って、ローゼマリーの無駄遣いなのでは?
レオンハルト様を自分の力で口説き落とすと宣言したのはいいものの、どうやったらいいのか分からないので、取り敢えずアピールポイントを探してみた訳だが。
まず初期スペックを頼りにしてみて、躓いた。
ローゼマリーの外見の美しさは、中身を伴って初めて輝くものだった。現実って残酷だ。
い、いや。まだ分からないぞ。
諦めたらそこで試合終了だって、安○先生も言っていたじゃないか!
胸を突き出して、左手を腰に、右手を頭の後ろへ回す。腰を軽く捻って、足を交差させる。必殺、セクシーポーズ。
……変だな。
色気が皆無というか、「首と腰を痛めたの?」と聞きたくなる仕上がりだ。
何が違うのか分からないが、なんか違うのは分かる。
次は両膝に手をあてて前屈み。
グラビアのお姉さん達がやると、豊満なお胸が強調されるんだが、私には寄せてもひっそりとした谷間しか……たに、ま……?
言葉の概念を見失いそうになった。
駄目だ、これでもない。
思いつく限りのセクシーなポーズをとってみるが、結果は惨敗だ。
成果はゼロ。私がセクシー路線では戦えないという残酷な事実だけが浮き彫りとなった。
打ちひしがれていると、にゃあ、と背後から鳴き声がする。
見るとベッドの上のネロは、早朝から鏡の前で奇行を繰り返す主人を呆れたように眺めていた。
「ねろぉ……」
ベッドへと倒れ込んで、愛猫に泣きつく。ネロは抱き寄せる私の腕を迷惑そうに避けた。つれない。
そもそも、レオンハルト様ってどんな女性が好みなんだろう?
本人は、本気で人を愛した事がないって言っていたけれど、好ましいと思うタイプくらいあるはず。
イリーネ様のような知的美人?
それともビアンカ姐さんみたいな色気のある美女かな?
おとなしやかな和風美少女であるリリーさんタイプかもしれない。
私の周りにいる綺麗な人達を思い浮かべてみる。どの人も、私よりレオンハルト様の隣に似合って、ちょっと落ち込んだ。
「それとも……」
色んな女性の姿を思い描いていた私の脳裏に、一人の女性の姿が浮かぶ。
肩に少しかかるくらいのシフォンベージュの髪。好奇心に輝く大きな瞳と、小ぶりな可愛らしい鼻。ぷくりと柔らかそうなピンク色の唇。少し下がった眉が、庇護欲をそそる。
ふくよかな胸から華奢な腰のラインは女性特有の魅惑的なもので、幼さの残る顔立ちとのアンバランスさが色気を醸し出す。
神子姫と呼ばれる、異世界の少女。
『裏側の世界へようこそ』の中で、近衛騎士団長はヒロインを大切にしていたと思う。時に励まし、時に慰め、失敗しても責める事なく、幸せになれと送り出してあげていた。
接し方は妹を可愛がるみたいな感じだったけれど、近衛騎士団長にとって神子姫は、好ましい存在だっただろう。
そこまで考えて、ふと、不安に襲われた。
妹みたいというのは、あくまで私の印象だ。
あの優しさが、異性への愛情の示し方ではないと言い切れるの?
クラウスルートで神子姫の背を押してあげていたから、親愛の情だと思っていた。でも、ゲーム内のどこにも、近衛騎士団長がヒロインをどう思っているかなんて書いていない。好きな人の幸せのために、自分の思いを隠し通していた可能性だってある。
「だ、駄目、駄目っ!」
どんどんと落ち込んでいく思考を振り切るために頭を振ると、ネロがビクリと起き上がった。
勝手に人の気持ちを決めつけて、弱気になるんなんてバカバカしい。
それに私が傍にいたいのは、ゲームの中の近衛騎士団長ではない。レオンハルト様だ。
もしも神子姫がレオンハルト様の好みの女性だったとしても、戦う前から負けを認めてたまるもんか。
「……よし!」
ぴしゃりと自分の両頬を軽く叩いて、顔を上げる。
ネガティブタイムは終わり。頑張るって決めたんだから、未来を悲観してないで、自分を磨こう。
セクシーが駄目でもキュートって手もあるしね!
可愛らしく性格も良い神子姫に、キュート路線で太刀打ちできるかどうかって問題点は、ひとまず考えないようにしよう。
拳を握りしめた私を呆れたように一瞥した後、愛猫は再びくるりと丸くなった。
着替えと朝食を済ませた後、私は温室へと向かった。
ルッツとテオに会える可能性は低いと思っていたが、温室に併設された休憩室に人影が見える。
そっと覗き込むと、中にいるのは会いたかった友人達のようだが、少し様子がおかしい。一人はテーブルに突っ伏して、一人は椅子の背凭れにぐったりと身を預け、天を仰いでいる。
なんか二人共、すごく疲れてない……?
声をかけるのも躊躇われるくらい、二人はぐったりとしていた。
どうしたものかと戸口で悩んでいると、上を向いたまま固まっていたテオが、こちらへと視線を向ける。
いつもは強い光を宿すピジョンブラッドの瞳が、ぼんやりと私を映す。テオは驚いた様子もなく私を眺め、目を細めた。
「やべえ。疲れすぎて、幻覚まで見え始めた」
はは、とテオが乾いた笑いを洩らすと、テーブルに突っ伏していたルッツが身動ぐ。体を起こさずに顔の向きだけ変えたルッツの目が、私を捉えた。
「なんかオレにも見える……姫、元気かな……」
力なく笑うルッツの言葉で、私は自分が幻覚扱いされていると気付く。
「本物だし、元気よ?」
ひらひらと手を振ると、ルッツは突っ伏したまま手を振り返す。
「オレの幻覚凄いかも。手まで振ってくれる」
本格的にルッツの具合が心配になってきたところで、テオが勢いよく身を起こした。
「同じ……ってことは、幻覚じゃない……!?」
「え……えっ?」
ルッツはテオと私を見比べて、パチパチと瞬く。数秒の間をあけてから、テーブルに手を付き立ち上がった。足にぶつかった椅子が、派手な音をたてて倒れる。
「ひ、ひめ……?」
「姫様、本物ですか?」
信じられないと言わんばかりに見開かれた二対の目に凝視され、居心地の悪さを感じつつも頷いた。
「昨日帰ってきたの。二人にも挨拶したかったのだけれど、温室にいなかったから」
「昨日は任務で別室に……、って、そんな話はいいや。本物の姫なんだよね? 怪我はしてない? 長旅で体調を崩したりはしてないよね?」
「だ、大丈夫」
駆け寄ってきたルッツは、矢継ぎ早に問う。勢いに気圧されて思わず一歩後退る。
任務という言葉が気にかかったけれど、まずは心配性なルッツの不安を取り除くべく、頭を振った。
「さっきも言ったけれど、元気よ。怪我もしていないわ」
ルッツは、安堵したみたいに息を吐き出す。
良かったと呟いた声は、前よりも少し大人びた気がする。そういえば、ルッツもゲームとは外見が異なるんだよね。
ゲームのヤンデレ魔導師は線が細く、繊細な顔立ちも相まって、ボーイッシュな少女にも見えた。
しかし今のルッツは背も高く、細身ながらもしっかりとした体つきをしている。整った顔立ちは変わらないが、凛とした雰囲気の彼を女性と間違う人は少ないと思う。
「姫様の元気な姿が見られて安心しました」
ルッツの隣に立つテオはルッツほどではないが、やはりゲームとは少し違う。外見はあまり変わらないが、落ち着きのある眼差しや大人びた笑い方は、人懐っこく元気な熱血魔導師が見せなかったものだ。
二人共、すっかり格好良くなっちゃって。
親戚のおばちゃんみたいな感想が思い浮かぶ。少年時代を知っているから、なんか感慨深い。
「……なんでそんな生温い目でオレ達を見てるのさ?」
怪訝そうに見られて、慌てて表情を引き締めた。
正直に言ってもいいが、年頃の男の子を誉めても、からかうなと怒られそうだからね。
「なんか二人とも、疲れてそうだけど大丈夫?」
言った途端、二人の表情が微妙なものになった。
「任務って、重労働なの?」
「いえ……、体はそれほど疲れてないんです」
テオはげんなりした顔で、力なく呟く。
「むしろ体を動かす方が好きなんだけど、頭脳労働は苦手なんだよね……。あー、思い出すだけで、頭が痛い」
ルッツは眉間にシワを寄せて、コメカミのあたりを指で押さえた。
二人共、すっかり脳筋魔導師になっちゃって。
失礼な呟きを胸中でしつつ、私は生温い目で二人を見守った。




