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転生王女の不安。(2)

 


「姫様」


「……え?」


 ぼんやりとしていた私は手を掴まれ、我に返る。

 顔を上げると横に立っていたテオが、心配そうな顔で私を見下ろしていた。


「水、やり過ぎだと思うんですけど」


「……あっ」


 指摘されて思い出す。そういえば温室の薬草の水やりをしていたんだった。

 丸い緑の葉っぱは、ころんとした水滴を沢山抱え、土は十二分に湿っている。これ以上水を与えては、根腐れを起こしてしまう。

 手を掴んで止めてくれたテオに、感謝だ。


「ありがとう、テオ」


「どういたしまして」


 私の手を離したテオは、笑顔を浮かべたけれど、その表情はいまいち晴れない。何か言いたげなダークレッドの瞳が、私を映す。



「……姫様、何か悩み事でもあるんですか?」


 言葉を選ぶように俯いていたテオは、暫し逡巡してから口を開く。

 豪放(ごうほう)磊落(らいらく)に見える外見と振る舞いを裏切り、彼はとても気遣い屋だ。私が何かを悩んでいる事は察しても、踏み込んでいいものか悩んだのだろう。


「そうだよ。君、何か変だよ」


「ルッツ」


 いつの間に近付いて来ていたのか。

 ルッツはひょっこりと背後から私を覗き込む。


「今日は一日、沈んでいるし。話しかけても上の空で、気の無い返事しか寄越さないし。……全然君らしくない」


 テオとは対照的に、ルッツはストレートにぶつけて来る。

 外見も真逆だけど、中身も色々対照的な二人だが、どちらも心配してくれている気持ちは同じ。


「ごめんなさい、二人共」


「謝らなくていい!……そんな事させたいんじゃなくて」


 申し訳なくなって謝罪すれば、ルッツは即座に否定した。上手く説明出来無いのが歯痒いのか、焦れたように頭を振る。


「オレもルッツも、姫様が元気無いから心配なんです」


 怒っている訳ではないのに、キツい言い方になってしまうルッツをフォローしようとしてか、テオが言葉を引き継いだ。

 な?と同意を求めるとルッツは、何度も頷く。なんて良いコンビなんだろう。


「何か悩んでいるなら、オレ達に言いなよ。……そりゃ、オレ達に出来る事なんて限られているけど、力になれるかもしれないじゃないか」


「……ありがとう」


 本当、良い子達だ。じんわりと胸が温かくなる。

 王女という身分の為、今まで同年代の友達というものがいなかったから、こうやって親身になってくれる二人の存在は、とても有難い。


 でも、本当の悩みを言う訳にはいかない。

 未来の事がどうとか以前に、ターゲットであるルッツらの前で言うのは、危険過ぎる。どこに目や耳があるのか、分からないんだから。


「でも大丈夫。少し寝不足なだけなのよ。昨日は少し、蒸し暑かったから」


 これは半分だけ、本当。

 昨夜は色々考え過ぎて、寝付けなかった。頭が少しぼんやりするのは、そのせいだと思う。


「なら、こんな暑い場所にいるべきじゃないでしょ!ほら、あっちで少し休んでなよ」


「えっ?」


 ぐいぐいと背を押され、私は温室から出されてしまう。隣接した風通しの良い休憩スペースに連れてこられた。


「る、ルッツ?」


「大人しくしていなよ。今日はもう、温室に入っちゃ駄目だからね」


「でも」


「水やりはオレ達がやりますから。姫様はゆっくりしていて下さい」


 二人は、まるで小さな子供を宥めるように言うと、温室へと戻って行った。残されたのは、唖然とする私と、傍らの護衛騎士だけ。


「彼等の好意に甘え、少しゆっくりなさっては如何ですか」


 珍しい事にクラウスまでもが、私を諌めるような事を言う。

 ……最近、こんな感じで怒られてばっかりだ。私、自覚しないまま、結構突っ走っていたのかな。


「……分かったわ」


「では、お飲物を用意させます」


 椅子に腰かけ、力を抜くと、クラウスの表情が和らいだ。


「…………」


 少ししてから運ばれてきた紅茶で喉を潤しながら、私は温室を見やる。

 ガラス越しに見える二人は、真面目に水やりをしていた。テオは器用に手際良く、ルッツは不器用ながら丁寧に。

 少しずつ二人を知る度に、思う。こんな良い子達を戦争の兵器になんて、絶対にしてはいけないと。


 私は休憩しながら、持っている情報を整理する事にした。


 もしかしたら、内通者かもしれない男。ニクラス・フォン・ビューロー。

 レオンハルト様に、近付くなと言われてしまったので、遠目にしか見れなかったが、細身で右の腰に帯剣し、背中の中ほどまである淡い栗色の髪を項の辺りで括っていた。

 テオの証言と、全て一致する。


 騎士としての評価は、然程悪くはなさそうだ。

 勤務態度も真面目だし、顔は普通だが穏やかな物腰は、女性にモテるのも納得出来る。まぁ、それが本性とは限らないけどね。

 実家のビューロー家は、由緒正しき伯爵家。但し、財布事情は結構悲惨らしい。

 数代前の当主夫妻が大層な浪費家だったようで、ビューロー家は没落寸前。何とか爵位は守り続けているものの、方方(ほうぼう)に借金をこさえているという噂話を聞いた。


 そうなると目的は、分かり易く金か。

 でも例え誘拐が成功し、莫大な金が手に入ったとしても、国内に止まり続けるのは危険過ぎる。発覚し捕まってしまえば、お金なんてどれだけあっても無駄だし。

 ……もしかして、その国での地位も約束されてんのかな。

 その位のメリットがなきゃ、挑めない賭けだよね。


 一族の命運と己の命がかかっているんだから、失敗は万が一にも許されない。


「……、…………」


 そこまで考えて、何かが引っ掛かった。

 絶対に失敗出来無い上に、撤回も最早不可能。そんな差し迫った状況で、用済みになったヒルデは……どうなる?



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『読み返し中』 これから起こりそうな事態を予測出来るのに、現時点では何の証拠も無い状態だから誰にも相談出来ない……、マリーちゃんはかなり苦悩しているでしょうね。 レオン様がある程度の疑惑を持って調べ…
[良い点] 話のテンポがよく、会話も好き。 [気になる点] ほうれんそうって知ってる?って言いたくなる。 報告、連絡、相談をそつなくこなす主人公では話は進まないのは分かるけど、仕事の忙しいときには抱え…
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