転生王女の帰還。(2)
私の周りに個性的な人が多いのは、今に始まった事ではない。
ラーテ一人増えたところで、変わりない。大丈夫、大丈夫。どんまい、わたし。
「ローゼマリー様?」
どうしたの? と言いたげな目で見つめられ、乾いた笑いが溢れた。
どうしたの? はこっちのセリフだ。どうしたんだ、クラウス。いつの間にそんな取扱注意の危険物になった……いや、それは前からか。危険の種類が変わっただけで、危険物だったのは前からだわ。
「なんでもないわ」
頭を振ると、クラウスは不思議そうな顔をしながらも再び歩き始めた。
そういえば、何処かに案内してくれている途中だったんだっけと思い出し、その後に続いた。
随分と端の方まで行くんだな。
方向的に温室へと向かうのかと思いきや、途中で道を外れた。このままでは、屋外に出てしまう。
「クラウス……いったい、何処に行くの?」
「マリー様!」
クラウスを見上げた私の声に被せるように、女の子の声がした。
そちらを見ると、小柄な少女が駆け寄ってくる。
小麦色の肌をうっすらと上気させた彼女は、蜂蜜色の瞳を輝かせていた。少し伸びたアッシュグレーの髪が、肩口で揺れる。
「おかえりなさいませ、マリー様!」
「リリーさん!」
駆け寄ってきたのはクーア族の少女、リリーさんだった。
私は両腕を広げて待ち構えると、彼女は少し躊躇してから、私の腕の中に飛び込む。
細身の体をぎゅっと抱きしめると、控え目ながらもリリーさんも抱きしめ返してくれた。
出迎えようと思っていたのに、私の方が出迎えられてしまった。
「ただいま帰りました」と笑うと、リリーさんも嬉しげにはにかんだ。
出会った当初より、随分と表情豊かになったなぁ。
「ネーベルに到着していたんですね。皆一緒ですか?」
「はい。薬や道具の移送や植物の植え替えがあるので、何人かは行き来しておりますが、最終的には全員来る予定です」
それは嬉しい誤算だ。半分以上の人は村に残ると思っていたけれど、全員来てくれるのなら頼もしい。
でも村がなくなってしまうのかと思うと、複雑な気持ちだ。
私の行動によって、沢山の人の人生が変わっている。後悔はしていないけれど、改めて責任重大だと感じた。
「マリー様?」
考え事をしていた私は、リリーさんの気遣うような声で我に返る。
「お疲れなんですね。少しおやすみになった方が……」
「ううん、違うんです。少し会わない間に、リリーさんが綺麗になったなって思って」
私がそう言うと、リリーさんの頬がぽぽっと赤くなる。
実際、リリーさんは綺麗になったと思う。元々端正な顔立ちをしていたが、表情が豊かになった事で何倍も魅力的になった。
「そんな訳ありません。マリー様が村で料理を振る舞ってくれて以来、食欲が増加してしまって太ったくらいです」
確かに、前よりも肉付きがよくなった気はする。
でも、リリーさんは前が細すぎたのだ。今だって標準よりは細いくらいだし。健康的になった分、年相応の美人に近づいている。私の食育(?)の成果だと思うと誇らしい。
「それに、綺麗になったのはマリー様でしょう」
リリーさんは少し体を離して、私をじっくりと眺める。
「村で一緒に生活していた時も綺麗な方だって思っていたけれど、更に磨きがかかりました。本当に、お姫様なんだって……あ、マリー様なんて馴れ馴れしく呼んじゃ駄目ですよね。王女殿下とお呼びするべき……」
「泣きますよ。それ実行したら、本気で号泣しますからね」
少し寂しげに表情を陰らせて言うリリーさんに、私は食い気味に抗議した。
ぎゅっと両手を握ると、リリーさんは驚いたのか目をパチパチと瞬かせる。その後、花開くように笑った。
「じゃあオレも、そのままでいいか」
「却下。不敬罪で投獄されたくなければ、王女殿下と呼んでください」
リリーさんの背後からひょっこりと現れたのは、クソガキことロルフだ。
「なんでリリーは『マリー様』でよくて、オレは『王女殿下』なんだよ!?」
「心の距離ですね」
秒で却下するとブーブーと文句を言っているが、貴方の呼び方『ブス』だからね。良い訳ないだろ。
「アンタらは本当、仲良しねぇ」
いつの間にか来ていたヴォルフさんは、呆れ混じりに呟く。
それから、私の背後に立つクラウスに向けて話しかけた。
「マリーを連れてきてくれたのね。ありがとう」
「お前の為ではない。ローゼマリー様が喜ばれるだろうと思っただけだ」
クラウスはフンと鼻を鳴らし、ツンデレじみたセリフを言った。
そっか。私がクーア族の皆の事を気にしていると思って、案内してくれたんだな。
「ありがとう、クラウス」
「勿体ないお言葉です」
ヴォルフさんと似たような言葉をかけたにも拘らず、満面の笑みを頂きました。
変わり身の早いクラウスに、ヴォルフさんは怒るのではなく笑っている。クラウス、君はもうちょっと、色んなものを包み隠した方が良い。
「そういえば聞いたわよ、マリー。アンタ、凄く面白い案を出したのね。薬の研究や教育も視野に入れた医療施設なんて、夢のようだわ!」
「私は単に思いついた事を口にしただけで、細かい部分は丸投げの素人ですよ。実現するのは皆さんのお仕事になります」
「もちろん、喜んで参加するわ」
ヴォルフさんだけでなく、リリーさんやロルフも目を輝かせている。お医者様の卵は、順調に育っているみたいだ。
「そういえば、施設はこの辺りに建てる予定なんですかね?」
「別の場所のようよ。この辺りの一部を、薬の材料である植物の栽培場として開放してくれる予定らしいわ。今は土を入れてくれているところね」
城の敷地内につくるのかと思いきや、病院建設予定地は別にあるらしい。一般市民にも開放する予定だから、城下町につくるのかな?
それにしても、植物の栽培場か。ちゃんと機能してくれるといいけど。
「植物の種類によっては、場所を変えないと根付かないですよね。明日は父に会うので、至急、候補地を検討してもらえるよう要請しておきます」
「もう動いてくれているみたいよ。でも、急がなくても大丈夫みたい」
さすが父様、仕事が速いな。
それにしても、急がなくて大丈夫とはどういう事だろう。高地にあった全ての植物が、王都の環境に適応出来るとは思えないのに。
私の疑問を表情から読み取ったように、ヴォルフさんは建物から外へと顔を出した。誰かを手招きで呼んでいるようだ。
「なんでしょう?」
ひょっこり顔を出したのは、ローブに身を包んだ細身の青年。植木鉢を両手で持った彼は、私を見て目を丸くしている。
「あ、王女様。お帰りなさい」
眉を下げて、へにゃりと笑うのは地属性の魔導師見習い、ミハイル・フォン・ディーボルトだった。
ほっこりとする笑顔に癒やされながら、「ただいま」と返事をする。
「凄いのよ、彼。どんなに扱いの難しい植物でも、簡単に育てちゃうんだから」
ヴォルフさんは、ミハイルの首を引き寄せるみたいに肩を組んだ。人とのコミュニケーションが苦手なミハイルは、目を白黒させているが、嫌がっている様子ではないのでそのままにしておく。
そういえば、地属性の魔導師の力って、人間の治癒力を高めるだけじゃなかったね。植物の成長を早めたり、手助けしたりも出来るんだった。
ミハイルがいてくれれば、百人力だ。
ワイワイと楽しげに話すヴォルフさんやロルフ、ミハイルを見ていると微笑ましい気持ちになる。
魔力持ちとして、人と関わる事を怖がっているフシがあるミハイルだったが、どうやらクーア族との相性は抜群のようだ。
ふと、魔力持ちという単語から連想して、ルッツとテオの顔が頭に思い浮かぶ。
彼らは今頃、何をしているんだろうか。私が辺境の砦に出発する前から忙しそうにしていたけれど、用事は片付いたのかな。
あとで様子を見に行ってみようと、胸中で呟いた。




