転生王女の仲裁。
一瞬、カラスの動きが止まった。
しかし、すぐに何事もなかったかのように攻撃は再開される。
えっ。無視!? 無視ですか!?
「カラス!? 誤解だって言っているでしょう!」
「大丈夫、誤解じゃないから」
慌てて再度訴えるが、カラスは聞く耳を持たない。
というか、誤解じゃないってどういうこと!? 私自身も何が誤解なのかすら分かっていないのに!?
「何が誤解じゃないの!?」
「それは自分で考えて」
見事なブーメランが返ってきた。
できの悪いコントのようだ。端から見たらさぞ滑稽な会話だったことだろう。けれど私は真剣に考えた。
そうだよね、私が言い始めたんだから私が考えるべきだね、と。ツッコミは不在だ。
制止の為に手を突き出したまま、必死に頭を働かせる。
「えーっと、えーっと、ラーテは敵じゃない……そう! 敵じゃないの!」
「却下」
「ええっ!?」
カラスは素気なく私の発言を一蹴した。
自分で考えろって言ったから、必死に考えたのに!!
「相変わらず短気だねー。ちょっとはお嬢さんの言い分を聞いてあげな」
ラーテは呆れ混じりの口調で言いながら、カラスが振り下ろしたナイフをナイフで受け止める。
まるで見ていられなくなった第三者がついつい口を挟んだかのような言い方だが、貴方、思いっきり当事者だからね!?
むしろ九割以上、貴方のせいだから!!
「聞く必要はない。どうせ、お前が諸悪の根源だ」
カラスが交わった刃を力任せに押す。その薄笑いを浮かべる顔に刃を食い込ませてやるといいたげな鋭い目つきで、ラーテを睥睨した。
「まぁ、間違ってはない」
あはは、と気の抜けた笑い声が響いた瞬間、私は、プチッと何かが切れる音を聞いた気がした。そして切れたのはたぶん、カラスの堪忍袋の緒だったと思う。
「殺す」
低く呟いたカラスに、私は声にならない悲鳴を上げる。
なんで煽るかな!?
ラーテ、貴方絶対、楽しんでいるでしょう!?
「……止めますか?」
どうする事も出来ずにオロオロする私を見かねたのか、レオンハルト様が問う。
ことの成り行きを黙って見守っていたリーバー隊長も、賛同するみたいに頷く。たぶん、国でも指折りの実力者である二人なら、止められると思う。……思うけど。
私がゆっくりと頭を振ると、「良いのですか?」と念を押された。
「なんか、じゃれ合っているようにしか見えなくなってきました」
「本気で止めて」
聞き捨てならないとばかりに、カラスは食い気味に否定した。
ようやくこっちを向いてくれたカラスに、私は溜息を吐き出す。
「じゃあ、貴方も止めて。ちゃんと私の話を聞いてね?」
「…………」
返事はなかったが、カラスは渋々とナイフを下ろした。
不服だと訴えてくる目を黙殺する。さっきの仕返しではない、たぶんね。
そしてラーテはナイフを鞘に収めてから、カラスと私とを興味深げに眺める。形の良い唇が、軽快な口笛を鳴らす。
「すごいね、お嬢さん。ちゃんと手綱を握ってるんだ」
「そう見えるのなら、貴方はお医者様にかかるべきだわ」
疲れていた私の口から、つい嫌味が溢れた。
しかしラーテは気を悪くした風もなく、楽しげに笑う。
「さすが、オレの御主人様だ」
満面の笑みで告げられた言葉に、私は俯いて額を押さえた。
絶対に、確信犯だ。空気を読めるはずなのに、敢えて読まないその生き方、どうにかした方がいいと思う。
「……は?」
地の底から響くような声で、カラスは呟いた。
怖い。そっち見てないのに、凄まれているのが分かる。威圧感が凄い。いつからうちの間諜は、覇気の使い手になったんですか。
チラリと視線を向けると、カラスは半笑いを浮かべていた。
でもそれは諦めによる脱力した笑い方とか、呆れ混じりのやつでなく。初めてみる種類のものだった。そう、なんていうか、凄みのあるタイプのやつ。
笑っていない紅玉の瞳が、口よりも雄弁に感情を語りかけてきた。
なにしてくれてんだ、アンタ。
ちょっと目を離した隙に、なんてものを拾っているんだ?
ひぃ、と情けない悲鳴が洩れた。
「ねぇ、そこの娘さん」
いつもの「姫さん」呼びでないのに、少し違和感があるなぁ、なんて現実逃避を試みるが、大して意味はなく。
「どういう訳なのか、聞かせてくれる?」
凄まれた私は、小さくなりながら「……はぁい」と消えそうな声で返事をした。




