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転生王女の祈り。


 リーバー隊長は、長い溜息を吐き出す。


 レオンハルト様の剣を手で退けて、その場に腰を下ろした。

 憑き物が落ちたという表現は、おそらく正しくない。でもそう表現したくなるような表情で、彼は肩を落とす。


「なるほど。どの道オレは、詰んでいたって訳か」


 気落ちしているのか、安堵しているのか。はたまたその両方か。

 穏やかな声でリーバー隊長は呟いた。


 ラーテは立ち上がって、考える素振りを見せる。


「んー……最初に隊長さんを勧誘しに行った時、貴方はオレの誘いを断ったでしょう? あの時はオレもまだ、ラプターを裏切ると決めてはいなかったよ」


 そう言ってラーテは、自分の前髪を上げた。

 この傷をもらった時ね、と額の傷を指さす。


 ラーテがラプターの間者として、リーバー隊長の裏切りを勧めたらしい。そしてリーバー隊長は、一度は断ったんだ。

 けれど、奥様の病状が悪化して揺らいでしまったのだろう。


「善政を施す国王に、誠実な王太子。賢い第二王子に、民を愛する心優しい王女。そして忠実な騎士と幸せそうな国民達。ネーベルはオレにとって理想の国だ。隊長さんがオレの誘いを跳ね除けたのを見て、ますます思った。この理想郷が壊されることはない。御伽噺がめでたし、めでたしで終わるみたいに」


 理想郷。ラーテが、そんな風にネーベルの事を思っていたなんて驚いた。


 ネーベル王国は他国に比べて気候や資源、経済面でも恵まれているとは思う。

 もちろん、兄様が誠実な人である事も知っているし、悔しいけれど父様が有能な王であると認めてもいる。でも、理想郷とは程遠い。陽のあたる場所に必ず影が差すように、闇はある。貧富の差があり、貴族の全てが清廉潔白とは言い難い。ルッツとテオを始めとする魔導師達が、幼い頃に置かれた環境もそうだ。


「なにか言いたそうな顔だね、お嬢さん」


 私の心を読んだかのように、ラーテは苦笑する。


「貴方が言いたいことは、なんとなく分かるよ。理想郷なんて存在しないって、言いたいんでしょう? オレもそれは分かっているよ。ネーベルにも暗部はある。それでもオレは、ネーベルを美しいと思うんだ」


 ラーテは遠い目をして呟く。

 まるで宝箱の中にしまったビー玉を、大切に眺める子供のような瞳で。


「ところが、隊長さんが裏切る決意をしてしまった」


 ラーテは劇の語り手のように、手振りを交えて話す。


「このままじゃ、悪の王国に理想郷が壊される。でもいくら理想郷の危機だからって、薄汚れた暗殺者が手を貸すとか、おかしいでしょ。そんな御伽噺聞いたことない」


 そう言ってラーテは、自嘲めいた笑みを浮かべる。

 ラーテにとってのネーベルは、触れてはならない宝物のように感じた。

 理想郷ではないと知っている。でもそうあって欲しい。そう信じさせて欲しい。そんな祈りめいた願いを見た気がした。


「オレには何も出来ない。ただ事態の成り行きを、最前列で眺めるだけ。そう思っていた。……お嬢さんの正体を、知るまでは」


 ラーテはくるりと振り返って、私と向き合う。

 生き生きと輝く瞳で見つめられて、私は面食らった。


「わたしの、正体?」


 戸惑いつつもオウム返しする。

 ラーテはコクコクと何度も頷いた。


「黒獅子将軍と一緒に王都からきた女の子。一瞬、高貴な存在を思い浮かべたけれど、すぐに打ち消した。髪の色が違うし、なにより王女様が自ら危険に飛び込むわけがない。お姫様は塔の上か城で、王子の迎えを待つだけの存在のはずだ」


 ぐう、と小さく唸った。

 変わり者の王女である事は、誰に言われずとも自分が一番分かっているのだ。わざわざ他人に指摘されたくはない。


「それなのに、貴方はまさかの王女様だった。寒い中、鼻を真っ赤にして、乗り慣れない馬に揺られ続けてフラフラになりながら、泣き言一つ言わずに冒険を続けた。そんな御伽噺、聞いたことがない」


 ラーテは、英雄譚を語る子供みたいに興奮気味に捲し立てた。


 一方私は、テンションだだ下がりだ。

 情けない姿をつらつらと並べたてられても、全然嬉しくない。もうちょっと格好良いシーンはなかったのかと言いたかったが、止めた。そんなものは無い。今回の旅に限定せずとも、私が格好良いシーンなんてものは、存在しないのだ。


「でも、そんな規格外の王女様がいるなら、正義側に手を貸す暗殺者がいてもいいはずだ」


 嬉しげに目を細めて、ラーテは噛み締めるように呟く。


「なにより、そんな格好良いお姫様の冒険譚が、『めでたし、めでたし』で終わらなきゃ、嘘でしょ」


「……っ」


 虚を衝かれ、目を見開く。唇をかみしめて、胸元で石をそっと握った。


 御伽噺のような終わり方、ではない。

 でも最悪でもない、そう信じたい。


「…………殿下」


 小さな声で呼ばれ、俯けていた顔をあげる。


 リーバー隊長が、私を見つめていた。何か言おうとしたが結局、彼は口を閉じる。何を言っていいのか分からないと言いたげな様子は、迷子の子供みたいだと思った。


 私はゆっくりと彼に歩み寄る。


 一メートルくらい残して、しゃがみ込んだ。向き合ったまま、言葉を探す。けれど私も言葉が出てこない。なんて言っていいか、分からなかった。


 長い、長い、沈黙が落ちた。


「……えっと」


 ようやく絞り出した声は掠れていて、格好悪い。咳払いをして誤魔化す。


「……さっきは酷いことを言ってしまって、ごめんなさい」


 リーバー隊長は意外そうに、パチパチと瞬いた。


「勢いで言ってしまったけれど、その……死んで欲しく、ない、です」


 格好つかないにも、程がある。ラーテの言う通り、こんな御伽噺ある訳ない。こんな情けない英雄譚、子供達もさぞがっかりするだろう。

 でも、言いたいことを言っておかないと、きっと後悔するから。


「生きて、ください」


「……っ」


 くしゃりと、リーバー隊長の顔が歪む。

 すぐに顔を手で覆ってしまったから表情は見えなくなってしまったが、逞しい肩が微かに揺れていた。


 どうしていいか分からずに戸惑っていると、肩にぬくもりを感じる。振り返ると、私の肩に手を置いたレオンハルト様がいた。


 彼は私と目が合うと、少し困ったみたいに眉を下げて笑う。

 しかし笑顔はすぐに消えてしまった。私の隣に跪いたレオンハルト様は、リーバー隊長へと視線を移す。静かな眼差しには、怒りも憎しみも含まれていないように感じた。


「エルンスト」


 レオンハルト様の呼びかけに、リーバー隊長の肩がビクリと揺れる。


「オレは、お前のことを許せない。おそらく、一生」


 立てた膝の上に置かれたレオンハルト様の手に、力が籠もった。感情を押し殺すかのような動作を見ていられなくて、私はつい、手を伸ばしてしまう。


 レオンハルト様の手に触れると、彼は目を瞠った。大胆な事をしてしまった自分に戸惑う私を見つめ、ゆっくりと目を細める。


 泣き笑うみたいな顔をしたレオンハルト様は、私の手にもう一方の手を重ねた。 


「だが……いや、だからこそ、生きろ。最後まで生きてみせろ」


 これから王都に戻り、リーバー隊長に、どんな判決が下されるのかは分からない。決して軽い処分では済まないだろう。


 でも私達は……それでも、彼に生きて欲しい。


 それが、エゴだと知っていても望むのだ。

 どうか、最期まで生き抜いてください、と。


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[一言] おぅ…(*꒦ິㅂ꒦ີ)
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