転生王女の北上。(2)
凍えるような冬空を背景に聳える石造りの砦は、物々しい雰囲気に包まれていた。
一切の装飾がない建物の造りのせいか、それとも辺り一面を覆う雪のせいか。平和な王都とは違い、身が引き締まるような緊張感があった。
私達を出迎えた騎士達の一糸乱れぬ動きや、凛々しい表情が余計にそう見せているのかもしれない。
砦にいる間は、騎士達の邪魔にならないようにしなきゃ。
緊張に硬くなりながらも、そう心の中で決意していた私だったが、別室に通された途端、空気が和らいだ事に驚きを隠せなかった。
「久しぶりだな、色男!」
国境警備隊の隊長は、さっきまでの厳しい表情ではなく、快活な笑みを浮かべてレオンハルト様の肩を叩いた。
しかも遠慮のなさそうな力加減で。
「王女殿下の御前だ」
レオンハルト様は眉間に皺を寄せながら、苦言を吐く。しかし隊長は、「失礼」と言いつつも態度を改めようとはしなかった。
「王女殿下はとても寛大な御方だと聞いている。田舎者の無作法を一々咎めるような事はなさらないだろう。ですよね?」
バチンとウインクを寄越され、怒りよりも笑いがこみ上げる。
色々と豪快な方のようだが、たぶん世渡りは上手そうだ。構いません、と笑顔で頷くと子供みたいな顔で「ほらな」とレオンハルト様を見た。
短く刈った金色の髪に、くっきり二重の榛色の目。意思の強さを表すような凛々しい眉に高い鼻筋。彫りの深い顔立ちや小麦色の肌、それに陽気な気質が、地球の南米系の男性を彷彿とさせた。
体つきは随分と大柄で、レオンハルト様と比べても逞しく見える。近衛騎士の団服よりも丈の短い制服が窮屈そうだ。
ラプターとの国境に拠点を置く国境警備隊隊長にして、レオンハルト様の旧知の友でもある人……エルンスト・フォン・リーバー。
彼とレオンハルト様は、騎士見習いであった頃からの付き合いらしい。
人懐っこいリーバー隊長と面倒見の良いレオンハルト様の二人は、とても相性が良かったようで、なにかと一緒に行動していたとの事。特に剣の鍛錬において、レオンハルト様の相手が務まるのはリーバー隊長だけだったそうだ。
スピードと技術はレオンハルト様が上だが、単純な力だけならリーバー隊長の方が勝る。
切磋琢磨する友人がいるという強みのお陰か、この二人に引っ張られる形なのか、レオンハルト様の同期には実力者が揃っていると聞いた。以上、ローゼマリー調べ。
ちなみにソースは、クラウスの代わりに私の護衛を担当してくれていた騎士だ。彼はレオンハルト様に心酔しているので、私よりもよっぽど情報を持っている。個人的に友達になりたいくらい親しみを覚えた。
「相変わらず、ムカつくくらいの男前だなー」
「お前に言われてもな」
バシバシと強めの力で背中を叩かれたレオンハルト様は、呆れ顔で呟く。でも、その少し冷たい態度こそが、彼等の親しさを証明しているように思えた。
「それなのに未だ独り身ってのは、どういう事だ。さっさとお前が片付かないと、無駄に惑わされる可哀想なご令嬢が増えるばかりだろ」
ギクゥ!
その筆頭がここにおりますよ、隊長!!
「余計なお世話だ」
レオンハルト様は苦々しい顔つきで、そう返した。
そうだ、そうだ! 余計なお世話だ!
もしレオンハルト様が今すぐにでも身を固めようかな、とか思ったらどう責任とってくれるんだ!
私は二人の気安い会話に、脳内で好き勝手にツッコミを入れる。
「余計なものか。愛しい女が、おかえりなさいと出迎えてくれる幸福に勝るものはないぞ?」
そういえば、リーバー隊長はかなりの愛妻家だと聞いている。
奥様は体が弱い方らしく、北方の国境警備隊に就任する事が決まったリーバー隊長は、泣く泣く奥様を王都へと残し、単身赴任する決意をしたそうだ。
だが、奥様は「貴方と離れ離れになるなんて嫌です」とついてきたらしいよ。ラブラブなご夫婦だ。羨ましすぎる。
「さっさと所帯を持てと、殿下からも言ってやってください。コイツの子供ならきっと、息子でも娘でも、王国にとって頼もしい存在となりますよ」
「えっ」
唐突に話を振られて、つい動揺してしまった。
何が悲しくて、好きな人に他の女性との結婚を勧めなければならないのか。
レオンハルト様の子供なら寧ろ私が……ゲフゲフン! 相変わらず王女らしくないどころか、女子としての恥じらいすらなくてごめんなさい。でも嫌なものは嫌だ。
それに直属の上司ではないとはいえ、私がそれ言うのってセクハラにあたらないか?
グルグルと色んな言葉が頭の中を巡るけれど、上手く言葉にならない。
この場を切り抜ける、無難な返事はないものかと悩んでいると、ふいに影が差す。顔をあげると眼の前にあったのは、レオンハルト様の背中だった。
「エルンスト。それ以上、殿下に無礼な口を利くようならオレが許さん」
私を庇うように立つレオンハルト様は、低い声で言い放つ。気の所為でなければ怒っているような声だった。
私からはレオンハルト様の顔は見えない。でもレオンハルト様の影から覗き見たリーバー隊長は、相当驚いているようだ。
榛色の目が、落ちてしまいそうな程に見開かれている。
「…………なるほど」
リーバー隊長は、ポンと手を打つ。
「なるほど、なるほど! これはオレが無粋だったようだ!」
「……なにを言っている?」
声を上げて笑いだしたリーバー隊長に、レオンハルト様は心底怪訝そうな声で問う。私も聞きたい。今の会話の流れでどうしてそうなった。
「いやいや。オレは何かと気が利かないだの無神経だの言われるが、全くその通りだな。申し訳ありませんでした、殿下。ご無礼をお許しください」
私の前に跪いて手をとったリーバー隊長は、実に楽しそうな様子で許しを請う。
訳が分からず目を白黒させつつも、どうにか頷いた。
「お気になさらないでください」
謝られている理由が不明だったので、あやふやな返事になってしまったけれど、リーバー隊長は気にした様子はなかった。
「ありがとうございます。やはり殿下はお優しい御方だ。なぁ?」
リーバー隊長は私に礼を言ってから、同意を求めるようにレオンハルト様に話しかける。
対するレオンハルト様は渋面を作りながら、リーバー隊長を睨んだ。
「だからと言って、お前が何をしてもいいという事ではない」
「分かってる。悪かったよ」
レオンハルト様は暫しの沈黙の後、溜息を吐き出す。
「二度目はないぞ」
リーバー隊長がしっかりと頷くと、レオンハルト様は怖い顔から、いつもの穏やかな顔つきに戻った。
知らず息を詰めていた私も、そこで漸く安堵の息を吐き出す。
それから話は、本題である村の情報へと移った。
地図を机の上に広げて説明を始めたリーバー隊長の顔つきは真剣そのもので、結局、何に対しての謝罪なのかは分からず終いだ。




