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転生王女の談判。(2)

 今年も皆様には大変お世話になりました。

 来年もどうぞ宜しくお願い致しますm(_ _)m

 


 父様は何も言わず、私をじっと見つめる。その瞳に宿るのは、呆れの感情だけではないと信じたい。


 室内に沈黙が落ちる。たぶん時間にして、三十秒にも満たない。でも私にとっては、一時間にも二時間にも感じた。

 顔の筋肉が痙攣しそうになっているし、背中を冷や汗が伝う。


 それでも笑顔を崩さずに保っていると父様は、フン、と鼻を鳴らした。


「……いいだろう」


 いいの!?


 言い出しておいてなんだが、絶対に却下されると思っていた。もちろん、一度や二度の却下で諦めるつもりはなく、食い下がる気満々だったわけだが。


「案自体は、そう悪いものでもないからな」


 マジですかー! やったー!!


 飛び上がって喜びたいくらいだが、父様の目の前である事を考慮し、心の中で万歳三唱する。むずむずする両手を握りしめて我慢しているが、おそらく口元は緩んでいるだろう。


「だが、まともに仕上げるまでには相当な時間がかかるぞ。突貫工事で始めるにしても、五年程度はかかるだろう。端から端まで全てが滞りなく動き始めるようになるには、何十年もの時間が必要だ」


「はい。百年かける価値があると、私は思っております」


 そう言って頷くと、父様の目が軽く瞠られた。

 まじまじと私の顔を眺めた後、瞳を眇める。


「お前は本当に、おかしな娘だ」


 私もキョトンと目を丸くする。

 面と向かって失礼なことを言われる状況に慣れつつあるせいか、特に怒りは湧いてこなかった。


「十年どころか五年先と言っただけでも噛み付いてくるかと思っていたが、まさか百年先の話をするとはな。小娘らしく青臭い事ばかり並べ立てるくせに、時折、爺のように達観している。前例がなく、まだ形さえあやふやなものに対し、価値があると断言できるのも不可解だ。お前の拙い説明もそうだ。細かい部分は何一つ理解していないにも拘わらず、完成図は頭の中に描けている口ぶり。まるで、既に現物を見てきたかのようにな」


 藪蛇。

 頭の中に、その二文字が浮かび上がった。


 かつてないほど、頭がフル回転しているのが分かる。だがカラカラと虚しい音をたてている私のポンコツ頭脳では、上手い言い訳は一個も出てこなかった。


 どうする。どうしたらいい。

 この人に全てを打ち明けても、信じてもらえるはずもないし、そもそも言いたくない。リスクが大きすぎるし、単純に嫌だ。私、未だに父様が何を考えているのか全く分からないし、正直苦手だから。


 でも、そんな事を言っている場合ではない。

 私の意思とは関係なしに、打ち明けざるを得ない状況になったら、どうしたらいいんだろう。


 しかし私の恐れを知ってか知らずか、父様は「何故だ」とは問わなかった。


「まぁ、お前の話に整合性がないのは今に始まったことではないが」


 そう言って父様はソファーから立ち上がった。

 まるで話はここまでだと言わんばかりの態度に、私は混乱した。戸惑いを顔に貼り付けたまま見上げる私を、父様は一瞥する。視線で「ついて来い」と促された。

 訳も分からず立ち上がると、父様が隣接する小部屋に向かっている事に気付く。魔王の書物を保管している場所だ。


 もしかして、場所を移してじっくり尋問するつもりか。

 そう思い当たった私は、一度足を止める。しかし、立ち止まったところで意味はない。逃げ出しても同じ。後日、更に厳しい取り調べが待ち構えているだろう。


 立ち尽くす私を、父様が振り返る。解錠し、ドアノブに手をかけた彼の目が雄弁に語る。「逃げられると思っているのか」と。


 頭の中に、レトロなゲーム画面が再生される。


 ローゼマリー は にげだした

 しかし まわりこまれてしまった!


 そういやボス戦って基本、逃げられないんだったよね。

 投げ遣りな気持ちを胸中で吐き出し、半笑いを浮かべた私は、再び歩き出した。


 久しぶりに入った部屋は、相変わらず地味な内装だが、前と少し違う箇所があった。机の上に何冊もの本が積み上げられており、且つ、一冊は開いたまま置き去りにされている。

 父様はあまり几帳面な性格ではないと気付いてはいたが、ここまでだらしなくはないはずだ。たぶん私が来る直前まで、ここで本を読んでいたんだろう。


 どっかりとカウチに腰掛けた父様は、隣を指差す。

 大人しく隣に座ると、机に放り出された本の、開いたページが目に入った。文字だけでなく図……魔法陣のようなものが描かれている。


「魔王を封印するための魔法陣ですか?」


 本に視線を向けたまま訊ねると、父様は頭を振った。


「いや、違う。別の用途があるものだ。試作段階だがな」


 別の用途?

 私が疑問を口にする前に、本は父様の手で閉じられた。


「そんな事よりも、本題だ」


「!」


 きたー!! 本題きちゃったー!!


 ビクリと肩を揺らし、背筋を伸ばす。

 逃げることも目を閉じることも叶わず、父様が口を開くのを絶望的な気持ちで見守る。


「魔王についてだが」


 ……おや?


 父様の切り出した本題は、私の予想していたものと違った。


「現時点で封印は解かれていないが、それがいつまで続くかは誰も分からない。事故か、故意か。いずれにせよ、いつか封印は解かれるだろう」


 話の流れが掴みきれていないが、頷く。

 今が大丈夫だからといって、明日も何事もないと信じるのは、あまりに危険だ。人間が施したものに『永遠』と『完璧』は、有り得ない。


「しかし、先王も先々代の王も魔王の存在から目を逸らし続けた。下手に突いて、寝た子を起こすような真似をしたくなかったのだろうな。だが、そう悠長な事も言っていられなくなった」


「……それは、どういう意味ですか」


 話が不穏な方向へと流れ始めた。

 思わず口を挟むと、父様は答えてくれた。


「ラプターの間者が、我が国の国境付近を彷徨っている」


「……ラプターが?」


 我が国の北東に位置するラプター王国は、ゲーム内では敵国だった。現在も良い関係とは言い難いが、表立って対立してはいない。


「何かを探しているようだ」


 捜し物と聞いて、それが何かと問われれば。

 今の状況では『魔王』しか思い当たらない。


「何故」、と当然の疑問が口から出た。


「知らん」


 父様は興味ないと言いたげな顔つきで、溜息と共に吐き出した。


「愚かにも御せると思っているのか、それとも別の使い道があるのか。見当もつかんが、理由などどうでもいい。大事なのは奴らよりも先に見つけ出し、相応の処置をする事だ」


「はい」


 ラプターが何を考えているかは分からないが、万が一にでも『魔王』を見つけ出されたら、最悪の事態を招きかねない。


「だが、肝心の魔王の場所が不明だ。書物を端から調べ上げても、一切記されていない」


 記すことで、誰かが封印を解いてしまう事を恐れたのか。

 それとも書き記した書物自体が、長い年月の間に失われてしまったのか。


 どちらにせよ、お手上げ状態な訳だ。

 そこまで考えて、何故か視線を感じた。斜め上を見上げると、父様と視線がかち合う。


 ……なんで見られているんだろう。

 嫌な予感しかしない。


「……何でしょう」


「いや。我が国にも、レオンハルトの伝手を使って、コソコソと国境付近を探っている娘がいたことを思い出してな」


 わ、わざとらしい……っ!

 全部知っていて、こうして話を持ち出したんでしょうに! なに、さも今気付いたみたいなリアクションをしているんだ!!


「何故、とは問わないでやろう」


 それは有り難い。けれど素直に感謝する気にもならなかった。

 だって絶対、それだけじゃ済まないはず。対価は一体、何だ?


 警戒心も顕に睥睨する私を見据え、父様は目を細めた。


「代わりに、その捜し物を見つけ出して持ち帰れ」


 父様が対価として要求したのは『魔王』でした。

 相変わらず、鬼畜がすぎるわ。



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― 新着の感想 ―
楽しく面白く読まさせていただいてます。 周回してます(笑) 気になる事が。 数は少ないですが、時々その熟語はここで使うのかな、と感じる時があります。 例えば、 〉警戒心も顕に睥睨する私を の睥睨は、…
[良い点] 毎度、父王の掌でコロコロされる王女様に和みます。 王女個人に忠誠誓うクーア族の為の施設を100年見越して作るのを了承してる時点で、もう国内から他所に嫁がせる気はなさそう…と言うか、王女が居…
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