転生王女の努力。
覚悟を決めたのはいいけれど、力の制御も出来無い人と、王女である私が会えるのだろうか。
そんな疑問が湧いたが、数週間後に、アッサリ会う事が出来た。
会えるとしても、女史の元で暫く学んだ後だと思っていた私としては、かなり驚いたが、目の前にいる少年二人の首に嵌っているチョーカーが理由らしい。
特殊な鉱石で出来ているソレは、魔力を制御出来る効力があるとの事で、つけていると30%程度しか力は使えないそうだ。
「お初にお目にかかります、王女殿下。イリーネ・フォン・アルトマン様の元で魔術を学ばせていただく事になりました。テオ・アイレンベルクと申します」
テオ・アイレンベルクは、燃えるような赤髪と、赤と黒が混じりあったような不可思議な色をした瞳が印象的な少年だった。
逞しい褐色の肌に、13歳の少年とは思えない大柄な体、快活な笑顔。軍人だと言われた方が余程しっくりくる。
「……ルッツ・アイレンベルクです」
ボソリと呟いた少年、ルッツ・アイレンベルクは、白に近い銀髪に白磁の肌、淀んだ藍色の瞳を持つ細身の美少年だ。
テオとは同い年な筈だが、色んな意味で真逆と言えよう。
でもまだこの時は、病んではいない。
化け物扱いされて人間不信になりかけてはいるものの、ちょっと捻くれている程度だ。
よーし。何とかフラグをへし折らねば!
そう決意したのはいいんだけれど……ルッツは非常に手強かった。
仲良くなる取っ掛かりが、全く見つからない。
「姫様、姫様!この薬草は、何に効くんですか?」
一方テオは、すぐに仲良くなれた。誰に対しても壁を作らない彼は、最初から友好的だったから当たり前なんだけど。
現在は、王宮の温室にて薬草の種類と効能を復習しながら手入れをしている最中だが、よく話しかけてくれる。薬草の一つを指差し、嬉々として質問する様は、体は大きくとも子供のようだ。
でもその子供っぽさも、計算のうちな気さえする。周りとの関係を円滑にする為の、謂わば処世術のようなものだろう。
向学心があり努力家。周囲とのコミュニケーションも大事にする辺り、この人、大成しそうだよなぁ。
「それは、子供用の熱冷ましね。生のまま、しぼり汁を飲むそうよ」
「うわぁ……苦そう」
「薬なんだから、仕方ないわ」
顔を顰めるテオに、私は微苦笑した。
「これは?何に効くんですか」
「それは止血薬ね。煎じて飲めば整腸作用もあるし、冷え症、腹痛等にも効果があるみたい」
「煎じて飲む……これも苦そうですね」
「でもこれ、パンに入れると美味しいの」
「えっ、そうなんですか?苦いのに?」
「茹でてアク抜きすれば、苦味は緩和されるわ。すり潰して生地に混ぜると、独特の風味があって美味しいわよ」
実はこの、ギザギザした葉っぱ、ヨモギなんだよね。
もち米と小豆があれば完璧なんだけど……今のところ見た事無い。でもいつかきっと、ユリウス様が手に入れてくれると信じている。
「さすが姫様、物知りですね。もっと色んな事、教えて欲しいです。……あ、おーい、ルッツ!お前もこっち来て、一緒に教えて貰おうぜ!」
広い温室の中、私達から離れた場所で水やりをしているルッツに、テオは大きな声で話しかける。
だがルッツは一度視線を向けた後、ふい、と逸らす。返事は無い。
テオは無視された事を気にした風もなく、駄目か、なんて笑いながら呟いた。
彼がいてくれて本当に良かったと思う。私一人だったらきっと、心が折れまくっていた事だろう。
「ルッツ。そちらへ行ってもいいかしら?」
「…………」
私が声を掛けても、やっぱり無言。肩を竦めて、どうしたものかとテオと視線を合わせて苦笑する。
だがそんな微笑ましい空気は、一瞬で霧散した。急に背後から放たれた殺気に、ゾワリと肌が総毛立つ。
振り返った私は殺気の主を睨み付け、強めの声で名を呼んだ。
「クラウス!」
「はい」
私の睥睨を受けても、クラウスは全く動じない。
悪びれもせずに、爽やかな笑みを浮かべている。本当、コイツ年々性質が悪くなって無いか……?
「止めなさい」
「何故でしょう。ローゼマリー様に対して、あのように無礼な態度。目に余るものがございます」
勝手に余らせておけばいいじゃない!
喉まで出かかった言葉を飲み込み、代わりに息を吐き出す。
「……いいから。止めなさい」
低い声で告げれば、クラウスはあっさりと引き下がる。
御意、と引き下がる男のスイッチが、本当分かんない。
誰か、クラウスの取扱説明書を早急に作成した上で引き取って下さい。尚、クーリングオフは受け付けておりません。
「……姫様は、変わった御方ですよね」
ぐったりとしながらも薬草の世話に戻ると、隣のテオが小さな声で呟いた。
視線を向けると、テオはやけに真剣な表情を浮かべている。変わった方って……私のどこが変わっているんだろうか。
外見は母様似の美少女だが、中身は残念さが漂う平凡女子ですよ?
「そうかしら?自分では普通なつもりなのだけれど」
小首を傾げると、テオは不可思議な色合いの瞳を細め、苦笑を浮かべた。
「普通の定義は分かりませんが、騎士様の反応の方が一般的です。王女殿下に向かって無礼な態度をとれば、罰せられても文句は言えない。しかもオレ達は、孤児院育ちで得体の知れないガキです。本来ならば近付く事も許されない筈。それなのに姫様は、オレ達の無礼を咎めもしないし、友好的に接して下さる」
変わった御方です、ともう一度繰り返したテオの声は、先程のものよりも優しかった。
真正面から褒められると、照れるというより気まずい。
やめて……キラッキラした目で見つめないで……!!自分がどうしようもないゲスに思えてくるから!!
「私は……」
「テオ。お前、騙されてる」
そんなに善良な人間じゃない。そう続けようと思った言葉を、途中で遮られた。
いつの間に近付いて来ていたのだろう。テオの背後にいたルッツは、氷のように冷たい目で私を睨み付けた。
「オレ達を手なずけようとしているだけだ。表面上だけ友好的でも、心の中では化け物と罵っているに決まっている」
「ルッツ!」
「無理はしない方がいいですよ、王女殿下。本当はオレ達が怖いんでしょう?」
諌めるようにテオが呼んでも、ルッツは止まらない。むき出しの敵意を私へとぶつけてくる。
でもその素直さが、逆に好感が持てた。
野良猫が威嚇しているみたいで、何か可愛いとか思ってしまったり。
「そうね。怖くないと言えば、嘘になるわ」
「……っ!!」
決めてかかったくせにルッツは、私が正直に答えると、辛そうに顔を歪めた。
本当に、素直な子だ。私なんかよりもずっと、真っ直ぐで純粋で。だからこそ傷つけられまいと必死に牙を剥くのだろう。
「魔法は私にとっては、未知の力。分からないからこそ怖いし、知りたいとも思うの。貴方達の事も、同じ」
分からないから、分かりたいと思う。
素直に心情を吐露すると、ルッツの目が一瞬、戸惑うように揺れた。
「同情は結構だ……!」
押し殺した声で呟いた彼は、私の返答も聞かずに背をむけ、立ち去った。
「……身内がとんだご無礼を。どうかお許しください」
残されたテオは、神妙な面持ちで私に頭を下げる。
やはり無邪気な子供じみた行動と言動は、テオの表面でしかない。彼の本質は、実年齢よりもずっと大人だ。
「いいのよ。公の場では流石に困るけれど、今は私達しかいないのだから」
「ありがとうございます。王女殿下」
「それも止めて欲しいわ」
「……了解、姫様」
恭しい態度のテオに苦笑を向けると、彼は頷き、くだけた口調へと戻った。
「それに、私が貴方達を恐れている事も、同情している事も事実よ」
きっぱりと言うと、テオは一瞬呆気にとられたように目を丸くした後、破顔し、吹き出した。
「ず、随分ハッキリいいますね!いっそ潔いです」
「隠しても、聡い貴方達には伝わるでしょうし」
「……やっぱり姫様は、変な御方だ。同じ意味だとしても、もっと柔らかい言い方がいくらでもあるでしょうに」
テオは笑いを堪えながら言う。その様子からは、悪感情は見つけられない。
相変わらず友好的に接してくれるテオに、私の方が戸惑う。ルッツ程にあからさまで無くとも、少しは距離を置かれるかと思ったのに。
困惑する私に気付いたテオは、今までとは少し違う落ち着いた笑みを浮かべた。
「でもその正直さが、オレには心地良いです。耳触りの良い言葉ばかりを選ぶ連中よりも、ずっと信用出来る」
「テオ……」
「たぶんルッツも、同じように感じていると思います。ただアイツは面倒な男だから、簡単には納得出来無いんでしょう。もう少し時間を置けばきっと、警戒を解くと思います」
「……貴方のように?」
思わず問うと彼は、悪びれずに片目を軽く瞑った。
さっきまでの彼と今の彼では、表情も声も違う。落ち着いた表情に、柔らかな声。おそらくこっちが本質に近い。
信用出来ると言ってくれた通り、少しだけ彼は、警戒を緩めてくれたのだろう。
あくまで『少しだけ』だが。
まぁ、それでも充分だ。
望んだわけでも無いのに、強制的に城に連れてこられた挙句、首輪を嵌められたのだから。王族なんて信用出来ないと、蛇蝎の如く嫌われても仕方ない。
そう考えると二人の態度こそ、随分と友好的に思えた。
「オレも協力しますので、頑張って下さい」
「ありがとう」
楽しそうに笑うテオに、私は曖昧な笑みを返す。
どこまで頑張れるか分からないけれど、やるだけやってみよう。
さしあたっては、
「じゃあまず、ルッツの好物でも教えて貰おうかしら」
餌付けでも、開始してみようかな。
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