表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
132/394

転生王女の親睦。(2)

 


 ぐつぐつ、ぐつぐつ。

 煮立つ音と共に、良いにおいが辺りに漂い始める。ぐるりとかき混ぜて、具材の様子を見る。


 うん、いい感じ。野菜も肉も、柔らかく煮えてきた。


 鍋の縁に浮かんだアクを掬い上げながら、額の汗を拭う。

 火の前に立っていると、全身から汗が吹き出してくる。拭うそばから滴り落ちて、まるで一泳ぎしてきたかのような有り様だ。


 近くに置いてあった手拭いに、手を伸ばす。


「失礼します」


「うっわ、暑!」


 振り返ると丁度、リリーさんとロルフが入って来たところだった。

 リリーさんは服の袖が邪魔にならないよう、襷掛けのように紐で纏めている。ロルフは、暑い暑いと騒ぎ立てながら戸を大きく開け放った。人様の家の厨をお借りしているのだから、乱暴に扱わないで欲しい。


「マリー様、お手伝いします」


「ありがとう。じゃあ、鍋を見ていてもらえますか」


「オレは?」


「そこに用意してある生地を伸ばして欲しいわ」


「りょうかーい」


 二人共、クーア族の村で、何度も一緒に料理をした仲だ。

 詳しく説明しなくても、理解して作業をしてくれる。やりやすくて有り難いし、なにより楽しい。家族で料理しているみたいな気分だ。


「…………」


 家族という単語と共に、弟の顔が思い浮かぶ。

 無言で鉄板と向き合いながら思い出すのは、数時間前のヨハンのおかしな行動だった。自分の頬を全力で叩いたり、私に詰め寄ったりと奇行を繰り返したヨハンは、顔を真っ赤に染めて脱兎の如く逃げ出した。それ以来、姿は見ていない。


 どこかで休んでくれていればいいと思うが、探す勇気が出なかった。

 私の顔を見て逃げ出したのかと思うと、会うのが少し怖い。もし追いかけて嫌そうな顔をされたら、心が折れる。そんな子ではないと分かっていても、怖気づいてしまう。


「おい、なにボーッとしてんだ」


 考え事をしていたら、いつの間にか横にロルフが立っていた。

 手には薄く引き伸ばされたチャパティもどきが数枚。


「生地の量からして、大量に焼くつもりだろ? さっさと焼き始めないと、間に合わないぜ」


 ロルフは私を押しのけて、鉄板の前に立つ。温度を確かめるように鉄板に手を翳してから、伸ばした生地を焼き始めた。何度も手伝ってもらっているだけあって、慣れたものである。


「ありがとう」


 素直に礼を言うと、ロルフは横目でちらりと私を見た。

 眉間にシワが寄っているが、怒っている様子ではない。どちらかというと、呆れているのかもしれない。


「……火の前でぼーっとすんじゃねえよ、ブス」


 ああ、心配してくれたのか。そう気づいた。

 物凄く可愛くない語尾がついているが、それは気にしない事にする。


「ブス!? 君は目が腐っているのか!?」


 バァン、と。

 いつの間にか再び閉まりかけていた戸が、大きな音をたてて開いた。


 突然、入って来るなり大声で叫んだ少年に、視線が集中する。呆気にとられた表情で固まるリリーさんとロルフ。


「…………誰?」


 異口同音。見事に二人の声が重なった。

 そういえば、忙しく駆け回っていた二人には、まだ紹介出来ていなかったっけ。


「えーっと、ヨハン……?」


「姉様の何処をどの角度から見て、ブスなんて言っているんだ!? 顔の造作どころか髪の一筋、爪の先……いや、心根まで美しい方を捕まえてブスだと!? 目が悪いのか、それとも感性がおかしいのか、どちらなんだ!」


「ねえさま……?」


 興奮気味に捲し立てるヨハンから視線を逸らし、リリーさんは私を見る。

 私は額を押さえながら項垂れた。


「はい、弟です。……たぶん」


 私は自信なさげに呟いた。




 食事を配り終え、私達が休憩する頃には辺りは真っ暗になっていた。

 私とリリーさんとロルフ、そしてヨハンというカオスなメンバーだ。沈黙が重い。


「……ヨハン」


「っ、は、はい!?」


 そっと小さな声で呼びかけると、ヨハンの肩が大きく揺れた。声も裏返っている。


「スープ、どうぞ。熱いから気をつけてね」


「あ、ありがとうございます」


「私が作ったものだから、城で出る料理には遠く及ばないけれど、不味くはないはずだから」


「姉様の手作り……」


 手渡すと、ヨハンはぎこちない手付きで受け取った。頬が赤いのは、ランプの灯に照らされているからだと思いたい。拝む動作をして「尊い……」とか呟いているのも空耳だ、きっと、おそらく、たぶんね!


「……お前の弟、変なやつだな」


 それな。

 ロルフの言葉に、全力で同意したくなったのは初めてだ。


 どうやら嫌われていなかったようだと安心していいのか、頭を抱えた方がいいのか分からない。素直に喜ぶには、聞き捨てならない言葉が多すぎた。


 四年会わないうちに、姉離れしたんだと思っていた。男の子の成長は早いなあ、なんて喜びながらも少し感傷的になっていたというのに、だ。


 うちの弟、なんかおかしな方向に進んでないかな!?

 ていうか、心根まで美しいって誰のこと!? 言っとくけど君の姉様の心根は、割と薄汚れてるよ!!


 なんか離れていた間に弟が、勝手に私の事を美化している。

 幻想というか、虚像というか。理想の姉像という分厚いフィルター越しに見られている気がするんだよね……。


「マリー様、どうぞ」


 炒めた具材を巻いたチャパティが、私の前に差し出される。

 リリーさんにお礼を言って、受け取った。


 うん、弟が変なのは取り敢えず横においておくとして。まず、ご飯食べよう。明日もいっぱい、動く予定だし。

 チャパティを頬張りながらヨハンの様子を見ると、スープを冷ますために息を吹きかけていた。


「……!」


 スープを一口飲んだヨハンは、目を丸くする。思わず、といった風に零れた「美味しい……」という一言が嬉しい。


「口にあって良かったわ」


「姉様、料理なんて出来たんですね?」


 そういえば、ヨハンに何かを作ってあげた記憶はない。


「マリー様のお料理は、どれも絶品ですよ」


「まあ、不味くはないな」


 リリーさんとロルフが言うと、ヨハンは難しげな顔で俯いた。スープの入った椀を両手で持ったまま、じっと視線を落としている。


「ヨハン……?」


「僕は、知らなかった。姉様が料理上手な事とか、薬師の知り合いがいるとか。……どうしてヴィント王国にいるのかも、なにも」


 拗ねた子供みたいな声と表情が、幼い頃のヨハンのソレと重なる。


 離れていた間に、お互い、知らない事が山程増えた。

 でもきっと、変わらないものもあるのだ。


「そうね……じゃあ、少し話しましょうか」


 それから食事を終え、お茶をしながら今までの話をした。

 ヨハンが留学してからの四年間、私がなにをしていたのか。話が進む度にヨハンの顔色が悪くなり、リリーさんが涙ぐんで、ロルフが呆れていた。


 改めて思う。私、王女として規格外だったりするよね……。

 跳ねっ返りの自覚はある。うん、一応。


 .

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
四年合っていない間にシスコンが悪化して居るみたい
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ