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転生王女の決意。

 


「チェックメイト」


 カツン、と硬質な音とともに、盤上から白のキングの逃げ道が塞がれる。

 ふぐ、と呻きながら私は、盤を睨んだ。


 どこかないか、何処かに活路は……。

 グルグルと脳をフル回転させても、道は見えない。

 どう足掻いてももう無理だ。私の小さな脳ミソでは、この憐れな王様を逃がしてあげる事は出来無い。


 私は悔しさに歯噛みしそうになるのを何とか堪え、嘆息一つで苛立ちを逃がす。キングの駒を指先で倒すジェスチャーをした後、小さく呟いた。


「……負けました」


 ああもう、悔しい。悔しい!

 私の稚拙な戦略のせいで何度、この動作をした事だろう。……否、何度目かなんて、指折り数えずとも覚えている。悔しくて忘れられない連敗記録、黒星は32個目だ。


 一体、何が悪いんだろうと盤を凝視している私の耳に、押し殺したような笑い声が届く。

 バツが悪い気分になりながら私は、ゆっくりと顔を上げ、笑い声の主へと視線を向けた。恨みがましい目になってしまうのは、仕方ない。

 勝者に笑われて気分爽快な敗者が存在するのなら、教えて欲しいくらいだ。


「笑うなんて、酷いわ。兄様」


「すまん」


 抗議をするとクリストフ兄様は、長い睫に縁どられた薄藍の瞳をゆるりと細める。喉を鳴らして笑う姿は、随分と大人びた印象を与えた。


 兄様は先日13歳になったばかりの筈だが、そうは全く見えない。

 ソファーの背凭れに深く身を沈め、膝の上で手を組む動作は、成人前の少年とは思えない貫録と色気が漂っている。


「ローゼは感情が顔に出やすいな」


「……そうでしょうか」


 むに、と己の頬を指先で軽く押す。


 そんな事、初めて言われた。

 無表情がデフォルトな兄様に似てしまったのか、私の表情筋は、あまり仕事をしない。動揺を悟られたくない時には有難いが、もう少し表情豊かな方が、女の子としては可愛いんじゃないかと常々思っている。


「口惜しいと、顔に書いてあるぞ」


「…………」


「チェスを指すようになって初めて気付いたが、ローゼはかなりの負けず嫌いだな」


「だって、全然勝てないんですもの」


 あっさりと言い当てられ、私は拗ねてそっぽを向いた。

 確かに私は負けず嫌いだ。勿論、自覚もある。争いごとはあまり好きではないが、やるからには勝ちたい。例え尊敬する兄が相手でも、完膚なきまでに叩きのめしてみたいと思っている。

 可愛げがなくて結構。女子力で敵が倒せるもんか。


「お前の手は、素直過ぎるんだよ。もう少し腹芸というものを覚えなくてはな」


 正論過ぎて、ぐうの音も出ない。

 この時ばかりは、大好きな兄様も憎らしく見える。ちょっと……いや、結構、いや輝かんばかりの奇跡的な美形だからって、調子に乗って……もいないな。

 美形なのに驕ったところもない努力家。クールに見えるけど弟妹に優しい。

 くそう兄様!心の中でディスる事も出来無い完璧人間とか、狡過ぎる!


 大体、こうして私とチェスを指してくれているのだって、忙しい合間を縫って、妹の様子を見に来てくれているのだ。

 ヨハンが隣国に留学した去年から、私が一人で寂しい思いをしていないかと、気にしてくれている。


 くそう兄様!(二度目)

 恰好良い上に優しいとか、少女漫画のヒーローか!王子様か!あ、王子様だった!


「……いつか、兄様と対等な勝負が出来るよう、精進しますわ」


「楽しみにしている」


 少しむくれながらも負け惜しみを口にすると、兄様はふわりと柔らかな微笑を浮かべた。

 本当、狡いなぁ……。


 二重の意味で負けた気になりながら駒を片付けていると、すぐに帰ると思っていた兄様は駒を一緒に片付け始める。

 私がやるからいい、と言っても、『話があるから』と一蹴された。


 話って、何だろう。


 改まって言われて、何か少し緊張してきた。

 駄目出しじゃありませんように、と願う私を前に、兄様は常の無表情のまま口を開いた。


「近々城に、魔導師が来る」


「……魔導師?」


 兄様の言葉を繰り返し、私は呆然とした。


 魔導師って、あの魔導師??

 攻略対象であり、死体愛好家である、私のトラウマのアイツですか!


 まだまだ先だと思っていただけに、衝撃も大きい。

 私の頭の中に、バッドエンドのスチルが鮮明に蘇る。


 ヒロインに裏切られたと思い込んだ魔導師が、彼女を殺め、氷漬けにしてしまうという悲劇的な終わり方だ。普段は笑わない魔導師が、恍惚とした笑みを浮かべ氷像となったヒロインに口付け、一言。

『物言わぬ君が、一番愛しい』と。


 イっちゃってる笑みを浮かべる魔導師のスチルは、とても美麗で、一部には大人気だったが、私はコレは無いと思った。

 だってあのセリフ、ヒロインの人格全否定だよね?遠回しに、顔と体だけ好みと言われているも同然だよね??


 しかもこの魔導師、バッドルートが異様に多い。少しでも揺らごうものなら即詰み。

 疑っても駄目だし、怖がっても駄目。受け入れすぎても駄目。魔導師とのトゥルーエンドを迎えるには、非常に細く不安定な道を綱渡り感覚で進んで、ゴールまで辿り着くしかない。

 バッドルートに入ってしまったという証でもある、魔導師の笑顔が、トラウマになった。あいつ、トゥルーエンドでも笑わないのに、バッドルートだと終始にっこにこなんだよね。怖いわ。


 キリキリと痛み出した胃を抱えながら、私は兄様の話の続きを聞いた。


「正しくは魔導師見習いだが。お前の教師でもあるアルトマン女史の元へ、弟子入りする事になる。名前はルッツ・アイレンベルクと、テオ・アイレンベルクだ」


 お弟子さん、ね。

 まぁ、表向きはそう言うしかないな。


 イリーネ・フォン・アルトマン様は、私に薬学及び天文学を教えて下さる先生で、王家お抱えの魔導師でもある。

 凛とした佇まいの細身の美女で、年齢不詳。私的には二十代前半に見えるのだけれど、何かの話のついでにポロリと、私の母よりもずっと年上だと仰っていた。うちの母様、こないだ三十歳になったんですけど……。


 魔導師って何でもアリなの、と言いたくなるところだが、この世界の魔導師っていうのは、ファンタジー小説における魔法使いとは少し異なる。

 イオナズンとかアルテマとかサイクロンとか、そんな派手なものは無い。


 自然に宿る精霊の力を借り、火や水を生み出す事は出来るが、微弱なものだ。火は灯火だし、水は湧き水……しかもチョロチョロと染み出る程度だから一向に溜まらないっていう。

 でも、その程度の力ですら稀少だ。

 大半の魔導師は、木々や花を上手く育てられる緑の手を生かし、薬の研究をしたり、大気の流れを読んで天気予報したりと、薬師や祈祷師まがいの仕事をしている。


 魔法の力はどんどん失われ、いつか絶えるであろうと言われているこの世界に、極稀に、『本物』が生まれ落ちる事がある。

 そのイレギュラーこそルッツとテオの二人だ。


 攻略対象の一人、魔導師ルッツ・アイレンベルク。

 彼は氷属性の魔法を自在に操る、稀代の天才だ。


 もう一人のテオ・アイレンベルクは、ルッツのルートに深く関わるサブキャラで、火属性の魔法の素質を持つ有望な若者である。

 ちなみに姓は一緒だが、兄弟では無い。テオとルッツは同じ孤児院出身で、『アイレンベルク』とは育ての親である神父様のファミリーネームだ。


 彼等が王宮へと来た理由、それは『監視』と『保護』である。


 魔法が消えかけたこの世界で、大きな力を有する彼等は、異端だ。

 人々の恐怖を煽り、排除の対象になりかねない。その前に国が保護し、能力の正しい使い方を学ばせ、国を支える魔術師を育成する事こそが目的である。


「同じ師の元で学ぶのだから、お前は会う機会も多いだろう。仲良くしてやってくれ」


 ……正直、会うのは怖いけれど、会わないと駄目だ。

 今回の魔導師は、ローゼマリーに直接の関わりは無い。神子姫が彼を攻略しようとしなかろうと、ローゼの未来には全く影響がない。

 ただ、彼を放置すると、死人が出る恐れがある。


 分かっていて見ないフリをするのは、流石の私も良心が咎める。そんな事をすれば私は、自分を恥じながら生きていかなくてはならない。

 これからの長い人生、そんな苦行は御免蒙る。


「……はい」


 兄様の言葉に、私は神妙な面持ちで頷いた。


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