転生王女の再会。(2)
はいはい、と投げやりな返事をして、ヴォルフさんはゲオルクの後をついていく。大丈夫かなと多少の不安を抱えながら、その後ろ姿を見送った。
「ねぇ、マリーちゃん」
ビアンカ姐さんに呼ばれ、視線をそちらへ戻す。すると彼女は、とても真剣な顔付きをしていた。
「マリーちゃんも、一緒に行く気なのよね?」
何処に、とは聞かずとも分かった。だから私は、ひとつ頷いた。
病が蔓延しているかもしれない場所へ、王女自らが赴く。それは決して合理的とは言えない判断だろう。
医者でもなく、薬の知識も半端な私が行ったって、出来る事は多くない。ならば周りに迷惑をかけないように、大人しく安全な場所にいる方が賢明だ。
頭では、そう理解出来る。でも出来ない。そうしたら私が私でなくなってしまう。
利口な生き方は私には無理なんだと、やっと分かった。
「…………そう」
ビアンカ姐さんは、私が頷いた瞬間、辛そうに顔を歪めた。咄嗟に開いた唇は、もしかしたら引き止める言葉を告げようとしたのかもしれない。だが唇を噛み締めた彼女は、眉を下げて笑って頷いた。不器用な笑顔は、彼女の弟のソレに良く似ていた。
「貴方なら、そう言うんじゃないかって気はしていたわ」
肩口に額を押し付けるような形で抱き寄せられる。
細い指が、そっと髪を梳いた。
「私はきっと足手まといになってしまうから、一緒にはいけない」
「はい」
「でも、どうか無理はしないで。一人で頑張ってしまう前に周りを頼ってね?」
コツリと額と額が合わさった。間近で覗き込む瞳に篭った慈愛と、優しく頬を包む手が、まるでお母さんみたいで。心配かけていると分かっているのに、嬉しくて、少し擽ったくて困る。
「はい」
照れ笑いを浮かべて頷いた私を見て、ビアンカ姐さんは眦を緩めた。
彼女は私の頬を一撫ですると、空気を変えるように『そういえば』と言いながら顔を上げる。
「ミハイルは貴方について行くから、遠慮なくこき使ってあげて」
「よ、よろしくお願いします!」
「えっ」
ビアンカ姐さんに導かれる形で体の向きを変えると、正面になったミハイルが勢いよく頭を下げた。私が思わず、驚きの声をあげる。
「たぶん、いえ、絶対、役に立ってみせますので!」
「いえ、それは知っているけれど、そうじゃなくて……いいの?」
ミハイルが来てくれるのなら、とても頼もしいと思う。彼の癒しの力があれば、救える命はきっと増える。でも命の危険がある場所に、一緒に来てとは言えなかった。
「もちろん」
ミハイルは即答して、相好を崩す。
「人の命を救うお手伝いが出来るなら、こんなに嬉しいことはありません」
柔らかく細めた目には、決意の光が灯っていた。
そうだ。彼は穏やかに見えて、情熱的。人助けをするために、平穏な生活が約束された神殿を飛び出し、国中を渡り歩くような人だった。
知っていたのに、一緒に来てと言えなかったのは、私の弱さだ。命に関わることだから自分で決めるべきだなんて、ただの逃げ。ミハイルの命を背負う覚悟がなかっただけだ。
多くの人を助けたいと願うなら、私から頭を下げるべきだったのに。
「こちらこそ、よろしくお願いします……っ!」
忸怩たる思いを抱えながらもお願いすると、ミハイルは嬉しそうに頷いてくれた。
絶対に、病に苦しむ人達を助けよう。
そして絶対に、皆で揃ってネーベルに帰ろう。
口には出さず、心の中で誓う。
欲張りで何が悪い。大団円を望んで何が悪い。全部守って、全員連れて帰るんだ。そのためには、どこまでだって図々しくなってやる。
拳を握りしめて、私は決意した。
「マリー! 用意が出来たら、先に馬車に乗っていて頂戴」
遠くから聞こえたヴォルフさんの声に、我に返る。
のんびりと物思いに耽っている場合じゃなかった。
「じゃあ、ビアンカさん。慌ただしくて申し訳ありませんが、そろそろ行きますね」
「分かったわ。先にネーベルに戻って、貴方達の帰りを待っているから」
「はい……あ、あの。出来れば、お願いがあるんですが」
「なにかしら? 私に出来ることなら、何でもするけれど」
「ネーベルに帰るまで、クラウスの事をお願いしてもいいでしょうか?」
私の言葉を聞いたビアンカ姐さんは、虚を突かれたように目を丸くした。
「おそらくゲオルク様が、帰国の手配までしてくださっていると思うんですが……怪我が酷かったので、少し不安で。出来れば、ついていてあげて欲しいんです」
クラウスの怪我は、すぐに治るようなものではない。ミハイルがある程度塞いでくれたとはいえ、動けるようになるまでは、まだまだ日数がかかるだろう。
出来れば、ゆっくり療養してから帰国して欲しい。でも、きっとクラウスの性格を思えば、それもまた難しい。
せめて、あと半月くらいは大人しく治療に専念して貰えるよう、お目付け役をお願いしたいのだ。
「間違っても、私を追って来ないように、見張って欲しいんです。出来れば、一声かけてから行きたいんですけど……時間もないですし、休んでいるクラウスを起こすのも可哀想ですしね」
「……あの、マリーちゃん?」
ビアンカ姐さんは、なんともいえない微妙な顔で口籠る。
やっぱり駄目だろうか。確かに、頑固なところのあるクラウスを止めるのは、難しいとは思う。でも他に、適任はいない。
どうにか受けて貰えないだろうかと、私はビアンカ姐さんを説得しようとした。
だがビアンカ姐さんの様子を見ると、嫌がっているというより、戸惑っているように見える。暫し逡巡していた彼女は、私の視線を誘導するように振り返った。
「もちろん、言われずとも彼を本国まで引き摺って帰るつもりなんだけれど……その、ね?」
ビアンカ姐さんらしからぬ、歯切れが悪い様子に首を傾げる。
彼女の意図は分からないが、視線を追う形で辿り着いたのは一本の木だった。なんの変哲もない、どこにでもありそうな高木。
その幹に隠れるように、誰かがいた。
「……ん?」
目を凝らした私は、思わず見間違いかと目を擦る。
だが見覚えのある……ありすぎる顔に、変化はない。
らしくもなく、萎れた様子で立ち尽くすその人に、疑問が山のように浮かぶ。
なんでいるの。なんで隠れてるの。なんでそんな叱られた犬みたいな顔してるの。
次々と浮かぶ疑問を処理出来ない私は、現実逃避気味に思う。
なんか、あんな感じの顔文字あったなぁ、って。
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|ω・`)←これ。
なんか長くなってしまい、一旦切りました。
上手く纏められるスキルが欲しいです……。




