転生王女の再会。
再びローゼマリー視点です。
ころころ変わって申し訳ありませんが、もう少しだけ同時進行にお付き合いください。
「ひぃいいいいっ」
「頭の上で叫ばんでくださいよ」
叫びたくて叫んでるんじゃない!!
そう否定したくても、開いた口から洩れるのは意味をなさない音の羅列、悲鳴と嗚咽だけだった。
「少しでも早く麓にたどり着きたいでしょ? 多少揺れるのは我慢してくださいよっと」
軽口を叩きながらカラスは、山道を駆け下りる。背中に私を背負っているとは思えない、身軽な動きと驚異的なスピードで。
クーア族の皆の支度が終わり、速やかに下山してゲオルク達に合流する事となったのだが、問題が一つ。
足手まといともいえる私の存在だ。
私の歩調に合わせていたら、日が暮れてしまう。だからといって、責任者たる私を残して先に行くわけにもいかず。ならばと手を挙げたのはカラスだった。曰く、自分が背負ますよと。
確かに、私が自分で歩くよりもカラスに背負われた方が、ずっと早いだろう。
父様に報告される事を考えると、あまり気は進まないが、今はそんな事を言っている場合ではない。
お願いしますと言った私に、カラスは笑って承りましたと返した。面倒事を押し付けられたとは思えないほど、楽しそうな顔した彼に、私は一抹の不安を覚えたのだが。
「し、しぬううう!」
「死なない、死なない。アンタ意外と丈夫だから、ちょっと落としたくらいじゃ、なんとも無いでしょ」
そんな訳あるかあああああ!!
山道だぞ!? しかも横は崖だぞ!? ちょっと落ちたら即死だわ!
至極楽しそうに笑いながら、適当な扱いをしないで欲しい。王女ぞ、我王女ぞ?
文句の一つくらい言いたくても、出てこない。眺めの良すぎる景色と、揺れる視界の不安定さに、自然と涙が滲んでくる。
「舌噛んじゃマズいから叫んでないで、ちゃんと口閉じててください」
自然と口から洩れるんだよ!
てゆうか叫んでると、多少恐怖が緩和されるから許して欲しかった。
「それとも、速度を緩めます? もしくは、ゆっくりと自分の足で下山しますか?」
からかい混じりの声音は、さっきまでと同じトーン。でも何故か、試されているような心地になった。
だが、どうしてそう思ったのか。もし当たっているのなら、何故、試されているのかまでは分からなかった。というよりも、そこまで深く掘り下げるだけの精神的余裕がない、というのが正しい。
だから言葉は意識しないまま、唇からこぼれ落ちた。
「その、ままで。可能な限りの速さで、お、願いしますっ」
私の心の安寧と、誰かの命を秤にかけたら、どちらに傾くかなんて考えるまでもない。
グイと手の甲で、滲んでいた涙を乱暴に拭う。
口を引き結び、カラスにしがみ付く手に力を込めると、喉を鳴らすような笑い声が聞こえた。
「了解」
言うなり更に上がったスピードに、気が遠のきかける。
やっぱりちょっと、すこーしだけ手加減して欲しいなあ、なんて。頭の隅で思ったが、今更言えるはずもなかった。
そうして、辿り着いた麓の村で。
魂の抜けかけた私を出迎えたのは、幌付きの大きな荷馬車が四台。普通サイズの馬車が二台。それから。
「マリーちゃんっ!!」
呼ばれて振り返るのと同時に、伸びてきた腕に加減のない力で抱き締められた。豊満な胸に顔を埋めると、良い香りに包まれる。
魅力的な大人の女性である彼女に似合いの、甘すぎない上品な香り。
「無事で良かった……っ」
「ビアンカさん……」
ビアンカ姐さんの声は震えていた。痛いくらいに抱きしめる腕も、カタカタと小刻みに揺れている。いつも毅然とした彼女の頼りなげな様子に、私の胸が締め付けられるように痛む。一体、どれほど心配させてしまったのだろう。
「心配かけて、ごめんなさい」
「元気でいてくれたなら、いいのよ」
ビアンカ姐さんは、そう言って健気に微笑む。
うう……罪悪感が半端ない。私がクーア族の村で暢気に暮らしている間も、きっとずっと心配してくれていたんだろうな。
大人しくビアンカ姐さんに抱き締められていると、背後にいたミハイルとゲオルクの存在に気付いた。
ミハイルは眉を下げて笑う。ゲオルクは眉間に皺を寄せ、唇を引き結んでいる。怒っているのかとも思ったが、違う気がした。
「お二人にも、心配をおかけして申し訳ありませんでした」
「っ、いいえ。ご無事でなによりです」
ゲオルクは息を詰めて、顔を歪める。しかし泣き出す子供みたいな顔は、瞬きの間に消え失せて、冷静な表情に変わっていた。
「それから私の無茶な願いを叶えてくださって、本当にありがとうございます。貴方には何度助けられたか分かりません」
馬車を用意してくれた事に対し感謝の言葉を伝えると、ゲオルクは苦笑いを浮かべる。
「……もっと頼って頂きたいくらいです。お力になりたいと願っているのに、僕に出来るお手伝いは、ほんの小さなことばかり。貴方はどんな難題でも、ご自分の力で解決出来てしまうから」
ゲオルクの言葉に、私は戸惑う。
彼が私にしてくれた事は、決して小さくなんかない。クラウスが大怪我をした時に、ミハイルを連れてきてくれた事も、今も。
でもゲオルクに、誇らしそうな様子は微塵もなく。
彼は視線を私の背後へと向けた。
そこにはヴォルフさんを含む、三十五名が立っている。外套のフードを被っている為、特徴的なアッシュグレーの髪や蜂蜜色の瞳は見えない。彼等に関する説明はまだしていないが、ゲオルクはおそらく、彼等がどういう存在なのか知っているのだろう。
ゲオルクは、私の代わりに彼等……クーア族を探そうとフランメまでやって来た。
でも私は、待っていて欲しいという彼の言葉に従わず、旅に出た。
当時の私の中に、全ての責任を人に押し付けて、平和な城の中で待つという選択肢はなかった。
だが、ゲオルクの厚意を踏み躙る形になってしまった事は、後悔している。
ちゃんと私の考えを伝えて、分かって貰えるまで話せば良かった。
「任せて頂けなかったのは、少し悔しい」
「……ゲオルク様、私は」
「でも同時に、貴方らしいとも思うんです」
「え……?」
俯きかけていた顔をあげる。目を丸くした私を見て、ゲオルクは笑った。さっきまでの苦笑ではなく、通常時の落ち着いた笑みでもなくて。してやったりと言わんばかりの、子供みたいな笑顔だった。
「貴方はいつも、誰かを救うために全力を尽くしている。それでこそ、マリー様だ」
ゲオルクは嬉しそうに、少しだけ寂しそうに呟く。独り言みたいに言うだけ言って、私の反応を待たずにゲオルクは歩き出した。
ヴォルフさんを一瞥し、呼びかける。
「おい、そこの」
「言葉遣いがなってないわね、お坊ちゃま」
呆れの混ざったヴォルフさんの言葉に、ゲオルクは不機嫌そうに片眉を跳ね上げた。
「アンタには言いたいことが山のようにあるからな。……だが、それは後回しだ。荷物と人を振り分ける。来てくれ」
ヴォルフさんは藪蛇だと言わんばかりの顔付きで、肩を竦めた。
そういえば、ヴォルフさんが私を攫った事は、バレているんだろうか。
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