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転生王女の焦燥。

 


 水を打ったような静けさ、という言葉がある。

 大勢の人がいるのに、場が静まりかえる事を意味するらしい。水を打った後の地面は、埃がたたないからとか何とか。まぁ、豆知識は横に置いておこう。

 それよりも問題なのは、私が現在進行形で体感している事だ。そう、今。なう、だ。


 室内の人数は、私とヴォルフさんを含め九人。部屋は十畳くらいありそうだが、これだけの人数がいると圧迫感がある。そんな犇めき合っている状態にも関わらず、誰も口を開かない。息苦しい原因は、精神的なものか、はたまた物理的なものなのか。


 両サイドに二人ずつと、背後に二人。そして上座に一人。つまり、四方を囲まれている状態だ。物凄い居心地悪い。逃げたい。逃げられそうにないけど。


「ヴォルフ。お前は一体、どういうつもりだ」


 重苦しい沈黙を破ったのは、上座に座る男性だった。年の頃は五十代後半くらいだろうか。眉間の皺や、への字を描く薄い唇が、気難しい雰囲気を漂わせる。体格は細身。白髪を後ろに撫で付け、作務衣に似た民族衣装を着こなす姿は、まさに医者といった風情。ヴォルフさんとは全くイメージが重ならないが、目元だけ良く似ていた。おそらく、この人がヴォルフさんの父親であり、現族長。


 彼は厳しい顔付きで、ヴォルフさんを睨め付けた。


「余所者を村に招き入れるなど、前代未聞。掟を破って、ただで済むとは思っていないだろうな」


「まぁね」


 鋭い視線に晒されても、ヴォルフさんは微塵も萎縮しなかった。

 飄々と返すヴォルフさんに、族長の眉間の皺がより深くなる。


「次期族長であるお前が、何故こんな馬鹿な真似をした」


「クーア族の為になると思った。そう言ったら信じてくれるかしら?」


「信じて欲しかったら、まずは、そのふざけた態度と口調を改めろ」


 吐き捨てるように言われたヴォルフさんは、欧米人のように肩を竦めてみせた。


「使っているうちに慣れちゃったのよ。いいじゃない。こんな口調の奴がクーア族だなんて、誰も思わないでしょう?」


 どうやらヴォルフさんは、クーア族であるとバレない為に、オネエ口調で喋っていたらしい。確かに、外見と口調のギャップが大きすぎて、そっちにばかり気を取られていた。薬に詳しかったり、怪我の処置や看病が手慣れていたりもしたのに、ヴォルフさんがクーア族かもだなんて考えた事なかったし。効果はあったと言える。

 時々、男言葉に戻っていたのは、そっちが素だからなんだろうな。


「どうだかな」


「あら。どういう意味かしら」


「世慣れしていない娘を騙すために、無害なフリをしていたんじゃないのか?」


 視線を向けられて、ビクリと肩が跳ねた。

 世慣れしていない娘って、もしかしなくとも私の事か。


「実の息子に対して、あんまりな言い草ね」


「実の息子がお前のような馬鹿で、本当に残念だ。こんな幼い娘を誑かして来て、山奥で一生を終えさせる気か」


 ……ん?

 黙って二人の会話を聞いていた私は、そこで漸く、話の流れがおかしい事に気付いた。


「幼くても、この子は凄いわよ。薬の知識は豊富だし、治療も出来るわ。私達の知らない病の対処も知っているんだから」


「それが目的か。先祖代々受け継いできた知識だけでは満足出来ず、新しいものを取り込もうと言う訳だな。……貪欲なお前らしい」


 族長は頭痛がすると言いたげに、額を押さえて嘆息した。


「長! まさか、お認めになるつもりですか!?」


 今まで静観していた周囲が、にわかにざわつき始める。


「私だって認めたくはない。だが、こうして連れ帰って来てしまった、今、他にどうするというのだ」


「それは……」


「村の場所を知られてしまった以上、元居た場所には帰せない。かといって、一生牢屋に閉じ込めておく訳にもいかんだろう」


「だからといって、次期族長の嫁が余所者だなんて!」


 やっぱり!! 今、嫁って言ったよね!?

 私の扱い、主候補じゃなくて、ヴォルフさんの嫁候補になってるんですけど!?


「しかも、その娘の容姿、フランメの人間ですらないでしょう。いくら新しい知識や技術を取り込みたかったとしても、外国の人間の血をクーア族に入れるなど……先祖になんと言って詫びればいいのですか」


 いやいやいや。

 クーア族に血を混ぜるつもりなんて、一切ないから。私が血を混ぜ込む気満々なのは、オルセイン家だけだから!

 レオンハルト様及びオルセイン家の方々が聞いたら戦慄しそうな叫びを胸中で吐き出しつつも、私は動揺していた。


 混乱した頭で理解できたのは、ヴォルフさんの第一の目的であった『嫁探し』すらも、彼の独断であった事。そしてクーア族はとことん排他的な性質で、嫁取りを含め、外の人間を村に入れる事自体が禁じられているという事だ。


 これ、私が嫁候補じゃなくて主候補だなんて言ったら、とんでもない事になるんじゃないか……?


 私が固まっている間にも、喧々囂々と言い争いは続く。

 ヴォルフさんの進退や、私の処遇など、好き勝手に言っているが割って入る勇気はない。寧ろ、なるべく気配を消す方向性で努力していた。四面楚歌の状態で、更に火に油を注ぐ真似はしたくない。私だって我が身が可愛いんだ。


 しかし、ヴォルフさんは空気を敢えて読まなかった。


「この子は、私の嫁じゃない」


 残念ながら、ヴォルフさんの良く通る声は、喧騒に紛れてはくれなかった。

 室内がしん、と静まり返る。ヴォルフさんの発言を受けて、人々は戸惑うように互いの顔を見合わせた。なにを言っているのか、理解できないという顔だ。


「何を言っている? なら、その娘をどうする気だ。他の村人に嫁がせるとでも言うつもりか?」


 村人達の疑問を、族長が代表して問う。


「まさか。この子を嫁に迎えるには、高い身分と爵位が必要なのよ。こんな小さな村の人間なんかお呼びじゃないわ」


「……身分と爵位だと?」


 室内に緊張が走る。一石を投じた水面のように、動揺と混乱が広がっていく。

 族長は、押し殺した低い声でヴォルフさんの言葉を繰り返した。獣の唸り声のように、恐ろしい声と迫力のある視線。しかしヴォルフさんは微塵も気圧される事なく、ニヤリと口角を吊り上げた。


「そうよ」


 あああああああ、止めて。止めよう。今はまだその時ではないよ!

 覚悟を決めた男の顔で笑うヴォルフさんとは違い、私は往生際悪く、心の中で叫ぶ。


「こちらに御座すは、ネーベル王国の第一王女。ローゼマリー・フォン・ヴェルファルト殿下」


「は……」


 息を吐くような呟きが、誰かの口から洩れた。

 理解の範疇を超えると、人は皆、同じような顔付きと反応になるらしい。呆気にとられた人々の顔を眺めながら、私は現実逃避気味にそう思った。


「私達、クーア族の主人となる方よ」


 あっちゃー。

 私は小さな声で呟いて、天を仰いだ。


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