さようなら
若菜視点で物語が進みます
胸騒ぎがした。
居ても立ってもいられなくて、院長に断りを入れて医局を出る。
すぐに3階に上がり、一般病棟への渡り廊下を急ぎ足で渡る。
気持ちばかりが焦って、走っても走っても進まない。
自分の足音だけが廊下に響く。
薄暗い廊下の前方は真っ暗で、夢の中に居るようで現実味が無い。
やっと目的の病室に辿り着き、勢いに任せて引き戸を開ける。
薄暗い病室の中。
静かに瞳を閉じてベッドに横たわるあなた。
その側に佇む金色の光を纏った少年。
「・・・何、してるの?」
その少年に向けて、やっと絞り出した私の声はひどく掠れてた。
少年は何も言わず黙って私を見ている。
その碧い瞳にあるのは、ただただ深い悲しみ。
背筋がざわついた。
私は弾かれたように晃のもとに駆け寄る。
すぐに晃の首元に手をあて脈を確認する。
「!!」
今度は布団をどけ、パジャマを肌蹴て胸元に耳を寄せる。
反射的にナースコールを押し、心肺停止な旨を伝え必要な器具を要請する。
気道を確保し口から直接空気を送り込み、心臓マッサージを施す。
一連の動作はスムーズで、医局を出たとき同様に現実感が無い。
そうよ。
これは、夢。
悪い夢よ。
やがて一般病棟の担当の医師や看護師がやってきて、狂ったように心臓マッサージを繰り返す私を晃から引き離す。
医師がなにやら看護師に指示をし、晃の腕に注射を刺す。
私はその様子を床に座り込んだまま見ていた。
ふと、その奥に居る金髪の少年が目に入った。
途端に湧き上がる恐怖。
晃を失うという恐怖。
「駄目よ!連れて行かせない。晃を死なせはしないわ!!」
私は必死になって金髪の少年に向かってそう叫んだ。
少年に掴みかかろうと立ち上がるが、足が縺れて転びそうになる。
誰かが支えてくれた。
目の前にある蝶々結びの黒いネクタイ。
あの少年だ!
私は反射的に顔を上げる。今にも泣き出しそうな碧い瞳が、まっすぐ私を見ていた。
「ごめんなさい」
少年が口を開いた。
「ごめんなさい。僕にはどうすることもできないんです」
私は、何も言えずにいた。
誰にも、どうする事ができない事はよく分かっている。
晃の病気が分かった時にこうなる事も覚悟していた。
そう。
覚悟はできていたはずなのに。
だからって
”はい、そうですか”
なんて言えない。
晃の死を受け入れる事なんて、できない!
私は、泣いた。
晃を奪われる怒りと、
晃を失う悲しみと、
晃を愛おしく思う気持ちと、
晃と一緒に過ごした日々への感謝と・・・
さまざまな感情が溢れ、自然と涙が出た。
『さよなら、若菜・・・』
耳元で晃の声が聞こえた気がした。




