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最後の日

朝。

目覚めると、若菜はすでに身支度を整えていた。

いつも通り柔らかな笑顔で、朝の挨拶をする若菜の目がまだ少し紅いのに気づいて、俺の胸が苦しくなった。


「調子悪いの?もう朝ご飯の時間だけど、食べれる?」


目を開けても中々起き上がらない俺を、若菜は心配そうに覗き込む。


「大丈夫だよ。むしろ今日は調子がいい」


だた寝相の悪い若菜の足蹴りをまともにくらって、あっちこっちズキズキ痛むけどね。

とは言わないで置いた。


「じゃあ、ご飯とってくるね。ついでに検温の準備もしてくるから、その間に着替え済ませちゃって」


そう言いながら若菜は病室を出て行った。


着替えといってもパジャマからジャージに着替えるだけの簡単なものだ。

手早く着替えを済ませ、病室に備え付けの洗面台で顔を洗い終わると、それを待っていたかのように、何も無い空間からアルフが現れた。


「おはようございます、ヤマウチ様」


昨日と同じ、黒のスーツに黒のネクタイを蝶々結びにした格好のアルフはにっこりと微笑む。


「今日は窓から入ってこないんだな」


俺はアルフに挨拶を返すと、素直に疑問に思ったことを聞いてみた。

急にびっくりしたように、後ずさるアルフ。


「あっ・・・あの、それはですねっ!えっとぉ〜そのぉ」


「どうした?」


俺は訝しげに眉を寄せアルフを見る。


「いいえ!ないんでもありません!!」


アルフは真っ赤な顔でブンブンと首を横に振る。

なんなんだ?

首を傾げる俺に、アルフは急に話題を替える。


「とことで”最後の願い”は、決まりましたか?」


「あぁ」


俺は短くそう答える。そろそろ若菜が戻ってくる頃だ。

俺は手短にアルフに願いを話すと、アルフは俺の願いを叶えるために、黒い翼をはためかせ窓から飛び立って行った。


 朝食後は、昨日の夜更かしが祟ったのか、睡魔に負けて若菜と昼食の時間まで眠ってしまった。昨日は少し無理をし過ぎたみたいだ。

午後は若菜と共に小児病棟へ行き、子供達と賑やかで楽しいひと時を過ごした。

夕飯後から消灯までは、戻ってきたアルフとテレビゲームをして過ごした。


深夜2時。

もう、そろそろか。


「アルフ」


暗い空間に呼びかけると、アルフが現れる。

金色に輝く髪は、こんな薄暗い部屋の中でも神々しい光を纏っていたが、蝶々結びの黒いネクタイがその神秘的な雰囲気を台無しにしていた。


「そろそろ時間だよな」


俺の声に、アルフは首を縦に振る。


「あっちの方は大丈夫か?」


「はい」


神妙な顔でまた首を縦に振るアルフ。

ちなみにあっちとは、俺がアルフに託した最後の願いのことだ。


「ところでさ、願いとは別にアルフに頼みがあるんだけど・・・いいか?」


俺の言葉に三度頷いたアルフを見て、俺はたった今書き上げた一通の封筒をアルフに渡す。


「若菜に書いた手紙なんだけどさ」


「若菜さんに渡せばいいんですね?」


売店で買った安くさい封筒を、大事そうに胸元にあてアルフが柔らかく微笑む。


「いや。やっぱ渡さなくていい!」


勢いに任せて書いた手紙の内容を思い返し、急に恥ずかしくなった。

顔が火照ってるのが自分でも分かる。

手紙を取り上げようと手を伸ばしたが、アルフはひらりを身をかわす。


「そんなに照れなくたっていいじゃないですか」


意地悪くニヤニヤと笑いながら手紙を後ろ手に隠すアルフ。

俺、頼む相手間違えたかな。


「第一この手紙を渡さないと、ヤマウチさまの願いのために駆けずり回った僕の苦労が報われません」


そう言ってアルフは頬を膨らます。


「それにすっごい悩んで書いてじゃないですか!その労力を無駄にしちゃいけません!」


と、にっこりと微笑む。

ってアルフ、お前覗いてたのか。

姿を隠して部屋に居たから窓から入って来なかったのか!?

俺はやれやれと大げさにため息をつく。


不意に視界が揺れた。


「・・・っ」


息ができない。

反射的に喉元に手をあてる。

不思議と苦しくはなかった。


『あぁ、もう時間切れか』


冷静にそう思った。


「ヤマウチさま!」


アルフが俺のを呼んでるのが聞こえる。


『大丈夫だ』


そう言おうとしたが声にならない。

それに、今から死ぬのに”大丈夫”はおかしいか?と思い直す。

苦しく感じないのは、魂(意識)が体から離れかけているからか?

なんて冷静に考えてみる。


死とは意外とゆっくり来るんだな・・・


目の前で揺れる蝶々結びの黒いネクタイ。


淡く輝く金色の髪。


涙を湛えた碧い瞳。


アルフは必死に俺に呼びかけている。


『死神が死ぬ人間見てびびってるじゃねぇよ』


そう言いったつもりだが、アルフには届いてないだろう。


やがて、意識が闇に引きずれれるような感覚が俺を襲う。


ああ、これで終わりだ。


『ありがとな、アルフ』


それから、


『さよなら、若菜・・・』


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