二人の夜
消灯時間間際。
ドアをノックする音が病室に響く。
「どうぞ」
俺が返事をすると笑顔で若菜が病室に入ってきた。
「ごめんね。着替えを取りに一回家に帰ったら、すっかり遅くなっちゃって」
そう言いながら、ベットの上に胡坐をかいていた俺に並ぶように、若菜がベットに腰掛ける。
ふわりとシャンプーの香りがした。
「若菜はトロいからなぁ。それより髪がまだ濡れてるんじゃないか?風引くぞ」
日中とは違って、おろしたままになっている若菜の長い髪に指を絡ませる。
「大丈夫だよ。そんなに柔じゃないもん」
若菜は子供のように口を尖らせて応える。
そこに、再び病室に響くノックの音。
「どうぞ」
「失礼します」
ガラガラと何か引きずるような音と供に入ってきたのは婦長の木村さん。
どうやら折りたたみ式の簡易ベットを持ってきてくれたようだ。
「これ使ってください。でもベットから落ちて怪我しないでくださいね」
婦長は真顔で若菜に注意を促す。
「私そんなに寝相悪くないですから!」
若菜は否定するが、はっきり言って若菜、君の寝相は相当悪いぞ。
「いつも仮眠用のソファーから落ちてるのは誰でしたっけ?」
俺と同じ事を思っているだろう婦長の発言に、若菜が”うっ”と言葉を詰まらせた。
「とにかく、もうすぐ消灯時間です。夜更かしはしないで静かにしてくださいね」
そういって婦長は、若菜に毛布を渡す。
「は~い」
と、子供のような返事を二人で婦長に返し、出て行く婦長に手を振った。
くだらない事を小声で話し合い、
声を押さえて笑い、
巡回の看護師が来たら寝たふりをし、
まるで修学旅行の時のように、ドキドキしながら若菜との会話を楽しんだ。
やがて、若菜があくびをし始めた。
「そろそろ寝ようか」
俺がそう言うと、若菜はコクリと頷き、俺のベットに潜り込んできた。
「おい、狭いぞ」
そう言いながらも俺は体をずらし、若菜が寝れるようにスペースを空けると、抱き合うような形で、若菜は俺の腕の中に体を収める。
「相変わらず若菜の足は冷たいな」
冷えた足先を俺にくっつけてくる若菜を軽く抱きしめた。
若菜はもぞもぞと俺の足の間に自分の足先を入れながら答える。
「足が冷たいと眠れないんだもん。あたしが寒がりなのは晃も知ってるでしょ?」
そういえば一緒に住んでた頃は、よく冷え性の若菜がカイロ代わりに俺にくっついてきてたっけ。
それももうずいぶんと昔の事のような気がするくらい、若菜を抱きしめた感触がひどく懐かしかった。
「まだ夏なのに今からそんなに冷えてたら、冬はどうするんだよ」
俺は苦笑しながら、さらさら若菜の髪に指を滑らせるように頭を撫でる。
「晃の側に居れば、寒くないもん」
若菜が抱きついてくる。
背中に回された若菜の手が、俺のパジャマをぎゅっと掴んだ。
「晃が側に居れば寒くない。だからね、ずっとこうして側にいて、あたしを抱きしめて」
若菜は俺の腕の中で震えて泣いていた。
若菜も医者だ。
俺の病気が再発した時点で、長く生きれない事を覚悟していたはずだ。
それでもいつも変わらず、明るく穏やかな表情で俺の闘病生活を支えてくれていた若菜がこんな風に泣くなんて・・・
ごめんな若菜。
俺は側に居てやれない。
俺、明日死ぬんだ。
やりきれない思いを押し込め、俺は若菜に優しくキスをした。




