死神の仕事
「消え行く魂を敬い、最後の願いを叶えるのが死神の仕事なんです。ヤマウチ様は最後に何を願いますか?」
アルフはベット脇にある椅子に座ると、碧い瞳で真っ直ぐ俺を見つめて問いかけた。
「消え行く魂・・・最後の願い?」
俺の呟きにアルフは軽く頷く。
「ヤマウチ様の魂はあと36時間22分後に消滅します」
「消滅?要は死ぬってことだよな?」
確認するように訪ねた俺にアルフは”ちょっと違う”を言いたげに小首を傾げる。
「魂は輪廻転生を繰り返しています。人が言いう、いわゆる”死ぬ”と言う状態は次の転生のための準備期間に入ることを指すのですが、魂の消滅の場合は違います。その言葉通り”消えて無くなる”ことを指します。魂というのは転生を繰り返すと徐々に摩耗し、魂の力が削られ、魂を維持する力も弱まって、やがては消えて無くなる・・・。ヤマウチ様の魂も、もう何回も転生していますから、魂の力も大分弱くなっているんです。今回の生で長く生きることができないのも、魂の力が弱いために、肉体を維持する力が足りないからなんですよ」
「要するに、俺の魂は使い過ぎてボロボロ。だから消えるってことか?」
「まぁそんな感じです。それで魂を労う意味も込めて、ヤマウチ様のように長く転生を続けてきた魂が消滅する際に、ボク達死神が願いを一つだけ叶えるんです」
「それってどんな願いでもいいのか?」
「死神の力の及ぶ範囲の願いであればですけど」
「じゃあ”死にたくない。もっと生きたい”って願いは有りなのか?」
「それは無理です。死神の力は魂に影響を与えることができません。魂の力に干渉したり、人の魂を奪ったりということは死神にはできないのです。ましてや魂の消滅を止めるなど、死神や天使はもちろん、神ですらもできません」
アルフははっきりと言い放った。
「じゃあ何ができるんだよ」
イラつく心を隠さずアルフに言葉を投げつけた。アルフの穏やかな口調が、俺の神経を逆撫でしたからだ。
「死に逝く者が”生きたい”と願う他に、望みなんかあるもんか!”願いを叶える”だなんて希望を持たせるようなことを言ったって、一番の望みを叶えられないなら、何の意味も無いじゃないか!」
俺は声を荒げアルフを睨みつける。碧い瞳は俺の心を見透かすように、ただ黙って静かに俺を見ている。
そう、これは完全に八つ当たりだ。なんだかんだ言っても結局俺は死ぬのが怖いのだ。
それをこんな風に人に当たるなんてかっこ悪い。俺はいたたまれなくなってアルフから視線を外した。
「長く生きられないのは分かっているんだ。ただ若菜と・・・彼女と離れる事を考えると、苦しいというか何というか・・・」
いい歳して情けないよな。
独り言のように呟くと、力ない笑が混み上げてきた。
そんな俺を、アルフは今にも泣きそうな顔で黙って見ている。
気まずい沈黙。
やがてアルフは自己嫌悪に陥り俯く俺に、優しく諭すように言った。
「魂に関する事以外の願いなら叶えることができますから」
”生きたいと”生を望む以外の願い・・・他の願いだなんて何かあるだろうか。
「ヤマウチ様の魂が消滅するまでまだ少し時間があります。焦らずに考えて、願いが決まったら僕に教えてください」
「わかった」
俺は一言答えると、なんとなく窓の方に視線を向けた。
アルフが侵入してきた窓は、しっかりと閉められていて、白いレースのカーテンから夏の午後の強い日差しが漏れている。
一人部屋の病室は適度に空調が効いていて、全く季節感が無い。
あと36時間の命。
短いと言えば確かに短い。それでも何も知らずにいきなり死を迎えるよりは、この36時間を有意義に使えるはずだ。
そう思うと、少し心に余裕が出てきた。
俺は気まずい雰囲気を拭うように、わざと声のトーンを上げてアルフに聞いてみた。
「なぁ、他の人たちってどんな願いを叶えてもらってるんだ?」
「そうですねぇ、先輩達の話だと”空を飛んでみたい”とか、好きな食べ物を”おもいっきり食べたい”とか、”沢山のお札に埋もれたい”っていうお願いがあったらしいです」
アルフも明るく答え、にっこりと微笑んだ。
アルフの笑顔は、若菜の持つ陽だまりの雰囲気に良く似ている。
だいぶ落ち着いてきた俺に、湧き上がった素朴な疑問。
「消滅する死と、転生する死。それは俺にとって何の違いがあるんだ?」
転生するにしても、”今の俺”が死ぬのには変わりない。”今の俺”が前世を覚えていないように、たとえ来世があったとしても、”来世の俺”は(もしかしたら女かもしれないが)”今の俺”を覚えていないはずだ。
だったら、消滅するにしても、転生するにしても、”今の俺”が居なくなることには変わりがない。
そんな俺の考えを見透かしたようにアルフは答える。
「魂にも”記憶”があります。たとえヤマウチ様が覚えていないと思っていても、ヤマウチ様の魂が今までの”生”で逢った、他の魂との結びつき記憶しています。例えば、ヤマウチ様が彼女と出会い、大事に思っているように、前世のヤマウチ様の魂もまた、彼女の魂との結びつきがあったはずです。魂はその結びつきがあるもの同士で”生”を紡ぎます。魂が消滅することで、他の魂との関係性が一旦崩れることもありますが、新しく魂が産まれたり、今まで関連の無かった魂が加わったりなどして、新たな”生”を紡いでいくものなのです」
神妙な顔つきで話すアルフは、最初の印象よりずっと大人びて見えた。
「そっか。転生するってことは、今までの生を、記憶を受け継いでいくってことなんだな」
この言葉は、自分の口から出たとは思えないほど、静かな口調だった。
俺の魂が消滅してしまえば、今まで魂が紡いできた生も、俺の若菜への気持ちも消えてしまう・・・
それは哀しいとか寂しいとか、そんな言葉で片付けれるようなものではなかった。




