第1章:質問と契約(2)
「この世界を、終わらせたい……だと?」
予想していなかった答えに、不覚にも言葉が詰まる。
「あれ?……
そういう言葉を期待してたんじゃないの?」
「その願いを叶えてやる代わりに貴様の魂をいただく……とかさぁ!」
目を輝かせながら溌剌とした口調で言う。
な、なんだコイツ……本当に人間か?
いや……、本当に人間の感覚をしているのか?
「た……確かに期待はしていたが……予想はしていなかったな。」
「大体、こういう甘言を言われた人間ってのは大抵金が欲しいやら権力が欲しいやら不老不死やら言ってくるものなんだがな?
……世界を終わらせたいとはどういう了見だ?」
「え……、だって……俺は……」
……うつむいたまま黙り込んでしまう××。
「あぁ?
何だよ、ノリで言ったわけじゃなさそうだが?」
しばしの沈黙……
少し間を開けてから、
意を決したのか顔を上げ真剣な面持ちで、
まるで何かを訴えるかのように両手を大きく広げながら彼は言った。
「だって、当たり前じゃないか!
こんなにも世界は腐ってるんだからさぁ!
あんただってそう思うだろ?」
白々しくも尋ねる××。
「…………!」
……あぁ、こういうタイプの人間なのか、コイツは。
____さっきから会話をしていてどこか狂っていると思ったら……。なんのことはない。
周りが馬鹿に見えて仕方ない……
自分は特別で周りとは違う……
もしも俺に力があったらこんなことをしてやるのに……
どうして世界は思い通りにならないんだ……
そんなことを日常的に思っている奴。
だからこそ、
この世界が腐っていると感じている……
そういうタイプの、自信過剰な、何処にでもいる人間だ。
……何も珍しくはない。
そんな風に、自分を特別だと思い込んでいる人間なんぞ俺様はごまんと見てきた。
確かに、
多少おもしろい願いを持った人間だったが……
コイツじゃ足りないな。
別な奴を探そう。
焦る必要はない……慎重に相手を選ばなければ俺様自身の身を滅ぼすことになりかねない。
本気で世界に裏切られたような奴でなければならない。
少なくともコイツじゃない。
自分の存在を過大評価しているような奴は何も止めてはいないのだから。
______自分自信の可能性にすがっているコイツじゃ、無理だ。
左手を持ち上げ、再びうつむいている目の前の人間の頭に重ねる。
用無しだ。
殺すか記憶を奪うかしてさっさと立ち去ろう……
____その時。
この悪魔の反応を待っていたのか、しばらく間を置いていたらしい××が、
これ以上待っても反応がないと判断したらしく唐突にまた喋り始めた。
「まず僕みたいな奴が、友達や、親や、誰かから信頼を受けていること自体が可笑しい……
そう、可笑しいんだよ!
僕は間違っても誰かから好かれたり、期待されたり、頼られたり、信じられたりするような、できた人間じゃないじゃないか!」
独り言を叫ぶかのように彼は必死に言う。
「……何?」
「……だって、そうじゃないか!
僕は今まで1度も、たったの1度も素で誰かと接したことなんてない!
表面だけ取り繕って、その後ろにただ居座って何もしてこなかった。
小さい頃から親の跡を継げって読まされてた医学の本も、とっくの昔に棄ててるのになんで父さんはまだ僕を見捨てないんだよ!
期待してくるんだよ!
他人とこんなに距離を置いているのに皆が僕に近寄ってくるのはなんでだ!
僕はそんな大層な人じゃない!
僕はそんな人間になんかなれやしない!」
コイツは……まさか……
「変に強がって見せて、一人称まで変えて、必死で自分から遠ざかってるのに……、
なんで僕に期待ばっかしてくるんだ!
何一つ……何一つ僕はそれに応えてないじゃないか!
こんなの可笑しい……
努力もしてない人間が、上っ面だけの人間が、なんでこんなに人に愛されるんだ……
理不尽だ……嫌いだ。皆。
……でもその中で誰が一番嫌いかって、
……言うと、
……それは、
それは、……他ならない
こんなことをほざいている僕自身なんだ。」
「僕の人生の中で、一番自分を晒け出した瞬間があるとすれば……
それは間違いなくこの瞬間だよ、悪魔。
……そのくらい僕は自分の人生を表面だけで生きてきた。
それは間違いないんだ。
……だから、こんな努力もしてない人間が過大評価されちゃいけない。
そんな世界になんて、何も意味はない……俺はそう思うんだ。
……だからこんな世界は終わらせる。終わらせるべきだ。
俺はこの世界を終わらせて、
あるべき世界を造りたいんだ。
……理屈は通ってるだろ?」
驚いたように大きく目を見開き、表情が固まる悪魔。
そして唐突に______
「……フ、フフ……」
「フッハハハハハハハッハッハッ……
なんてことだ、俺様はラッキーすぎる!
こんな所で初っぱなからあった人間が特異者とは!
笑わせてくれる!
フハハハハハハハハ______」
響く笑い声……
体を後ろに大きく反らせて笑う悪魔を見ながら、××は尋ねる。
「特異者?
……なんだよ、特異者って。」
「フフフフフフ……あ、あ?
ああ……特異者か?
フフフフフフハハ……」
笑いを堪えながら、説明し出す悪魔。
「フー…………と。
いいか、よく聞け……
人間の思い、想い、感情といった物は、
神によって操作されている場合があるんだ。」
「……どうしてだ?」
「人の思い、つまり思念には力が宿るからだ。
悪魔や天使、神からしてみれば、思念というのは呪力や魔力に変わる貴重な力なんだ。
……だって当たり前だろ?
普通の人間からしてみれば、俺達を認識する術なんてないんだからな。
概念としてしか存在していない俺達と人間の間には【悪魔は居る】【天使は居る】【神は居る】って、信じる思い、信仰心だけしか存在してない。
それらの思いを力……原動力にして俺達は生きている。」
「人間同士が互いを思い合う場合、
何らかの感情を向け合う場合……
あいつが好き、
こいつが嫌いって感じだな。
……その思念は力にならずに魂に蓄積される。
俺達はそれを食べれば蓄積された思いが変換されて、大量に呪力や魔力ゲットってわけだ。
【好き】だとか【愛】だとか、正の思念は魔力に、
【嫌い】や【殺意】っていう負の思念は呪力に変わる。
だから俺達悪魔は呪力が多めってわけだ。魂を食べれば魔力も使えるがな。」
「ただし……、人間が人間に思いを向ける場合に限って、向けられる思念が神によっていじられてることがある。
そのいじられてる人間が特異者って呼ばれるんだ。
世界に100人といない……そいつが死んだら魂は間違いなく神様の胃袋行きにされる、特別な人間。
……それがお前だ。」
「お前の場合は正の思念を受けやすい体にされちまってるみたいだな……。
どうだ?
こんなことをしたのが神様だって知った感想は?
あぁ?」
「………………それ、本当か?」
「おいおい、嘘なんてついてどうするよ?
お前の話が本当なら、間違いねぇよ。」
フー_______と、深呼吸を入れてから××は言う。
「……あぁ、クソ………………
……………………殺してぇな、そんな神。」
大きく夜空を仰ぎながら、ハー____……と、吸い込んだばかりの空気を盛大に吐き出す。
「……出来るさ、俺様とお前なら。」
上げていた左手をそのまま返し、差しのべる。
「俺様と契約しろ、人間。」
「お前に世界を終わらせる力をくれてやる」
「名も知らない悪魔と契約……か、…………あんた、名前は?」
少し困ったような表情をして、落ち込んだ調子で彼は言う。
「悪魔は名前なんてしゃれたもんはねぇんだよ。
だが……そうだな、どうしても呼び名が欲しいなら、
俺様のことは……」
「世喰者とでも呼んでもらおうか?」
「……よし……分かった、クレイドル。
お前と結ぼう、その契約を_______。」
太陽は完全に沈み、街灯だけが闇を照らす中。
人間と悪魔は__互いの利のために契約を結んだ________。