第1章:質問と契約(1)
【第1章:質問と契約】
ゴク________。
生唾を飲み込む音がやけに大きく聞こえる……。
視線を感じたのだろう、
血だらけの、露出度の高いボロボロの服を着たその男がこちらを見据える……
大きめの眼と、その中で一際小さく見える濁った瞳。
すっと通った高くて長い鼻、普通の日本人の顔立ちではない。
そしてキッと結んだ口元……
が、あんぐりと大きく開かれる。
目を大きく見開き、
____そう、まるでこの世の終わりでも見たかのような……
「やっべぇ!
人間がいたのか!」
ほとんど絶叫しながら、男は高いとも低いとも言えない声で言う。
「いやぁ!
それにしても俺様はラッキーだ!
まさか地上に降りてきた直後に〈見える〉人間と出会うとは!
掟を破ってまで来た甲斐があるってもんだ」
……な、なんだ?
何を言ってるんだこの男……新手の宗教勧誘か何かか?
「おいそこの人間!
お前俺様が見えてんだよなあ?」
……こういうのとは関わらないほうが吉だ。
携帯をポケットにしまい、手に持っていたゴミ袋を放り投げてUターン。
足早に立ち去る。
ほんと、ああいうのは止めて欲しい。
地球上のどこぞでやってるぶんには構わないが俺の目の前に現れないでくれ。
よそでやってくれ。
関わってこないで下さい……、と。
「おい」
耳もとでいきなり声を掛けられ、ビクッとしながら振り向く。
「お前なめてんのか?
あぁ?
俺様のことを無視した挙げ句ゴミを投げつけやがるなんて……殺されてぇのか、あぁ?」
い、今移動したのか!?
物音1つ立てずに?
この一瞬で?
い、いやそれよりも……
や、ヤバい……ヤバい人はヤバい人でもこの手のヤバい人だったか……
今のはやり過ぎた、……いや、でも頼まれたことをやっただけだし。俺は間違っちゃいない……
それにあそこはゴミ捨て場なんだ、俺は……
「間違っちゃいない、か?」
「!?」
「そうやって自分に言い訳ばかりして生きてやがるのか、てめえは。」
「な…………な、なな」
……考えていたことを口に出されたのを境に思考がより読み取りやすくなったな。
____まぁ、この手の強がってる人間なんざ、何百年もの間天界で相手してきたんだ。
いくらでも建前の崩しかたはある。
「フンッ」
『シュウウウウウウゥゥゥゥゥゥ……』
目の前に立った男から突如真っ白い煙が上がる。
発生源は……
傷だらけの腹部。
これは……水蒸気?
傷口から吹き出してる!?
______見る間にカラスにつけられた傷が塞がっていく。
これ……水蒸気が出てるんじゃない!
傷周りの空気から水蒸気が上がっているけれど、水分が無くなった空気そのものは傷口に吸い込まれている……!
「ど……、どうなってんだ、これ!」
ガバッ……と傷口に覆い被さるようにして顔を近付ける。
それを見て男は不思議そうな顔をして
「おぉ?
なんだなんだ?」
と呟く。
傷の治し方見せると腰抜かすなり怯えるなりする奴らがほとんどなのにな……
なんだコイツ。怯えるどころか興味津々とは……
「治った肌が黒っぽい!
焦げてるみたいだ!
空気中の成分から傷を治してるんだとしたら……
二酸化炭素中の炭素を元にして肉体を精製してるのか?
だとしたら治った部分が酸化して焦げてるのも分かる!
酸素を分解せずにそのまま取り込んでるのか!?
すごい、すごい、なんだこれ!
あんた何者だ!?」
「怯えもせずに仕組みに気付いちまうてめえが何者だよ……
ちなみに酸素分解は傷が塞ぎきってから行われるんだよ、勝手にそのまま取り込んで放置、みたいな言い方するんじゃねぇ」
……たくっ
前言撤回だ。
俺様に質問もさせねぇような人間は邪魔なだけだな。アンラッキーだ。
「そういやあんたさっき天界がどうとか掟がどうとか言ってたな……
全身が部分的に真新しい皮膚に変わってるし、この傷が塞がって出来た所も真新しいのに造り変えられてる……。
もしかしてあんた、掟を破ってでも地上に降りようとした結果ボコられたけどなんとか地上に降りてきた天使か何かか?」
「そんなうぜぇ邪推織り混ぜなくていいぞ人間。
殺されてぇなら素直にそう言え。」
あながち間違っちゃいないのがよりムカつくな。
「…………ごめんなさい」
フ……と、落ち着いた様子で謝る××。
「____よし、それでいい。
あぁ、それと俺様は天使じゃない、悪魔だ。あんな連中と一緒にするな」
「悪魔?
悪魔が天界に住んでるのか?」
「うるっせぇな俺様が質問するばんだ!
てめえは黙って俺様の質問にだけ答えてやがれ!」
「……分かった」
「まずは日付と日時だ。今は西暦何年の何月何日何時何分だ?」
「2052年、7月10日の6時半前だ。」
「52年か……前に来たときよりも400年程度ずれてるな」
なんか最早こいつが悪魔だとかいうこともスッ……と納得できるな……。
あんなの見せられたんだから、まぁ当然だ。
「次に場所についてだ。ここは何処だ?」
「日本だ……って、お前日本語喋ってるじゃねぇか!
そのくらい分かってるんじゃないのか?」
「俺様のばんだっつってんのに……
まあいいや。
俺様は別に日本語を喋ってるわけじゃねぇんだよ、
概念を喋ってるだけだ。
それを捉えるお前が勝手に日本語に訳してるにすぎない、分かるか?分からねえよな」
「あぁ、テレパシーの言語版みたいなもんか」
「ちっ……」
さっきからなんだ?
こいつの物分かりの良さ、理解速度……そしてこの落ち着きよう……。
度胸のあるなしじゃねぇ、さっきも怯えもせずに理解を示そうとした……
こいつどっかおかしいぞ?
「それにしても日本か……また結構良いところに落ちたもんだな、俺様も。
やはり俺様はラッキーだ。」
「さぁて、最後の質問だ。
お前、どうしても叶えたい願いとかあるか?」
「どうしても……叶えたい、願い?」
「ああ。」
「そうだな……強いて言えば……、」
一息入れてから、彼はニッコリと笑ってこう言った。
「この世界を終わらせたいかな。」