序章:出会いと始まり
とある都市の郊外付近にある、私立高校。
……太陽は既に傾きはじめ、その学校は真横から淡い光を浴びていた……。
紅色に染まった校舎を背に、野球部とサッカー部はまるで競いあっているかのように声を張り上げながら練習に打ち込んでいる。
今日は確か夏日。
しかし夕暮れ時の校舎内はむしろ涼しく、授業が終わって人気のない今は、電気もついていないため薄暗い。
______ひんやりとしている。
廊下と階段の突き当たり、1-A教室。
ただ1人下校せずに、机に腰掛け外を眺める少年____。
「おぅ、××!
いまからバイトか?」
____ふいに後ろから声をかけられる。
「……あぁ……うん、バイト……」
相手を見もせずにうつむきながらにそう言うと、振り返って言葉をかえす。
「……そっちは?
まだ野球部、部活やってるみたいだけど?」
丸刈りのもうひとりの少年は、××と呼ばれた彼の肩に『ポン』と手を置きながら言う。
「あのな、今日は水曜日だぜ?
本当なら部活なんてねぇ日だぜ?
テスト明けだからっていまから日が暮れるまでやるんだぞ!
しごかれすぎて死んじまぅよ!」
「要するにさぼりか…」
侮蔑するように目を細めながら相手を見つめる。
「甲子園行くのはもっと辛いぞ?」
「そんな中学の時の夢はとっくの昔に捨てたさ!」
即答かよ!
……先輩に殴られても知らねぇぞ?
口中に呟く。
内心(というか表情に出ているが)呆れ、肩にのせられた腕を払う。
「冷てぇ奴だな…」
「比野くらい力ある奴が努力すれば甲子園だっていけるって」
……と、お世辞で比野をなだめながら、
あらかじめ荷物を詰めておいた鞄を手に取る。
「もう行くのか?」
「6時半からシフト入ってるんだよ」
____駅前のファミレスだったっけ?お前のバイト先……
と比野が話を続けるが無視し、ヅカヅカと出入口へ向かって歩く。
扉に手をかけながら振り向き、
「じゃ、また今度な」
____と、相手の返事を待たずに言い残して逃げるようにその場を立ち去る……。
階段をダッシュで降りて昇降口に早足で向かい、急いでバイト先へ行く。
今は5時50分____別に時間が迫っているわけではない……
ここからならバイト先まで10分と掛からないのだ。
校門を飛び出し、裏道を通って駅前通りを歩きながら……
彼はまた自己嫌悪に陥っていた。
30分後、……バイト先であるファミレスの前。
だらだらと歩きながらようやくの到着。
通りに面している上、今は夕食時になったばかり……思った以上に客が多い。
10分程はやく着いてしまったが、他にやることもないので裏手の職員専用口から中に入る。
「おぉ、新入り!
ナイスタイミングぅ!」
フロア担当の駒場さんが声を掛けてくる____
両手に食器類を持ち、忙しそうにフロアと厨房を往き来している様子……接待が忙しいのかメニューを取るので精一杯なのか、
食べ終わった食器類はテーブルから下げてくるだけようで、水道のわきにはそれらが山積みにされていた。
さらにその上に手に持っていた食器を重ねると、振り返ってこちらを見る……
「着替えたらこれ洗っといてね」
接客上手らしい輝かんばかりの笑顔を向けられるが、
「俺まだシフト時間になってないんですけど……」
と、年下らしくしぶってみる。
普通なら、たかが10分程度でそんなことをほざいているバイト野郎はチーフなどから制裁を喰らうのがセオリーというものだが……。
彼女、駒場さんの場合の対応は違う。
____終わったら休憩入っていいから、というので了承し、更衣室に入る。
十数分後。着替えも済ませ、食器も洗い終わった……。
駒場さんに甘えて休ませてもらおう____
と、休憩室の扉を開ける××。
突如、鼻をつくアルコール特有の刺激臭に襲われ……
「酒くさっ!」
顔をしかめながらテーブルを見ると、案の定1人の中年男性が突っ伏しながら酔い潰れていた……。
「はぁ……、店長……
また勤務中にビールですか?」
「うるっへ~やぁぃ!
飲まっずにやってられるかっつーの……」
「基本的に何もしてないじゃん」
いつものことながら呆れ、
差し出されたゴミ袋を受け取る。
(うわっ何本開けたんだよこの人……)
袋の中にはビールの空き缶がはち切れんばかりにぎっしりと詰め込まれ、それだけでも相当な異臭を放っていた。
「捨ててきちくれ」
呂律の回っていない口調でそう言われ、渋々ながら彼はゴミ捨てに出る。
歩いて3分程のところに捨てることになっているので、大した労働ではないのだが……
「次からはちゃんと自分で捨てに行ってくださいね」
と、釘をさしておく。
裏手から外に出ながら、
もしかして駒場さんはこれを押し付けるために休憩を許可したのか____?
と邪推してみる。
邪推というか、ほぼ間違いなくそうなのだが。
これがあの人流の制裁の下し方。
ちゃんと仕事したのに手厳しい……
誠実なお姉さんタイプに見えて意外と腹黒いのがあの人の特徴なのだ。
____笑顔で殺気放ってるよな……
そんなことを考えながら歩いていると、大抵既にゴミ捨て場の近くまで来ていることが多い。
今回も例外ではなく……もう後、十数メートルというところまで来ていたのだが……
『カァー』『カァー』
やけにカラスが多いな……
薄暗い闇の中、街灯に照らされたゴミ山の上にたかり、何かをついばんでいるようだが……
____今日は生ゴミの日ではない。
この町で第二水曜日は燃えないゴミの日なのだ。
「何にたかってるんだ……?」
恐る恐る近付いていく。
……うっ、血生臭っ!
「……!」
「ひ、人!?」
死んでいる……
辺りは乾きかけた血で汚れ、死臭のような血生臭い異臭を放っている……
その上、カラスが胃や腸周辺の肉をついばんでいるのだからとても生きているとは思えなかった____
何より眼から生気を感じられない。
青白い肌をした、身長の高い青年だった。
血の量はそれほどではないので死因は出血多量ではないだろう……
だが目立った外傷も見当たらない。
さらに言えば刺し傷などの出血箇所もなかった。
____とりあえずこのままはまずいよな……
直視しすぎたせいで吐き気が込み上げてくるが、
それを無視して携帯を取り出す。
110番?
119番?
死亡確認と司法解剖しなきゃなんだから119か……
携帯の発信ボタンを押そうとした、
その瞬間だった____
「……っはぁ! 」
『バサバサバサバサッ___』
カラスが飛びたっていく……
気持ち悪そうな顔をしながら胸をおさえ、そのまま勢いよく起き上がる青年。
「……ぁあ、くそ!……__血が足んねぇ……
やっぱ死ぬのは1日2回が限度だな……」
________は?
そう____、思えばこれが全ての始まり。
俺が名前を失う物語の、始まりだった____。