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昼休みの事

学校の屋上と、廊下での出来事。

 通常、高校という施設の屋上の出入りはできなくなっている。たいがい、鍵が掛かっていて出入りができない。

 大学施設ともなると、出入り自由の場合が多い。特に、昔からある校舎であればその可能性が高い。新しい施設になってくると、鍵がかけられている場合が多いのだが、実験課題によっては『日光の照射が行われて、人の出入りがさほど多くない場所』が求められたりするので、設備投資の必要のない屋上が開放されていたりする。ある程度人の出入りを想定した様な屋上ではなく、設備管理用に通路が申し訳程度に設置された屋上に普通に出入りができ、かつ日当たりの良さそうな場所には薄汚れたパイプ椅子が無造作に設置されていたりするのである。まあ、それは極端な例であるが。

 何はともあれ、高校という施設の屋上は施錠されている場合が多い。勢い余って飛び降りてしまう生徒を警戒してなのか、あるいはそう言った事態が起こった際、『学校』に責任が負わされるためなのか、まあ、理由はどうでも良いことである。通常出入りできないことが多いという事が肝要である。

 雪橋(ゆきばし)(ひさし)の通う高校の屋上も、基本的には施錠されている。やはり思い余る生徒がたまにいるのだろう。ただそれはあくまで「基本的には」という話で、実は例外がある。いくつもある校舎の内一棟だけ、施錠されていない屋上が実はある。管理不行き届きの類いだと思われる。

 どうしてそんな不行き届きが起こるかと言えば、「ちょっと気にして鍵を確かめる」という事が為辛い作りをしているからである。マンホールの様な物を想像してもらうと分かりやすい。ただ、地下から地上に出るための物でなく、建物の屋上に出るための物である。ペンキ臭いコンクリートの壁に突き刺さった鉄パイプの足場を何段か登り、円形のフタを押し上げると屋上に出られる。足場は床まで設置されているわけではない。ただ、少し背丈が合って、腕の長い人間なら、腕を伸ばせば一番為たの足場に手が届く。一番低い足場を両手で掴めれば、後は壁を蹴って次の段を掴めば良い。そうして3段ほどあがれば一番低い足場に足がつく。

 と、説明の都合上それがいかにも簡単な事であるように説明したが、それはそれなりに重労働なわけで、「はたしてそんな事をしてまで屋上に出たい物なのか?」という点を考慮すると、たいがいの人間はそこに出入り口があることを確認するだけに留まる。わざわざ開いているかどうかを確認するのは、なかなか奇特な人間だけだろう。

 そんな出入り口しかない屋上だから、そこには柵なんて気の利いた物は設置されていない。はっきり言って飛び降り放題だ。あるのは腰ぐらいの高さのコンクリートの仕切りだけ。多分建築の都合上あるだけなのだろう。雨水の逃がし方が関係しているかもしれない。

 その一棟は3階建てしかなく、受験を控えた高校三年生用の教室と、彼らを受け持つ教員用の職員室があるだけで、こぢんまりとした仕様を為ている。だから屋上も狭い。そして他の校舎から屋上が見えてしまう。

 屋上から見て、北側には高校1,2年用の校舎が、その西側には中等部用の校舎が見える。そのどちらも5階建てで、そう離れていないため、5階の教室からちょっとのぞいてみれば、屋上の様子を把握するのは容易い。

 しかし、近隣には本校の校舎以外にこの屋上を覗ける場所はなく、そのためこれらの校舎の死角に入ってしまえば屋上で時間を潰すことは容易なのである。屋上を取り囲むコンクリートの仕切りはその点、絶好の遮蔽物だと言える。

 以上の点から、この屋上、そこからの展望を楽しみたいという要望には適合しかねるが、人気の内場所でぼんやりしていたいという要望には適切な場所だと言えた。何せ出入りし難さの半端ない出入り口。人の出入りなど皆無に等しい。そこで本を読むのも、雲が流れていくのを眺めているのも自由。とにかく、学校施設という、強制団体行動施設において、人気のない場所の確保にはうってつけだ。

 さて、この屋上、入ってくる時は多少重労働であるという難点があるが、出る時も難点がある。それは、階下の様子がわからないという点である。

 まずフタを開け、下を覗くと、視界はフタの真下1.5メートルに限られる。なぜなら縦穴をのぞき込んでいる様な物だからである。そしておりる時先に頭を出して周囲を伺う事ができない。なぜなら天井の厚みだけ穴が深く、階下の様子を窺うために逆さで身をのりだすのは結構なリスクを伴うためである。よって、階下の様子は、フタを開けた後、耳を澄ませて人気がないことを確かめた後、足場をおりて行くことになる。

 これは結構な問題だ。屋上の出入りは鍵が掛かっていないため可能ではあるが、別に屋上が学校側から開放されているわけではない。明らかに整備用の出入り口なのだから、開いているのは単なる閉め忘れか、施設老朽化に伴いフタが歪んでしまって本来施錠できる筈のところが不可能になっているかのどちらかだろう。

 だが、この屋上出入り口は教室移動などの動線から外れているので、わざわざ見回りに来る場合を除いて教員が通りかかることはほぼない。かつ、生徒がいることもあまりない奥まった場所にある。その上、ほぼ誰も見上げない天井に設置されているこの出入り口。気付いてすらいない者も多い。「万が一」という可能性に少しばかり緊張はするものの、おおよその場合、見つかる事などない。

 ただ、本日は違った様だ。

「ヒーくん、背中に砂ついてるよ。」

 最後の段を降りて着地した瞬間、背後からそう声をかけられた。

「あ、そう? いや助かるわ。」

 言いながら、背中をはらう 雪橋(ゆきばし)(ひさし)

「あんなところに出入り口あったんだね。」

「うん、そうね。ぼくもびっくりだわ。」

 振り返ると綾辻(あやつじ)(みどり)が立っていた。にやにやしている。憎らしいほどに、にやにやしている。

「ふふふ。これでまた一つ、ヒーくんの秘密の場所を押えたぞ。」

「嬉しそうだね綾辻。」

「まねぇ。」

 いいながら、彼女は学校の見取り図になにやらペケ印をつけている。

「なんの地図?」

「ヒーくんスポットメモ。」

「なんだそれ。」

「私が発見したヒーくんの内緒の場所を記録しているの。そこを探せばもれなくヒーくんに遭遇できる。」

「UMAかぼくは。」

「生態調査の一環ではある。」

「暇人め。」

「いやいやぁ。忙しいよ? 綾辻さんは忙しい人なのですよぉ? でもそれを押してもしなければ成らないことというのがあるのです。」

「貴重な昼休みを費やすことかね、それ。もっと有意義な時間の使い方という物があるだろう。ほら、御堂くんと過ごすとか。」

「あ〜。その名前出しちゃうんだ、あなたは。」

 少女はふてくされた顔でそっぽ向く。

 御堂くん、とは綾辻(あやつじ)(みどり)の彼氏の名前である。と、雪橋は記憶していた。

「それは先月までの話。情報古いんだよヒーくんは。」

「あれ、ごめん、そうだっけ?」

「いや、私も直接その話、ヒーくんにしてないけどさ。もう少しリサーチしてくれても良いんじゃないかな。」

「友達の恋愛事情をあまり根掘り葉堀りリサーチしたくないな。」

「別に根掘り葉堀り、不倫調査の探偵のごとく調べ上げなくても良いけど、続いてるか別れたかくらい気付いてくれてよくないかな?」

「そういうの苦手なんだよ。ごめんな。」

「知ってるけどさ。」

 なかなか機嫌の直らない綾辻は、ふてくされた顔のまま雪橋の後に続く。もう予鈴の鳴りそうな頃合い。そろそろ教室にもどる必要がある。

「てい。」

「ローキックを止めろ。」

「てい。」

「じみに痛いから止めろって。」

「む〜。」

 雪橋は脚を止めて振り返る。腕組みしてそっぽを向いて、不機嫌そうな綾辻(あやつじ)(みどり)

「…また(おご)れってんじゃないだろうな?」

「誠意を見せてくれるならその限りではない。」

「…やはり(おご)るしかないのでは?」

「ヒーくん、発想が貧困だよ。もっといろいろあるでしょう。」

「じゃあとりあえず何して欲しいか言ってくれよ。」

「私から要求したのでは誠意とは言い難い。」

 内心、雪橋悠は面倒くさいと思った。かなり、面倒くさいと思っていた。

「とりあえずヒントをくれ。」

「そんなのダメ〜。反則〜。」

「むう。」

「なんにも浮かばないようだとやっぱり鴨屋でコーヒー奢ってもらう事になるかなぁ? でもお財布がもうピンチだよねぇ? さあ、ヒーくんなりに誠意を見せる驚きの発想は、何かな? 何かな?」

「正直このやり取りだけで勘弁して欲しい。」

「え〜。だめだよそんなの。」

「ダメか。」

「あたりまえです。誠意を見せてくれるまでノート見せてあーげない。」

「それは正直かなり困る。」

「じゃあ何か代替案を提案したまえ。」

「…買い物の荷物持ちとか?」

「誠意と言えなくもないけど、残念。それはミイちゃんたちと行くかなわたし。あなたがそれについてきたいというなら、やぶさかではないけれども。来る?」

「いや、止めておく。」

 ミイちゃんたちが誰に当たるか正確なところ雪橋は理解はしていなかったが、おそらく綾辻が仲の良い女子メンバーのことなのだろうと当たりをつけて彼はそう言った。

「おや? ハーレム的な展開に胸膨らませたりしないのヒーくんは?」

「いたたまれない気持ちで終日過ごすことに成りそうだから止めとく。」

「罰ゲーム的にはかなり有効ってことだね、それは。」

「やめて。もはやいじめに近いからやめて。」

「ふぅん? じゃあサワくんも居れば来る?」

「あ〜、それならありか。」

 サワくんとは早蕨(さわらび)秀弥(ひでみ)の事である。彼を巻き添えにする事になるが、彼が害を被る分には気が楽だと、雪橋は考える。さすがに彼の都合を強引に曲げてまで巻き添えにはすまい。

「言ったね? じゃ決定。いつ決行するかは追って連絡する。」

「へ〜い。」

 小走りに駆けていく綾辻翠。雪橋悠はその背をやる気のない様な足取りでゆっくり追う。

「もう授業はじまっちゃうよぉ〜?」

「そうね〜。」

 あのまま雲を眺めて寝ていれば良かったと、そう思う少年だった。

ここまでお読み下さりありがとうございます。

研究のため、意図や意味の読み取りにくい箇所がありましたらお知らせ頂けますと助かります。

また、前後の展開と矛盾する設定・表記等お気づきになられましたらご指摘いただけますと助かります。

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