散策者
さて。ここで実は困ったことがある。
と雪橋悠はこめかみを抑える。
ついつい、自分の駅を通り過ぎてこの駅で降りてしまったわけだが、降りた後どうするかに関しては、なんの目処もなかった。
ノープラン。
目標とする場所が、この駅であることは間違いない。
と思う。
実のところそれも曖昧な情報だった様にいまさら思える。
そう、実にいまさらな話だ。
もう駅についてしまっているのだから、しかたない。
戻る電車は1時間来ない。
なら開き直るしかあるまい。
あてが外れたからといってふてくされた無人駅で小一時間読書に耽ってみても趣がない。
そもそもあてがなかったわけであるが、まあ気にするまい。
というわけで、彼はとりあえず散歩でもすることにした。
知らない町ではまず迷子になれ。
それがその町を楽しむ方法だ。
と書庫の主はそういった。
別にこの町が知りたいわけではないが、彼はその助言に従うこととした。
目的は不在に近い。
なら適当に歩くより他にない。
地図を頼りに歩く意味はまるでなく、ただ心惹かれる小道を歩いて行く。
行路に意味を求めては行けない。
意味は行路の中に見いだして行くものだ。
と、書庫の主は言った。
小さな庭に植えられた花の色を見よう。
鉢の造形の一つ一つを見てみよう。
家の形からその作り手の意図を読んでみよう。
小路の曲がりからその町の過去を模索してみよう。
まず己を無知と知れ。
何かを愉しめない時、まず自分がその愉しみ方を知らない事を知れ。
と、書庫の主は言った。
「だって勿体無いだろう? そこに面白ものがあるのに、自分がそれを面白がれないなんて。」
と、書庫の主は書籍の山に埋もれながらそう言った。
だがその道程はあまりに掴みどころがなく、ひどく頼りない。
時にその道に遊ぶのは良くても、それに浸りきるのは些か不安が伴う。
その無目的に惑うのだ。
その無意味さに苛まれるのだ。
その空虚さに押し潰されるのだ。
だから、安心してしまった。
当て所ない散策の果てに彼が彼女の姿を見つけた時、彼は安心してしまったのだ。
「やあ」と、雪橋悠は口にした。
ぼんやりたたずむ綾辻翠の腕をとって、彼はそう言った。
ここまでお読み下さりありがとうございます。
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また、前後の展開と矛盾する設定・表記等お気づきになられましたらご指摘いただけますと助かります。




